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青い糸  作者: これ
5/11

【第5話】映画鑑賞


「じゃあ、宇高さん。僕は今日はこの辺で失礼させていただきます」


 店内で編み物に集中することおよそ二時間。カフェオレの最後の一口を飲み終わったところで、能勢はテーブルを立っていた。店内の居心地はよかったし、カフェオレもおかわりはできるのだが、それでもこれ以上cafe coudreにいることは能勢には気が引けていた。


 帰る間際になって、再度宇高に声をかける。宇高も少し手持ち無沙汰にしていたようで、快く能勢の呼びかけに答えていた。


「はい。能勢さん、今日もありがとうございます。いかがですか? ガーター編みの方は。少し慣れてきましたか?」


「はい。おかげさまで手を動かしているうちに少しずつやり方を覚えていくことができました。これも宇高さんが分かりやすく教えてくださったおかげです」


「いえいえ、能勢さんの呑みこみが早いからですよ。私も教えていて楽しかったです。能勢さん、よければ家でもガーター編みを練習してみてくださいね。棒針編みもかぎ針編みと同様にやればやるだけ、編むスピードが上がったり、編み目も綺麗になっていきますから」


「はい。僕も棒針編みを始めてみて楽しかったです。この感覚を忘れないうちに、家に帰ってもまた編んでみたいと思います」


「はい。それとよろしければまた来週も来ていただけますか? 今度はメリヤス編みをお教えしたいなと思うので。先ほども言いましたけれど、メリヤス編みの方がガーター編みよりもやわらかく軽い編み地になるので、能勢さんが編もうとしているセーターには向いてるんですよ」


「はい。また来週も来たいと思います。メリヤス編みに挑戦するのが、今から楽しみです」


「ええ。能勢さん、もうすっかり編み物の虜ですね」


「そうですね」そう相槌を打ちながら、能勢は自然と微笑むことができていた。宇高と話すのにも、緊張もあまり感じない。


 cafe coudreを何度か訪れるうちに、二人はいくらか気の置けない間柄になっていた。


「ところで、能勢さん。そのセーターを贈りたいお相手とは最近どうなんですか?」


 会話に一つ区切りがついても、宇高は能勢をすぐには帰してはいなかった。好奇心を帯びているような目に、宇高も案外俗っぽいところがあるのだなと能勢は感じる。


「どうなんですかとは、どういう意味ですか?」


「いえ、能勢さんとそのお相手の方が最近どうしているのか少し気になってしまって。って、ちょっと下世話でしたかね。もし嫌なら答えてくださらなくても結構なんですけど」


「いえ、全然大丈夫ですよ。嫌だなんてまったく思ってません」


 能勢がそう答えると、宇高の表情は申し訳なさそうな感じから、気になるというものに変わっていた。いくら気軽に話せるようになったといっても、宇高の前でその人物の名前を出すのは少し抵抗があったので、能勢はそれとなくはぐらかして答える。


「そうですね……。特にこれといった進展はないですね。いつも通り学校で会ったら話す感じで。あっ、でも最近その相手のもとにSwitch2が届いて。マリオカートをして遊んだりしました」


「そうなんですか。なんか青春って感じですね」


「そうですかね。別に普通のことだと思うんですけど」


「能勢さん、青春の渦中にいる間は、それが青春だって気づかないものですよ。後から振り返ってみて、そういえばあのときは青春してたなって思うんです」


「そういうものですかね」


「そういうものですよ」


 宇高にそのまま返されても、能勢にはいまいちピンと来なかった。別に自分と三ツ谷の間には何もない。


 でも、その何もないことが能勢には少し寂しく感じられていた。


「そうですか。能勢さんがその方と良好な関係を続けられているようでよかったです。セーターも喜んでくれそうですね」


「はい、そうだといいんですけど……」


「どうかされたんですか?」


「いえ、その相手と僕の間には本当に何も起こっていなくて。相手からすればそれでもいいんでしょうけど、それが僕には少し切なくて。このままの距離感でクリスマスになってセーターをプレゼントしても、果たして喜んでくれるんだろうかと、少し思ってしまうんです」


「そうですか? 能勢さんの気持ちのこもった手作りのプレゼントなら、きっとその方も喜んでくれると思いますけど」


 そう言う宇高に他意はなく、心からそう思っていることが能勢には伝わってくるようだった。当然、能勢だってそう思いたい気持ちはある。


 でも、宇高は自分と三ツ谷の普段の関係性を知らないからそう言えるのだと感じてしまう部分も否定できない。それは自分が三ツ谷のことを宇高に言っていないからだが、それでも三ツ谷との距離を今よりも縮める糸口を見つけたい思いも、能勢には確かにあった。


「あの、宇高さん。こんなこと訊かれても困ると思うんですけど、僕どうしたらいいですかね? どうしたらその相手と、より近しい関係になれるんでしょうか?」


「そうですね……。私はその方のことをよく知らないので、詳しいことは言えないのですが、例えば一緒にお出かけしてみるというのはいかがでしょうか?」


「お出かけですか? それってどこに行けばいいですかね?」


「それは映画だったり買い物だったり色々ですよ。それは能勢さんとその方が話して決めることですから。だけれど、学校やお互いの家だけでない場所に行ってみることは、気分転換にもなって良いと私は思いますよ。まあ、これもあくまで一般論にすぎないのですが」


 宇高は申し訳程度にそう付け加えていたが、それでもその発想は能勢にはあまりなかったから、目から鱗が落ちる思いがする。


 確かに自分たちは三ツ谷が休日も部活をしていることもあって、お互いの家を行き来する以外は、あまり外で過ごしたことがない。もちろん三ツ谷の予定次第だが、一緒に出かけてみることも選択肢の一つとしては十分に考えられるだろう。


「そうですね。宇高さん、アドバイスありがとうございます」と礼を言うと、宇高も「はい。私も能勢さんとその方がうまくいくように願ってます」と答えてくれる。混じりけのない表情に、能勢は応援されていると前向きな思いを抱けていた。





「珍しいよな。お前が映画観ようなんて誘ってくるの。ていうか初めてじゃねぇか?」


 最寄り駅で集合してすぐにそう声をかけてくる三ツ谷に、能勢は「ああ」とはにかんで応じる。


 宇高から一般的なアドバイスを受けた数週間後、能勢はようやく三ツ谷と映画を観に行ける機会に恵まれていた。三ツ谷には土日にも練習や練習試合等があり、なかなか予定が合う日がなかったのだ。


 というか、この日も三ツ谷は午前中にみっちり二時間、サッカー部の練習に励んでいる。だから、二人が会うとしたら午後も数時間を過ぎたこの時間しかありえなかった。


「ああ、ちょっと観たい映画があってな。というか、絵殿。今日は付き合ってくれてありがとな。午前中に練習して疲れてるだろ」


「ああ。でも、それも家帰ってシャワー浴びて、ちょっと昼寝したら大分楽になったよ。映画の間も何とか寝ないでいられそうだ」


「そっか。じゃあ、行こうぜ」


「ああ」と三ツ谷も頷いたのを見て、能勢たちは改札をくぐった。ホームに行くとちょうど電車が来たところで、能勢たちは躊躇なく乗り込む。


 乗車している間もこれから観る予定の映画の話だったり、最近見ているドラマや聴いている音楽のことについて話していると、映画館の最寄り駅へは一〇分ほどで到着した。出口を出た二人はペデストリアンデッキを降りて、少し歩く。


 シネコンが入っている商業ビルは、歩いて数分もかからない場所にあった。


(続く)

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