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第74話 異境を束ねし無辺の王

 ヴォルフが現れて平和だったモルドレニアの街は地獄と化した。恐怖で悲鳴を上げる住人たちが逃げ回りながら右往左往していた。


「ドラゴンが現れたぞ!」「早く逃げろ! 殺されるぞ!」「きゃあぁああああっ!」


 ヴォルフは激怒していた。今まで見たことのない怒りを爆発させていた。その怒気が暗雲を生み出し、渦を巻いて空を覆い尽くした。


 私の危機を察して助けに来てくれたのだろうけど、彼は我を忘れるほど怒り狂っていた。大きく口を開け咆哮を上げる姿に、私もアウラも圧倒されていた。


「リガード隊長、このドラゴンは……」


 レイズは信じられないといった表情でリガードに尋ねた。


「ああ、教えられなくてもわかるぞ。あの強靭な肉体と強固な鎧と化した鱗。そして空を覆い尽くすかのような巨大な双翼。この世界を支配する大陸竜にして、その頂点に君臨する、奴こそが異境を束ねし無辺の王ヴォルフだ!」


 リガード隊に緊張が走った。そこにいた誰もが死の予感を顔ににじませていた。そんな彼らに向かって私は忠告した。


「ねえ、君たちは早く逃げたほうがいいよ。ヴォルフは仲間のよしみで私が何とかするから。早く!」


「まさかニーナ様と共に旅をしていたドラゴンというのは、あの無辺の王だったのですか?」


「そうだよ」


 一瞬時が止まったかのように静まり返ったあと、リガードは語気を強めて言った。


「何故黙っていたのですか!」


「だ、だって打ち明けたら戦闘になるのは目に見えていたし。そうなったら君たちも無事ではいられないでしょ。私だって物凄く気を使ってたんだから……」


 何ともやりきれない気持ちが場を支配していた。騎士団全員が絶望の淵にいるような表情だった。

 どうすればよかったのか私も答えが出せない。思えばこれはリガードが私を見つけた時から、避けられない運命だったのかもしれない。


 ヴォルフをちらりと横目で見たリガードは何やら考えをめぐらせていた。そして思わぬことを言い出した。


「なるほど、これで私の胸のつかえが取れました。ニーナ様は無辺の王にたぶらかされていたんですね」


「は?」


 私は目が点になった。どちらかと言えば私がヴォルフをいいように扱ってきたのだけれど……。


「目を覚ましてくださいニーナ様。あのドラゴンは我々が倒さなければならない人類の宿敵なのです。無辺の王はニーナ様をさらい手玉に取るつもりなのです」


「い、いや……、そうじゃなくて……、だから……」


「この状況を鑑みるに、無辺の王はニーナ様を利用し人類殲滅へ優位に運ぼうと画策してるのです」


「えええ……」


 私はこの上ない無力感を憶えた。ここでヴォルフがゲーム開始時の特典だったと訴えても、ヴォルフがレジェンダリーアイテムだったと訴えても、絶対に信じてもらえないことはわかっていた。


 正直、リガードの勘違いの方が説得力を持っていた。ゲームの世界においてお姫様がドラゴンにさらわれるのはよくある話だ。悔しいけど今の私にこの状況を引っ繰り返せる器量はなかった。


 それでも私には彼らに訴えておかなければならないことがあった。


「まあ勝手に妄想するのはいいけど、これだけは言わせて。君たちがヴォルフと戦っても絶対に勝てないからね。全滅は目に見えているんだよ。ここは一旦私を置いて逃げたほうがいいよ。リガードは優秀な部下を無駄死にさせるほど、愚かな人間じゃないでしょ」


「あれが普通のドラゴンであれば、私も他の策を打つと思います。ですが無辺の王とあれば見過ごすことはできません。この平和の大陸ロワルデに無辺の王が足を踏み入れているのです。我々が今ここで立ち向かわねば、いつやるというのですか」


 リガードに表情に迷いはなかった。それどころか、これから待ち受ける試練に血をたぎらせているかのようだった。


「まったくどうしてこの世界のSSRキャラって、ドラゴンのことになると理性が飛んじゃうのかな?」


 私は呆れまじりにぼやいた。でもリガードは気にする素振りも見せず、口の端を上げ、自嘲気味な笑みを作って見せた。


「それが我々の性分(しょうぶん)です。さあ、ニーナ様は安全な場所へ」


 リガードがそばにいた騎士に命じると、男は私とアウラを両腕に抱え、大広場の中心から少しはなれた離れた場所に避難した。

 そこには石でできた頑丈なラインベルガー像があって、それを盾代わりに、そこからリガード隊の様子を伺う。


 見ていることしかできない状況に、私は暗い気持ちに襲われた。絶対に避けたかったはずの戦闘が、今まさにはじまろうとしていた。

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