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青い糸  作者: これ
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【第4話】棒針編み



「能勢さん。かぎ針編み、だいぶ上手になってきましたね」


 ワークショップがあった翌々週にも能勢は再びcafe coudreを訪れていた。イージーリスニングが流れる店内で、能勢はカフェオレを頼むと、かぎ針と毛糸を取り出してかぎ針編みに勤しんでいた。かぎ針も毛糸もネットショップで買った自前のものだ。


 普通のカフェだったら浮いてしまいそうな行動にも、手芸カフェであるこの店には自然に馴染んでいる。店内には他にも女性が二人と男性が一人いて、能勢も含めて四人ともが黙々と自分の編み物に取り組んでいた。


「ありがとうございます。一応これでも毎日少しずつ練習しているので。褒めていただけると嬉しいです」


 話しかけてくれた宇高に、能勢はかぎ針編みをする手をやめて、穏やかな表情で答える。店内には他にも一人男性の店員がいたから、宇高が自分の仕事よりも能勢と話すことを優先したところで、何の支障もなかった。


 他の客も自分の編み物に集中していて、ドリンクやフードを頼む様子は見られない。


「そうなんですか。その成果は着実に出てると思いますよ。先週いらしてくれたときに比べても、単純にスピードが上がってますし、編み目も綺麗になっています。こま編みだけじゃなくて、長編みも上達してきていて。改めて、能勢さんは筋がいいなって思います」


「そんな。褒めても何も出ないですよ」と言いながら、それでも能勢は悪い気はしていなかった。多少オーバーなように思えても、褒められること自体はやはり嬉しかった。


「いえいえ、能勢さんは着実に編み物に慣れてきてますし、この分だとそろそろ次のステップに挑戦してもいいかもしれませんね」


「次のステップですか?」


「はい。能勢さん、棒針編みをやってみましょう。『編み物』と聞いて多くの人がイメージするような」


「いよいよですか」


「はい、いよいよです。棒針編みはかぎ針編みと比べるとやわらかく軽い仕上がりになるため、セーターやマフラーによく使われる技法なんですよ。これからセーターを編もうとしている能勢さんには、ぴったりだと思いませんか?」


「そうですね。僕もネットで編み物のことを調べていて、棒針編みのことは知っているので、ぜひともやってみたいです」


「分かりました。では、今から店にある棒針を持ってきますね。毛糸は今使っているもので大丈夫ですので」


 能勢が頷くと、宇高はカウンターの奥へと向かっていった。能勢もかぎ針編みをキリのいいところで終わらせる。すると、宇高はすぐに二本の棒針ととじ針、毛糸を切る用のはさみを持って戻ってきた。


「では、こちらが棒針になります。今回は最初なのでまず六号のものを使ってみましょう」と、宇高から二本の棒針を手渡されると、能勢はまずその想像以上の軽さに小さく驚く。竹でできていると思しき棒針は、片方の先端が丸く尖っていて、もう片方には小さな玉がつけられていた。


「それでは、能勢さん。さっそく棒針編みを始めていきましょう。まずはかぎ針編みと同じく作り目を作るところから。まずは、糸端から二五センチメートルほどのところを持って、輪っかを作ってください」


「はい」と頷いて、能勢は言われた通りにする。それは小さな子供でもできる、雑作もないことだった。


「それでは、次は輪の中に指を入れて、糸玉側の糸をつまんで、輪の中から引き出してください」


 能勢は素直に宇高の指示に従う。言われた通りにすると、輪っかと結び目はあっけないほど簡単にできた。


「これで大丈夫ですか?」


「はい。ばっちりです。これで最初の輪ができました。では、次はいよいよ棒針を使います。棒針を二本輪の中に通して、糸玉側の糸を引いて、棒針二本分のサイズまで輪を縮めてください」


「できました」


「はい。では、次は糸を手にかけましょう。まずは親指と人差し指を、二本の糸の間に入れてください」


「はい」


「では、次に親指と人差し指をある程度広げてから、手首を返して手のひらにある二本の糸を薬指と小指で軽く握ってください。この後編み始めるためにも、ここで糸を少し張らせておくことがポイントです」


 能勢は宇高が言った通りの手順を踏む。指への糸のかけ方は能勢もハウツー動画を見て知っていたが、それでも宇高から直接教えられる方が分かりやすかった。


「これでいいですか?」


「はい。大丈夫です。では、ここからは最初の作り目を作っていきましょう。まずは親指の手前側の糸だけを、下からすくい上げるようにして持ち上げてください」


「はい」


「では、次は奥の方から人差し指側の糸を、手前側にひっかけてください」


「こうですか?」


「はい。そうです。では、今かけた人差し指側の糸を、今度は親指側の二本の糸の間から引き出したら、棒針を持ち上げてください。棒針に新しい輪ができます」


 宇高の指示は的確で分かりやすかったから、能勢も言われた通りにすることに少しも迷いはいらなかった。確かに棒針に新しい輪ができる。


 その様子を見ると、宇高も納得したようにまた一つ頷いていた。


「では、最後に親指にかかった糸を外して、糸の端の方の糸を引いて結び目を作りましょう。このとき、針が棒針二本分のサイズになるように、人差し指側の糸も引いてください。これで二目めの作り目ができます」


 最後も宇高の指示通りに、能勢は指を動かす。言われたようにして「これでいいですか?」と確認すると宇高は「はい。ばっちりです」と再び頷いてくれた。思っていたよりも簡単だったから能勢にはそれほど手ごたえはなかったものの、それでも宇高がそう言うなら間違ってはいないのだろうと思える。


「では、能勢さん。同じようにして作り目を一五目作ってみてください。分からないことがあったら、またすぐに私に尋ねてくださって結構ですので」


 能勢は頷いて、さっそく三目めから自分で編んでみようとする。それでも、一度聞いただけではイマイチ全ての工程を把握しきれなかったから、その都度宇高に訊く形となる。


 宇高は嫌な顔一つ見せずに、丁寧に能勢の確認に答えてくれていた。おかげで能勢も少しずつ自分で作り目を編めるようになってくる。六目めあたりからはいちいち宇高に確認しなくても、スムーズに指が動くようになり、やってみればそこまで複雑なことはしていないと、能勢は思えていた。


「能勢さん、作り目が一五目編めましたね。とても丁寧に編めていると思います。では、ここからはいよいよ棒針を使って編んでいきましょうか。棒針編みにはガーター編みとメリヤス編みの大きく分けて二種類の編み方があり、メリヤス編みの方がセーターに向いたやわらかく軽い編み地となるのですが、ガーター編みの方が簡単なので、まずはガーター編みから編んでいきましょうか」


「はい。お願いします」


「では、まず最初に棒針を一本抜いてください。どちらの棒針でも大丈夫ですよ」


「はい」と返事をしてから、能勢は上の方の棒針を慎重に抜いた。


「能勢さんは右利きですよね。では、左手に糸が通っている方の棒針を持ってください」


「はい」


「では、次に左手に糸をかけましょう。糸玉側の糸を人差し指側の背の方から腹の方にかけて、手のひらの方に下ろしてください」


「できました」


「では、左手の親指と中指で、再び糸が通っている方の棒針を持ってください。このとき人差し指は曲げずにかけた糸がほどよく張るようにまっすぐ伸ばしてください。そうするだけでぐっと編みやすくなりますので」


「はい。持てました」


「では、右手にもう一方の棒針を持って、ガーター編みを始めていきましょう。まずは一目めの輪っかに右針を、左針の先と同じ向きになるように下から通してください」


 いよいよ二本の棒針を使って、自分が最初にイメージしたような編み物を行う。そう思うと、能勢の背筋はぐっと伸びるようだった。


「できましたね。では、次は右針を奥から手前に動かすようにして、糸をかけてください」


「はい」


「では、糸をかけたまま右針をループの中から引き抜いてください。このときかけた糸を右手の人差し指で押さえておくと、うまくいきやすいですよ」


 能勢は慎重に手を動かす。やり直しにかかる手間は避けたかった。


「無事、糸を引き出せましたね。では、左針から一目を外してください。ガーター編みは一段ごとに表目と裏目を交互に編んでいきますが、これで表目が一目編めたことになります」


「こうですか?」


「はい。では、引き続き同じやり方で二目め以降も編んでいってください。同じように一五目編めたら、また右手の棒針を左手に持ち替えてひたすら表目を編んでいく。これがガーター編みの基本的な編み方になります」


「分かりました」と答えながら、能勢はひたすら宇高に言われたやり方でガーター編みを編んでいく。同じことを何度も繰り返しているから、自然と手が動きを覚えていくようだ。一段を編み、さらにもう一段を編み。


 宇高にどこまで編めばいいのか訊くと「ひとまず正方形になるまで編んでみましょう」と言われる。だから、能勢もそれを目指して編み続けた。


 編んでいると、手元に集中して自然と口数は減っていってしまう。でも、その感覚が能勢は嫌いではなかった。ただ手を動かしているだけでも、不思議と充実感がある。


 困ったらすぐに宇高に訊けることもあって、能勢は集中しながらも安心した状態で棒針編みを続けることができていた。


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