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第78話 テレポート

 気がつくと私はアウラの膝に頭を預けていた。視線の先には隔てるもがない青空が広がっていた。そこに翼を広げ自由に飛び回る影が見えた。


「ヴォルフ……」


 一瞬ヴォルフに見えてはっとしたけど違った。上昇気流に乗って悠々と飛行を楽しんでいたのは大きな鷲だった。


「……ここどこ?」


 私はまるで長い眠りから覚めたようにアウラに尋ねた。


「どこでもないただの草原だよ。モルドレニアから1000キロは離れてるかな」


 心地よい風が吹き渡っていた。草原が波を打つのように揺れていた。


「テレポートしたんだね」


「そう。今はちょうど休憩時間だよ」


 私がゆっくりと身を起こすと、数人の人影が見えた。そばにいたのはリガードとレイズ。そしてヴォルフとの戦闘中ずっと私を抱えていた騎士がひとり。


 リガードと騎士は辺りを警戒していた。魔物や盗賊の襲撃を気にしているようだ。レイズの方は魔法の杖を持ち次のテレポートに備え集中力を高めていた。みんなとても休憩しているようには見えなかった。


「ねえ、生き残ったのはこれだけなの……?」


 私はリガードに声をかけた。


「いえ、生存者はいます。その者たちは怪我の治療のためにモルドレニアに残してきました。この判断はニーナ様の帰還を優先した結果です」


「テレポートする人数を抑えればMP消費も少なくできるし、テレポートの距離を伸ばすことができるって考えね」


「その通りです。この調子でいけばロンテディアには日が落ちる前に到着できます。帰還作戦が成功したことを伝えるために先に王国へ伝令を送りました。今夜は国を挙げての祝賀祭が行われる予定です。国民は皆、ニーナ様の帰りを待っているのです」


 国家転覆を画策したルードヴィクとレイナードを捕え、人類の宿敵ヴォルフを討ち倒し、王女ニーナを帰還させる。


 ロンテディアがお祭り騒ぎになるのはわかるけど、私はまったくそんな気分にはなれなかった。私の気持ちを察してか、リガードとレイズの表情も明るくはなかった。


「祝賀祭をするって言う割には、君たちも元気がないようだけど」


 私の言葉に誰も声を上げなかった。みんな伏し目がちに沈黙を通していたけど、重い口を開いたのはリガードだった。


「ニーナ様が私を恨んでおられるのではないかと……」


「どうしてそんなことを言うの?」


「無辺の王を倒したあと、ニーナ様が大変取り乱しておられたので……」


 私にはヴォルフの最期を見届けたあとの記憶がなかった。ただ胸にぽっかり穴が開いたようにヴォルフを失った喪失感が残っているだけだった。


「今はまだ恨んでないとは言えないかな……。私にはもう少し心の整理をする時間が必要なのかも……」


「ニーナ様はいずれ女王となられるお方です。もし私が無辺の王を討ち取ったことがニーナ様にとって許しがたいことであれば、私はいかなる処罰も受けるつもりです……」


 そばにいたレイズもリガードと同じ覚悟のようだった。ふたりとも神妙な顔つきになっていた。私は彼らを見て小さくため息をついた。


「あんたたちは自分のやるべきことをやったんだ。私はそれくらいのことはきちんと理解しているつもりだよ。罰しようなんて考えてないよ」


 私は何故か彼らを憎む気にはなれなかった。自分でも不思議な感じはしていたけど、みんなそれぞれの役割に徹しているように見えた。

 ヴォルフの死も抗うことができない運命だったのだと、私はいつのまにかそんな考えを持っていた。


「リガード。君にひとつ聞いておきたいことがあるんだ」


「はい、何でしょうか」


「どうして私たちがモルドレニアにいるってわかったの?」


 ロンテディアからモルドレニアまで4000キロはあった。この広い大陸で私たちを見つけるにはあまりにも早すぎるように感じた。


「それはニーナ様が身につけている魔導具のおかげです。ニーナ様が首にかけているそのネックレスですよ」


 私は胸元に視線を移しネックレスを手に取った。赤いルベライトの石が美しく輝いていた。これは私が国外追放になった時、侍女のドリスからお守りとしてもらったものだった。


「傾慕のネックレスか……」


「私も同じ物を持っています」


 リガードが懐からそれを取り出した。小さく折りたたまれた布を開くと、その中に私と同じ傾慕のネックレスがあった。


「ドリスから借り受けたものです。これがニーナ様の居場所を教えてくれました」


 リガードがネックレスを手に取ると、石がふわりと浮かんで私がいる方向を指した。ふたりのネックレスが互いに反応し合って赤い光を放っていた。


「すごいね、このネックレス……」


「侍女ドリスもニーナ様の無事と帰還を待ち望んでいるひとりです」


 私はドリスの顔を思い浮かべた。彼女は私の国外追放に異を唱え、最後まで信じてくれていた人物だった。

 ゲームに転生したばかりの私にはドリスと過ごした記憶はないけれど、王女ニーナとはまるで実の親子のような関係だった。


「なるほど、そういうことだったんだ……」


 私はすべての謎が解けて胸のつかえが取れた。そして同時に、この冒険を終わらせるために為すべきことを悟った。それはヴォルフの死に報いるためでもあった。


 私はゆっくりと立ち上がると、遠い彼方へ視線を向けた。


「さあ、帰ろうか。ロンテディア王国へ」

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