第二話『クレイジーキャスト』3
「まぁ……我がタイタニック号の沈没事故を本気で取り上げるなら、主人公はスミス艦長にするだろう。だがキャメロンはそうしなかった」
教室の机の上に座り、さらに自身の持論を展開する豪屋代。
サングラス越しではあるが、俺はこの男の鋭い視線を確かに感じ取った。
様々な要因が重なり、多くの犠牲者を出しながらタイタニック号は海底3,800メートルの深海に沈んでしまった。それを主体にして描くならスミス艦長を主人公にするのは彼の言う通り適任だ。
しかし、それではどんな人々が生死を彷徨い、必死に生き延びようとしたのか。その見逃してはならない大事なドラマが削ぐ落とされてしまう可能性も危惧された。
「確かにスミス艦長も様々な葛藤を抱きながら、決断を強いられていった人物だ。乗船した客から人気もあったスミス艦長を主人公にするのは魅力的な事だろう。
だが、広く世界中に受け入れられるエンターテインメントとして、多くの視聴者を取り入れるには、一般庶民を主人公にするのが感情移入しやすく見やすいという点において正解なんだ。
しかも、上流階級のローズとアメリカンドリームを目論む若いジャックという本来、結ばれないはずの二人が船上の上で惹かれあっていく。実によく出来た身分違いの恋愛ドラマだよ」
スミス艦長や設計士のトーマス・アンドリュースなど、実在の人物とローズやジャックなどの架空の人物を織り交ぜたキャメロンの『タイタニック』
これはロマンチックな恋愛映画とタイタニック号の沈没事故という大きな海難事故を同時に描くために必要なピースであったのだろう。
それに『タイタニック』の登場人物の多さも事故をしっかり描き切ろうという意図を感じる。見れば見る程、バランスのとれた映画なのだ。
「樋坂……やはりお前は面白い男だ。
色々と話してきたが、事故が起こった1912年から150年近い時が流れた。
我々の舞台演劇では、真実を追求して忠実に事故を描くほどの価値もないのかもしれないな。
タイタニック号は引き揚げられることなく、今や海中に潜むバクテリアに食い潰され、海の一部になっている。
エンターテインメントとして供養してやるのが今を生きる人間の関わり方なのかもしれん」
タイタニック号の沈没からあまりに長い時が流れた。
あの事故を経験した生存者も既にタイタニック号と同じくこの世を去ってしまった。
そう考えると、堅苦しい演出は不要なのかもしれないと俺も思った。
「それで、脚本を制作するにあたって要望は?
ジェームズ・キャメロンは監督も脚本も行ったが豪屋代はそうじゃないだろ?」
豪屋代の葛藤はここまでの話で払拭するに至り、大筋な方針確認も出来た。
その上で、俺は豪屋代に要望を聞いた。
「あぁ……そうだな。せっかくの機会だ、よりこの劇団が成長できる作品にしよう。これまで通りにやっても面白味に欠けるからな。
樋坂……一つとっておきの提案がある、聞いてくれるか……」
何やら悪だくみを思い付いたような笑みを浮かべ、意味深な話しぶりを始めた豪屋代。
そこから告げられた要望は彼らしくない、耳を疑うほど実にハチャメチャなものだった。
しかし、俺はこの提案を受け入れ、脚本作りに取り入れることに決めた。