第一話 『両翼のフローラリア』6
昼休みが終わり、散開していた生徒達が教室に戻って来る。
雑踏に包まれていく教室の中、僕達は自分の席に着席した。
普通の高校であれば、これから午後の授業が始まるところだけど、凛翔学園では授業がない日がある、代わりに部活の時間が始まるのだ。
一クラスにつき、一つの部活を行うという世にも珍しい凛翔学園の特徴的な試み。
これは勉学だけでは得られない体験を学内で重視して、文化的で感性豊かな人材を育成できることや仲間同士の結束が深められるというプラスの効果が期待されている。
僕は演劇クラスに所属していて、それは一学期の最初の方に決まった。
現在は来月末に開かれる学園祭に向けて準備が続けられていて、これから部活会議が開かれるのだ。
演劇クラスらしく、学園祭で舞台演劇を披露することが決まっている我がクラスでは前々回の会議で演目が『タイタニック』に決まり、前回は裏方の担当が決められた。
今日は急ピッチで制作された脚本をもとにして、キャストの発表が行われる予定になっていて、裏方の仕事が割り当てられていないクラスメイトを中心に白羽の矢が立つことが事前に予想されていた。
ここまでの部活会議を振り返ると演目が『タイタニック』に決まった事が最も印象的だ。
当然、部活会議の中で様々な候補が出されたが、最終的に『タイタニック』、『2021年宇宙の旅』、『シャーロックホームズの冒険』の三択に絞られ、投票によって過半数を超えた『タイタニック』に決まった。
その際、クラスの委員長であり監督の豪屋代獏良君はこう言い放った。
「お前達がタイタニック号という船上でロミオとジュリエットをやりたいことは分かった。ならば、我々は総力を結集して全力でこの舞台を盛り上げようではないか!」
これは過去にピーター・ストーン脚本で作られたブロードウェイミュージカルの『タイタニック』ではなく、ジェームズ・キャメロンが監督・脚本をした映画版の『タイタニック』を題材にして脚本を制作することを宣言したようなものだった。
『タイタニック』といえば、イギリスのサウサンプトンから出航した豪華客船、タイタニック号がアメリカのニューヨークに向けての処女航海中、氷山に激突して沈没した海難事故を描いた作品だ。
様々な要因が重なり、死者1500人以上と多くの犠牲者が出たタイタニック号は百年以上、海底に沈没している難破船で、事故の原因をあらゆる角度から検証されてきたことでも知られる。
またタイタニック号は”海上に浮かぶ階級社会””当時、ブルーリボン賞を受賞していたモーリタニア号を抜き去り、大西洋最速横断記録を目指した豪華客船”として有名だけど、クラスメイトの間ではラブロマンスのイメージが強い。
上級階級の中で居心地の悪さを感じている女性がアメリカンドリームを胸に船に乗った男性に惹かれる身分差を描いたロマンチックな恋の物語。そのイメージが強いため、恋愛要素が薄い他の二作品を押しのけて選ばれたとも言えた。