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青い糸  作者: これ
11/11

【第11話】クリスマスプレゼント


 そうして能勢が迎えたクリスマスイブ、一二月二四日は平日であり、なおかつ能勢たちが通う高校の二学期が終わる日だった。


 朝、目を覚ました瞬間から、能勢はドキドキせずにはいられない。学校に行く準備をする中で、昨日ラッピングをしておいた手編みのセーターをスクールバッグに入れると、嬉しいやらむず痒いやら複雑な思いがある。三ツ谷は本当に自分のプレゼントを受け入れてくれるのだろうかと、今になって少し不安がぶり返してきたりもするほどだ。


 学校へと向かう間も緊張はし続けていて、それは教室に入って三ツ谷と顔を合わせた瞬間に、より増幅される。普通に接していようとしても、今まで自分はどんな風に三ツ谷と話していた? と思ってしまうほどで、能勢はなんてことのない表情を装うのに懸命になってしまう。


 でも、三ツ谷は特に気にする様子は見せていなくて、それこそ昨日までと何も変わらず話している。その姿に能勢は今から内心で息を呑んでしまうようだった。


 一時間目と二時間目に軽く授業を行ってから、能勢たち生徒は二学期の終業式に出席する。校長をはじめとした話を聞いている間も、体育館にはもうすぐ冬休みが始まるというソワソワした空気が漂っていたが、それを一番感じているのは自分だろうと、能勢は思う。三ツ谷にセーターを手渡す予定の時間は、着々と迫ってきている。


 終業式を終えた能勢たちは、クラスのホームルームで冬休み中の課題や注意事項について説明され、ホームルームを終えると晴れて冬休みを迎えることができた。教室には、長かった二学期もようやく終わったという開放感が満ち満ちている。


 そんななかで能勢は意を決して三ツ谷の席に向かっていき、「一緒に帰ろうぜ」と声をかける。今日は部活動はなかったし、能勢と三ツ谷の家は学校を挟んで反対方面にあるけれど、それでも勉強を口実に学校が終わったら一緒に三ツ谷の家に行くことは、朝の段階で三ツ谷からも同意を得ている。だから、三ツ谷も当然のごとく「ああ、いいぜ」と返していた。


 学校を出て、能勢は家路に就く三ツ谷についていく。その間他愛もない話をしながらも、能勢の心臓は盛んに波打っていて、それは収まるどころか三ツ谷の家に近づくにつれて激しさを増していた。


 歩くこと十数分、二人は三ツ谷の家に辿り着く。最近は三ツ谷の勉強が忙しいこともあって、あまり来られてはいなかったから、二階建ての立派な一軒家を目にすると、能勢は緊張感に加えていくばくかの懐かしさも抱く。


 本当は玄関の前で渡そうとも思ったのだが、それでも外は当然寒かったし、勉強を口実に使ったからには、三ツ谷の家に上がるしか能勢にはなかった。リビングに足を踏み入れると、センサーが人を感知して勝手に照明と暖房がつく。


 三ツ谷に促されてソファに腰かけると、能勢のドキドキする思いは最大限にまで高まった。


「海音、何か飲むか?」


 そう尋ねてくる三ツ谷に、能勢は矢継ぎ早に「あのさ」と切り出していた。これ以上プレゼントを贈ることを先送りにしていては、心臓が持たないとさえ感じられていた。「何だよ」と反応する三ツ谷に「まあ、座れよ」と言う。


 三ツ谷に隣に座られると、能勢は思わず瞬きが増えてしまう。どう切り出すべきだろうか。それを考えられる余裕は、今の能勢にはあまりなかった。


「あ、あのさ、ちょっと渡したいものがあるんだけど」


 口にした言葉のあまりのストレートさに、能勢は自分で照れくさくなってしまう。「渡したいもの?」とオウム返しをしている三ツ谷は、本当に心当たりがなさそうだ。


 それでも、「あ、ああ」と相槌を打った能勢はスクールバッグを開けて、中から薄い箱を取り出した。赤と緑の包装紙の上にクリーム色のリボンを巻いたそれは、誰が見ても今日という日を分かりやすく意識している。


 軽く目を瞬かせている三ツ谷に、能勢は身体を向けた。


「あのさ、これ。メリークリスマス」


 そう言いながら、能勢は心を込めたそのプレゼントを三ツ谷に差し出した。今まで能勢が三ツ谷にクリスマスプレゼントを贈ったことはなかったから、三ツ谷は目を瞬かせ、小さく口を開けてもいた。


 それでも、「お、おう」と言いながら三ツ谷はそれを受け取ってくれていたから、能勢としてもハードルを一つ乗り越えられた感覚がする。


 だけれど、能勢の緊張は止むどころか、さらに増していっていた。自分が編んだセーターを見て、三ツ谷がどんな反応を示すかは、それこそ蓋を開けてみなければ分からない。


 だから、三ツ谷に「これ、開けていいか?」と訊かれると、能勢は「ああ」と頷きながらも、胃がひっくり返るかのような心地さえ感じてしまう。


 そんな能勢をよそに、三ツ谷は丁寧に包装紙を剥がして中の箱を露わにしていた。何の変哲もない真っ白な箱に、能勢は改めて息を呑んでしまう。そして、三ツ谷は自然な様子で箱の蓋を開けていた。


 すると、目の覚めるような青色をしたセーターが二人の目に入る。三ツ谷がさらに目を瞬かせていたのは、その中身を想像していなかったからだろうか。


 三ツ谷はセーターを手に持って、その全体像を確認している。改めて自分が編んだセーターを目の当たりにすると、能勢は照れくさくなって、直視できないような思いにも駆られる。


 編み上げたときには達成感があったのだが、いざ実際に三ツ谷の手に持たれると、恥ずかしさで顔が赤くなってさえきそうだった。


「海音、これは……」


「い、いや、見て分かるだろ。セーターだよ。お前、青色好きだったろ」


「いや、それは分かるんだけど。でも、ありがとな。ちょっと大きめで暖かそうだし。俺もこれからありがたく着させてもらうよ」


「そ、そっか。それは何よりだ。ちなみにさ、そのセーター、俺がイチから編んだんだけど……」


 能勢がそう言うと、三ツ谷は分かりやすく目を見開いていた。その表情は若干大げさにも見えるもので、能勢は全身にこそばゆさを感じてしまう。


「えっ、マジで。お前、編み物なんてできたっけ?」


「それもイチから人に教わったんだよ。今日、お前にこれを贈りたくてさ」


「そっか。いや、凄ぇよ。言われてみなければ、店で売ってるものだと思うくらい」


「そんな。褒めすぎだろ」


「いや、本当だよ。それを知って、ますます大切に着ていかなきゃなって思った」


「マジで……? 重いとか引いてたりしねぇよな……?」


「いや、全然。だって、これを編むのにも結構時間かかってるんだろ? 出来栄えも良いし、その気持ちが俺には嬉しいよ」


 三ツ谷は能勢が想像した以上に、セーターに喜んでくれていた。それは能勢を失望させないために言っているのかもしれなかったが、それでも能勢はその言葉を額面通り受け取りたいと思う。


 今なら少し大それたことを言っても、聞き入れてもらえるような気がした。


「ああ、ありがとな。そう言われると、俺も何日間もかけて編んだ甲斐があったと思えるよ。何より手作りのプレゼントをこうして大切なお前に贈ることができて、本当に良かったと思ってる」


「ああ、俺もお前のことは大切な親友だと思ってるよ。それはこうして手編みのセーターをプレゼントされたことで、ますます深まった気がしてる」


 三ツ谷の言葉は能勢にとっても喜ばしいものには違いなかったが、それでも能勢は少しだけ胸につかえるものも感じてしまう。


 それを口に出すなら、今このタイミングを置いて他にはないだろう。能勢はそう自分を奮い立たせた。


「そうだな。でも、実は俺が大切に思ってるのは、親友としてだけのお前じゃないんだ」


「どういうことだよ?」


「……こ、こんなこと言ったらキモいって引かれるかもしれないんだけど、でも俺は恋愛対象としても、お前のことを大切に思ってるよ。もちろん、マジで」


 意を決して自分の想いを伝えた能勢に、三ツ谷は再び小さく口を開けていた。ぽかんとしたような表情から、本当に意識の外からの言葉だったことが能勢にも察せられる。


 すると、その途端に能勢には後悔が押し寄せてきた。今までそんなことは感じさせないようにしていたのに。


 だから、思わず「わ、わりぃ。いきなりこんなこと言われてもキモいだけだよな。すまん。今言ったことはなかったことにしてくれ」と口走ってしまう。それでも、三ツ谷は小さくだが首を横に振っていた。


「い、いや、キモいとは思ってないんだけどさ、でも本当に突然のことだったから。もちろん俺もお前のことは親友として大切に思ってはいるけど、でもそんな急に今までお前を見てきた目を変えることはできねぇよ」


「……そ、それは、ごめんなさいってことだよな……?」


「いや、そういうわけでもねぇんだけどさ。でも、今はもう少しだけ時間をくれねぇか? 何の素振りもないところからいきなりそんなこと言われたら、誰だってちょっとは戸惑うよ。うん」


 三ツ谷はそう確かめるように口にしていた。そりゃ逆の立場だったら、自分も間違いなくいったんは困惑していることだろう。


 それでも、能勢は三ツ谷に食い下がる。嫌われたわけではないことを確かめたい思いもあった。


「そ、そっか。まあ、別に今この場で返事はしてくれなくてもいいんだけどさ、それでもこれからも学校で会ったときは話したりとか、俺と仲良くしてくれるか……?」


「ああ、当たり前だろ。これからお互いに勉強とか色々忙しくなってくると思うけど、それでもまた話したり、一緒にゲームしたりしようぜ。こうしてありがたいプレゼントも貰ったことだしな」


 自分が三ツ谷に嫌われたり、距離を置かれたわけではないことが分かって、能勢もひとまずは胸をなでおろす。唐突な告白に三ツ谷が戸惑うのも理解できたから、とりあえずはこれからも友人関係を続けるなかで、徐々に距離を縮めていけばいいだろうと思える。


 緊張から解放されて、能勢はいくらか表情を緩める。三ツ谷も同じように微笑みを返している。


 これからも自分たちの関係は続いていく。そのことが今の能勢には他の全てを差し置いて、この世で一番大切なことのように思えていた。





 長かった冬もようやく終わりを迎え、頬に当たる風にも大分暖かな春の匂いが混ざるようになって来た頃。能勢は駅の改札口で一人待っていた。この駅に来るのは今年に入ってからは初めてで、久しぶりに感じるその駅特有の雰囲気に、心がほだされていくようだ。


 しきりにスマートフォンを確認していると、その人物からの「もうすぐ駅着く」というラインは、しっかりと待ち合わせ時間に間に合うように入ってくる。それを見て、能勢は頬を緩める。


 頭上で電車が停車する音がして、その人物は間もなくしてホームから階段を下りてきた。他の人と比べても一際背が高いその人物を見かけただけで、能勢は思わず手を振って自らの存在をアピールしたくなる。


 やってきた三ツ谷の服装を一目見ただけで、能勢の喜びは何倍にも膨らんでいっていた。


 簡単に言葉を交わして、二人は駅を後にする。能勢が案内する形でそこへと向かって歩きながらも、二人の会話は途切れない。三ツ谷は初めて訪れるその場所に少しドキドキしているようで、それが能勢には輪をかけて微笑ましく思える。


 そして、駅から歩くこと数分。二人はcafe coudreに到着した。しばらく訪れていなくても、その店構えは最後に訪れたときから何一つ変わっていなくて、能勢はいくばくかの懐かしさを感じる。


 そして、二人が店内に入ると「いらっしゃいませ」と迎えてくれたのは宇高だった。宇高は二人を見るなり目を丸くしていたが、それも一瞬のことですぐにパッと表情を華やがせていた。


 それは自分が久しぶりにcafe coudreにやってきたこともあるが、それ以上にこの日の三ツ谷が、あの日自分がプレゼントした手編みの青いセーターを着ているからに他ならないと、能勢は直感する。


「能勢さん、お久しぶりです。今年に入ってからは初めてですね」


「はい。ようやく受験も終わったので、久しぶりに来ることができました」


「そうだったんですか。それで結果はいかがだったんですか?」


「はい。僕も、それにこいつも無事に第一志望の大学に合格することができました」


「そうですか! それはよかったです。となると、能勢さんたちも来月からは大学生なんですね」


「はい。今は受験を無事に終えられた解放感もあって、これから始まる大学生活に期待しかないです」


「そうですか。講義とか勉強とか色々大変なこともあるかもしれないですけど、それでも大学生活を楽しんでくださいね」


「はい。そのつもりです」


 店内に立て続けに客が入ってくる様子はなかったから、能勢たちはいくらかその場で話すことができていた。宇高と久しぶりに話していると、能勢も心が落ち着いていく感覚がする。


 でも、その間も宇高の目はちらちらと、能勢の隣にいる三ツ谷に向けられていた。きっと察しはついているのだろうが、それでも気になって仕方ないかのように。


 そして、三ツ谷はそれを「あの、能勢さん。それでそちらの方は……」と口にしている。能勢は胸を張って答えることができた。


「はい。こっちは三ツ谷です。ほら、去年大切な人に手編みのセーターを贈りたいって話したじゃないですか。それがこいつなんです」


「宇高さんですよね。三ツ谷です。今日は来られて嬉しいです」


「ええ。こちらこそ来てくださってありがとうございます。三ツ谷さんの話は能勢さんから聞いてますよ。実際に会えて、私もちょっと感激してるくらいです」


「宇高さん。僕がここの話をしたらこいつも興味を示してくれて。編み物も一度やってみたいらしくて、今日は一緒に来てもらったんです」


「そうなんですか! それは私としても嬉しいです。あの、遅くなっちゃいましたけど、お席にご案内しますね」


 能勢たちが頷くと、宇高は二人を店内の中ほどの席に案内した。テーブルに着いた二人は、ひとまずカフェオレとホットコーヒーを注文する。


 店長に注文を伝えにいった宇高は、すぐに戻ってきた。その手にはかぎ針が握られている。宇高はそれを三ツ谷に渡すと、「では、ごゆっくりお過ごしください」と再びカウンターに戻っていく。


 それを見届けたところで、能勢もバッグから自分のかぎ針と、二人分の毛糸玉を取り出した。


「よし。じゃあ、さっそく始めるか」


 そう言った能勢に、三ツ谷も自然な様子で頷く。そして、微笑ましい気持ちのまま、能勢は三ツ谷に「まず一五センチくらい毛糸を引き出して」と伝える。


 言われた通りに毛糸を引き出した三ツ谷に、能勢は毛糸の持ち方を教える。能勢の指導のもと、かぎ針を用いて一つずつ編み目を作っていく二人。


 三ツ谷が多少ぎこちないながらもかぎ針を動かしている姿を見ていると、能勢は言葉にできないほどの暖かな気持ちに包まれていた。



(完)

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