第81話 動かぬ証拠
私がその名前を挙げた瞬間、まるで玉座の間が凍りついたかのように沈黙した。誰もが言葉を失い、その視線を一点に集中させていた。
疑惑の目を向けられたドリスは悲しみと困惑の表情を浮かべていた。体をこわばらせて今にも泣き出しそうに目を涙で潤ませていた。
それでも態度を崩さない私にドリスは必死に哀れみを乞うた。
「ニーナ様、どうしてわたくしが黒幕なのでしょうか……。これまでわたくしはニーナ様のため王国のために身を尽くしてまいりました。決して黒幕でも魔法使いでもございません……」
ドリスは喉から絞り出すように声に出した。彼女の真に迫る悲痛な訴えに、みんな判断しかねるといった状況だった。
「ちょ、ちょっと、ニーナ……。めちゃくちゃヤバイ雰囲気になってるよ。ドリスさんが黒幕だって言うなら、ちゃんと根拠を示さないと……」
重苦しい空気にアウラがたまらず声を上げた。
「ちゃんと根拠はあるよ」
私はそう答えると自分がつけていたネックレスを外し、みんなに見せた。リガードが赤く光るルベライトの輝石を見つめ言った。
「それは傾慕のネックレスですね」
「そう、これが動かぬ証拠なんだよ」
見た目は何の変哲もない小さなネックレスだったけど、私はそこに秘められた決定的な証拠に目を光らせた。
「ニーナよ。それはドリスがお前のためを思って託した魔導具であろう」
「その通りだよ王様。ドリスが私の身を案じてこれをくれたんだ。このネックレスには私の安否と居場所を特定できる魔法がかけられていて、実際リガードたちの帰還作戦で役に立った魔導具だよ」
傾慕のネックレスは身につけた者の生命力を感知し、生存確認と消息がわかるようになっていた。
「それがどうして証拠と言えるのだ」
「それはこのネックレスに込められた強大すぎる魔力だよ。だってロンテディアから遠く離れたモルドレニアで私を見つけ出すことができたんだ。これほど強力な魔力を持った魔導具がこの世に存在していること自体、不可思議なんだ」
「なるほど、言われてみればたしかに。魔力はそれを使う人物の冒険者レベルに依存するものね」
アウラが私の出した根拠にうなずいた。
「そう、アウラの言う通り冒険者レベルと魔力の最大有効範囲は比例するんだ。レベル1なら8メートル。レベル2なら16メートル。レベル3のアウラは32メートルで、レベル9のレイズは約2キロだね」
「ロンテディアからモルドレニアの距離は約4000キロあるよ。4000キロをカバーできる魔力がネックレスに込められてるってことは……。ニーナ、それが本当ならこのネックレスを作った人は物凄い魔法の使い手になるよ」
「そうなんだよ。物凄い魔法使いでなければできない芸当なんだよ。そのレベルは19……、いやレベル20に到達しているはず」
レベル20であればロワルデ大陸全土をカバーできる魔力になる。それだけの力があればこの世界の人類を支配できるのだ。傾慕のネックレスがその証拠だった。
すると突然静かに聞いていたレイズが疑問を呈した。
「ちょっと待ってくださいニーナ様。そんな高レベルの魔力を身につけられる人間はこの世には存在しえません。どんなに才能に秀で、どんなに研鑽を積もうとも、その高みにのぼるためには人の寿命では足りないのです」
「そうだね。レイズの言っていることはもっともだよ。こんな強大な魔力を習得するには人間では一生をかけても到達できない。……人間ではね」
「まさか……」
察しがついたレイズは目を丸くして驚いた。
「レイズは気づいたようだね。この世界には2000年以上も生きる長寿の種族がいることを。彼らならこの強大な魔力と、時代を超えて数々の文明に痕跡を残してきたことに説明がつく」
私はドリスに向き直った。もう湧き上がる感情を抑えることができなかった。私は確信を持ってドリスに言い放った。
「ドリス、もう下手な芝居はやめて正体を現わしたらどうだ。お前こそがこの騒動の黒幕にして、かつて幻像の魔法使いと呼ばれた、エルフの大魔法使いだろう!」
私の叫び声が響くと一瞬で空気が張りつめた。皆がドリスの動きに固唾を呑んだ。
すると黙ってうつむいていたドリスが短くため息をつき、私たちにゆっくりと顔を上げて見せた。その表情はさっきまでの甲斐甲斐しい侍女とは違い、人を小馬鹿にしたように口の端を吊り上げほくそ笑んでいた。
それがドリスの真の顔だった。
「まったく、憎たらしいガキだよ。耳障りで仕方がないね……。私はね、ずっとお前のことが大嫌いだったんだよ」
「貴様! ニーナ様に向かって無礼だぞ!」
「ふんっ、今さら王女様ごっこなんかに付き合ってられないわよ」
ドリスは気だるげに立ち上がった。そして勢いよく着ていた衣服を剥ぎ取った。
ついに正体を現したその姿は禍々しく、周囲からどよめきが起こった。
「こ、こいつは……」
全身を黒いローブで覆い、深くかぶったフードからエルフ特有の尖った長い耳がのぞいていた。
その素肌は闇を吸い込んだような灰褐色に染まり、束ねられていた黒髪は凍りつくような白に変じていた。赤い光を宿した瞳には、人ならざる狂気が宿っている。
「貴様、ダークエルフか!」
彼らは人間はおろか、同族のエルフや魔物さえ敵にする孤高の種族。ドリスは不敵な笑みを浮かべ言い放った。
「その通りさ。私がこのロワルデ大陸を支配する至高の存在。幻像の魔法使いさ」




