第二話『クレイジーキャスト』5
モノレールに乗車して、最寄り駅で降りて、駅舎を出るとポツポツと雨が降り始めていた。
「降り始める前には帰れると思ったんだけどなぁ……」
天気予報では夜から降り出すと聞いていただけに安心しきっていた俺は傘を持って来ていなかった。
「大丈夫、折りたたみ傘があるから」
そう言って唯花はハンドバックからラベンダーカラーの折り畳み傘を開いた。華やかな柄をした傘だがどうやら晴雨兼用の物を持ち歩いているらしい。
刻々と雨脚が強くなっていく中、立ち止まってしまう訳には行かず、俺は唯花と相合傘をすることになった。
「俺が持つよ」
俺と唯花の身長差では少し姿勢を悪くしたまま俺は歩かなければならない。
傘に手を伸ばすが唯花は疑い深い表情を浮かべ、不機嫌さを露わにした。
「自分もちゃんと傘の中に入らないとダメなんだよ?」
「分かってるよ、任せろって」
納得のいかない様子だが、渋々俺に傘を手渡す唯花。綺麗なマニキュアを塗った細い指が視界に入る。
俺が傘持ちをした時に俺だけがずぶ濡れになってしまったのを未だに気にしているみたいだ。
今度は怒られないよう気を付けようと、お互いが濡れないように距離を縮めたまま、ようやく帰路へと向かって歩き始める。
意識をしてしまうと落ち着かなくなる為、出来るだけ視線を外す。
発育の良い唯花は高校一年生にして大学生と間違われるほど大人びた容姿をしている。
だから、唯花を濡らしてしまうと服が透けてしまったり、綺麗な髪が濡れたりと余計に色気を感じさせられてしまう。
それはとてつもなく精神衛生上、よろしくないので俺は唯花の身体を出来る限り濡らさないように努めるのだった。
「真奈の事、いつもありがとうな……唯花だけじゃなく、勿論唯花の両親にもな」
「さっき浩二の両親の事に触れちゃったから思い出しちゃった? ゴメンね。
私も私のお母さんもお父さんも大丈夫だから、気にしなくていいんだよ」
気を紛らわそうと普段、なかなか言えないお礼を口にしたが、逆に謝られる結果になった。唯花は実に気遣いの出来る女性だ。それも過剰なまでに気を遣ってしまう程に。
俺の両親は香港での公演中に火災事故に巻き込まれ、帰らぬ人となった。
唯花は同じ劇場の中で事故に巻き込まれたが、軽傷で日本に帰国することが出来た。
そうして一人生き残って帰国したことを、唯花は今も罪に感じている。
両親を失い、歳の離れた妹と二人、残された俺は唯花の両親の世話になりっぱなしだ。
俺は学園があるため、保育園に通う真奈のお迎えも唯花の母親に任せている。
唯花の事も……好きという気持ちはあっても俺が幸せにしてやるとは言えない。そんなことを言える立場でもなかった。
「隣近所なんだから困った時は協力し合わないと。それに私は真奈ちゃんと沢山一緒にいられて嬉しい。私には姉弟がいないから、この歳で育児の経験も出来るなんて貴重なんだから。本当に気にしなくていいんだよ」
曇りのない笑顔で念押しするように言葉を紡ぐ唯花の顔を正面から見れない。
演劇クラスの部活に熱を入れて浮かれた青春を謳歌すればするほど、真奈を永弥音家に任せる時間が増えてしまう。
負担を掛けてしまっている今の生活をいつまでも続けるわけには行かない。
俺は唯花と一緒にいればいる程、そう感じてしまうのだ。