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青い糸  作者: これ
3/11

【第3話】Switch2



 放課後になると、さっそく能勢は三ツ谷のもとへと向かっていった。今日は学校全体で部活が休みの日だったし、能勢はもともと何の部活にも入っていない。二人が一緒に帰ることには何の支障もなかった。


 能勢と三ツ谷の家はそれぞれ学校を挟んで反対方面にあるから、二人が一緒に帰る機会はそうそうない。だから、三ツ谷と一緒に歩きながら他愛もない話をしているだけで、能勢は心地よく感じられる。


「あっついな」「ああ、あっついな」「いつになったら涼しくなるんだろうな」「本当それだよな」そんな何の意味もない話でさえ、能勢にとっては特別な意味を帯びているように思えた。


 三ツ谷の家は、住宅街の一角にある一軒家だった。真っ白な壁が西日を反射して眩しく、アパート暮らしである能勢は、いつ訪れても羨ましく思ってしまう。


 二人がリビングに入るやいなや、電気と冷房は勝手についた。人が入ってきたことをセンサーが感知していて、こんな毎度の些細なことでも、能勢は凄いと思わずにはいられない。リビングに入るとすぐに目につく、六〇インチのテレビも同様に。


 そして、Switch2はリビングのテーブルの上に立てかけられて置かれていた。まだ自分のもとには届いていないSwitch2を目の当たりにして、能勢は小さな子供みたいに目を輝かせてしまう。実際に手に取る前に、三ツ谷にも確認してスマートフォンで写真を撮ってしまったくらいだ。白い本体が洗練されていて、格好良く見える。


 三ツ谷にコントローラーを手渡されると、自分は今初めてSwitch2に触れているという実感に、能勢の気分はより上向いていく。三ツ谷がマリオカートのソフトを起動させると、馴染みのある音楽が聴こえてきて、能勢の心はくすぐられる。


 昨日買ったばかりということもあって、選べるキャラクターや車のカスタマイズにはまだ少し限りがあって能勢はマリオを、三ツ谷はルイージを選んでいた。それぞれキャラクターが乗る車を設定し、まだ三つほどしか選べないコースのうちから、最もオーソドックスなコースを選ぶ。


 一〇人のCPUのキャラクターも含めた一二台の車が並ぶ中で、二人は最後方からのスタートとなる。だけれど、CPUは初心者モードだから、実際は自分と三ツ谷の一騎打ちとなるだろう。


 そして、スタートの合図が鳴ると同時に、二人はコントローラーを操作して車を発進させた。


 Switch2の操作方法は1と大して変わらなかったから、能勢も三ツ谷の説明を受けることなく、スムーズにスタートを切ることができていた。どうやったら最短距離を進めるかのコース取りもお手の物だ。


 さっそく二人は数人のCPUキャラクターを抜き、最初のアイテムボックスを手に入れる。能勢は赤こうら、三ツ谷はターボキノコだ。さっそく三ツ谷がターボキノコを使って車を加速させ、上位に躍り出る。そして、そのタイミングを狙って、能勢は赤こうらを投げた。赤こうらは見事ルイージの車に的中し、三ツ谷は束の間足止めを喰らう。その間に能勢は三ツ谷を追い抜いた。


 だけれど、被害を受けた三ツ谷も微笑んで特に気にしている様子は見られない。まだレースは始まったばかりで、ここから抜きつ抜かれつの展開が待っている。時折声をこぼしながらも、ゲームに入り込む二人。三ツ谷と一緒にゲームに熱中できている時間は、能勢にとっても楽しくリラックスできる時間だった。


 最初のレースは三ツ谷が勝った。最後の直線で、三ツ谷が能勢を追い抜いた形だ。


 それでも、僅差で負けたとしても能勢は笑ってやり過ごせる。こうして三ツ谷とゲームができていることは、能勢も大きなありがたみを感じられる。それに、次のレースで勝てばいいのだ。


 二人はコースを変えて、もう一度レースに臨む。冷房も大分効いてきたこともあって、能勢は心地よい時間を堪能できていた。


「そういえばさ、俺が昨日一昨日と家族で大阪行った話ってしたっけ?」


 三ツ谷がそう口を開いたのは、二人が一時間以上もゲームをし続けて、どちらからともなく少し休憩しようとなったときのことだった。テレビ画面にはレース結果が表示されたままで、明るいゲーム音楽がリビングには流れている。


 テーブルの上には三ツ谷が用意した個包装の菓子と冷たい麦茶が置かれていて、それをつまみながら能勢は砕けた様子で答えた。


「ああ、知ってるよ。万博だろ。部活休んでまで行ったんだろ。で、どうだったよ」


「まずめっちゃ混んでたな。どこにこんな人がいたんだってくらい。夏休みシーズンは絶対に混むから、そこは外して行こうってなったんだけど、みんな思うことは一緒だったみたいでさ。どのパビリオンも混雑してて、二日あってもなかなか思うように回ることはできなかったよ」


「そっか。もう開催されてから四ヶ月? 五か月? 経つのにまだ混んでたかぁ」


「ああ。特に人気のパビリオンは事前に予約してないと入れないくらいで。アメリカ館とかイタリア館とか。それにどこのパビリオンに行っても必ず人がいてさ。本当人の多さに疲れて、帰りの新幹線じゃ爆睡だよ」


「なるほどな。じゃあ、思ってたほど楽しくはなかったってことか」


「いやいや、俺は楽しくなかったなんて一言も言ってねぇんだけど。確かに二日かけても入れたパビリオンはそれほど多くはなかったんだけど、でもそれぞれ趣向を凝らした外観は見てるだけで楽しかったぜ。それに人気のパビリオンはもちろん、比較的空いてるパビリオンでもさすがに展示には気合い入ってたし、俺たちが回った限りだけど、退屈なパビリオンは一個もなかった。それにたまたま入ったアゼルバイジャン料理の店が、めっちゃ美味しくてさ。普段なかなか食べられない味で新鮮だったよ」


「そっか。じゃあ、それなりには楽しかったんだな」


「ああ、本当はもっと空いてる平日とかに来れればよかったんだけど、それでも俺は行ってよかったと思ってるよ。日本で万博が開かれる機会なんて、俺たちが生きてるうちに一回か二回あるかないかくらいだもんな」


 三ツ谷は上気したように言っていて、大阪旅行を本当に楽しんだことが能勢には分かった。表情を緩めて語る三ツ谷を見ていると、自分まで笑顔になってしまうようだ。


「そうだな。まあお前が楽しんだんなら何よりだよ」


「ああ、お前もよかったら行ってみれば? 確か来月の一三日まで開催してると思うし」


「いや、俺はいいよ。だって混んでたんだろ? そんな人が溢れかえるほどいるところに、俺は自分から行きたいとはあまり思えねぇよ」


「そっか。せっかくの機会なんだし行ってみればいいのに。もしかして、お前万博にあまり興味ない感じか?」


「まあ、うっすらと気になってはいるけど、そこまで強い興味を持ってるわけじゃねぇな」


「そっか。でも、そういうお前でもきっと行ってみれば楽しいと思えるはずだから。俺が保証するよ」


「お前、万博の実行委員会の回し者みたいだな」


 能勢がそうツッコむと、三ツ谷も「確かに」と笑う。自分はこれからも万博に行く予定はないが、それでも三ツ谷にそこまで言われると、能勢の中でも気になる度合いは増していく。帰ったらそれとなく両親に話してみようか。


 そう能勢が思っていると、三ツ谷が「さて、再開しようぜ」と声をかけてくる。能勢も「おう」と答えて再びコントローラーを握った。キャラクターはそのままで、別のコースを選ぶ二人。雪山の中に設けられたコースは、見ているだけで能勢には気分が上がってくるようだ。


 そして、スタートの合図が鳴らされると、二人は一斉にコントローラーを操作して車を走り出させていた。競い合うようにゲームに入り込む。三ツ谷とゲームができるありがたみを、能勢は改めてひしひしと感じていた。



(続く)

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