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プロローグ 『氷床を駆ける天使』2

 一人で使うには贅沢過ぎるほど広大なスケートリンクを大きく回りながら中央へと向かっていき、歓声を受けながら中央で停止すると、手を後ろに白鳥の羽のように伸ばし、構えを取った。


 懸命に身体の震えを抑える。

 身体から血の気が引いていくように感覚が無くなる。

 それでも私は今、このスケートリンクを独り占めしている幸福を噛み締めた。


 白き衣を身に纏い、私は今から白鳥になるのだ。

 バレエの心地いい旋律が流れ始めると私は滑らかに氷床の上を滑り、期待を一身に背負って笑顔を浮かべて顔を上げた。

 

 今は観客の視線は気にならない、それほど意識が目の前のスケートに集中出来ていた。

 

 そして、最初のジャンプがやって来る。

 優雅に踊りながら徐々に速度を落とし、軸足に力を入れると勢いよく飛び上がり、3ルッツ+3トゥループを決めた。


 気持ちいいくらいの順調な滑り出しで自然と笑顔が零れる。少しでも回転数が足りなければトリプルにならず減点になってしまう。


 練習では上手くいっても本番で失敗してしまうことが多いのがジャンプだからこそ、そこを着地も綺麗に決めて滑ることが出来たのは実に嬉しかった。


 技術点を高めるために難易度高めの構成を組んでもらったけれど、この場の空気に流れされることなく滑り、私は精一杯続けてジャンプをこなしていく。


 中盤の難関、連続スピンに入り、バランス感覚が崩れそうになるのを必死に堪える。練習の時は目が回ったり、意識が飛びそうになった事もある箇所。

 スピンの最後に披露する白鳥のようなビールマンスピンは特に印象的で、片足で回転しながら、もう片方の足を後ろに高く伸ばし、頭上まで持っていく高難度の技だ。


 息つく間もないまま後半部分に入り、曲調が変わると会場からの手拍子が始まり、プログラムを盛り上げてくれる。


”こんなもんじゃない、まだまだ私は頑張れる!”


 今ここに立っている事の意味を考え、自分の可能性を信じた。

 運でここまでやって来たわけじゃない、相応の犠牲を払って練習を続けて来た。

 友達と遊ぶ時間も惜しんでスケートリンクに向かった。疲れている時でもダンスレッスンを受けた。何度も悔しくて泣いた。

 沢山頑張って来たから、実力が付いたのだと信じるんだ。


 観客から元気をもらい、より激しさを増す踊りに勢いをつけ、表情の変化を意識しながら濱口さんが作ってくれた振り付けを信じてプラグラムを進めていく。


 観客の前で疲れや不安は決して見せない。

 その強い信念を胸に音楽のリズムに乗せて見せ場であるステップシークエンスを丁寧にこなし、スケートリンク全体を白鳥のステージへと変えていく。


”何て心地良い……雲の上を飛翔しているみたいに強い快感を感じた”


 後はもう考えなくていい。身体が覚えている通り、煌びやかな世界観のバレエ音楽に合わせるだけ。


 FSはSPに比べれば演技時間が長いため、中距離のような感覚で後半はバテそうになってしまうが気力を振り絞り残されたジャンプとコンビネーションスピンを立て続けに決めていく。


 そして、最後は上空を舞う白鳥のように両手を広げ、片足を上げて優雅に滑り、笑顔を前面に向けて幕を下ろした。


 プログラムをやり遂げると同時、割れんばかりの歓声が降り注ぐ。

 

 あぁ……私は本当に全日本の舞台に立っているのだと、張り詰めた緊張が解けたこの瞬間になってようやく実感した。

 

 花束やぬいぐるみがリンクへと投げ込まれる中、ジャッジ席と観客席にお辞儀をしてコーチの待つリンクサイド、キス&クライへと戻っていく。

 応援してくれた観客への感謝とやり切った達成感そのままに満面の笑顔で抱き合い、コーチと喜びを分かち合う。

 自分でもこれ以上ない、完璧なプログラムだったと言える。

 自信を持って私はコーチの下に戻ることが出来た。


 濱口コーチの横に座り、結果発表を待つ。

 出来る限りのことはやり切った、振り返る気持ちはもうなかった。

 

 ジャッジの末、私のFSの評価は134.47点で合計点は200.69点と生まれて初めて200点に乗った。


 勝つためのプログラムに挑戦して、完成度高くやり遂げた証拠だ。


 新たな期待の新星として私は初めての全日本で四位入賞を果たし、新人賞も獲得した。


 表彰台には上がれなかったものの、全日本の錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っている中での快挙は、まだ中学生の私の人生を大きく変えるものだった。

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