第72話 王女の肩書き
私はその光景を呆然を眺めていた。リガードたちがここにいることにも驚いたけど、私を王女として崇め、跪く彼らに私はどうしたらいいかわからなかった。
横にいたアウラも突然のことに面食らっていて、レストランにいた店員もお客さんたちも、同じように目を丸くしていた。
「ニーナ様にお伝えしなければならないことがあります。それはニーナ様の国家転覆の罪がまったくの濡れ衣であったということです。謀反の首謀者は国王の弟ルードヴィクとその息子レイナードによるものでした。どうか我々の過ちをお許しください」
リガードと共に他の騎士団員たちも頭を低くした。
「別にいいよ。そのことはもう知っているから。それに国外追放の件はゲームをはじめるための設定だから気にしなくてもいいよ」
「ゲ、ゲームというお言葉の意味は分かりかねますが、寛大なお言葉を賜り深く感謝いたします」
「ねえ、堅いこと言わないでよ。私はお姫様でも王女でもないから」
「いえ、ニーナ様はれっきとしたロンテディアの女王になられるお方。我々がここに赴いたのはニーナ様を王国へご帰還させ、王位の座に就いていただくためです」
「やだ!」
「やだ?」
「やだもん。だって私はこのゲームの世界で冒険をするためにドラゴンの心臓でやってきたんだから。それに死んだ王女ニーナ本人から公式に許可を得てるんだよ。外の世界に憧れていた彼女からこの体を正式に受け継いだんだ」
「死んだと申されましたが、私の目の前におられるのは紛れもないニーナ様です」
「体はそう。でも魂は違う。私の本当の名前は皐月仁衣菜っていうの。ただの会社員だったんだよ。だから私が女王になるなんてお門違いな話なんだよ」
私の話があまりに現実離れしているのか、リガードは顔を青くして固まってしまった。そんな彼に変わり隣にいたメガネっ子魔法使いが頭を上げた。
「ニーナ様、私はレイズ・モンクトンと申します」
彼女はさっきクロちゃんの動画で目立っていた魔法使いだった。
「ニーナ様が幼い頃から城外へ想いを抱かれていたことは誰もが知るところです。今回の一連の出来事がニーナ様にとってご意向に沿うものであることも理解しております」
「なら、このまま放って置いてよ」
「ですがこれは王国の危機なのです。この窮状を救えるのはニーナ様をおいて他にはございません。エルドレッド様は今こそニーナ様に王の座を受け継がせたいと願っておられます」
「エルドレッドって誰?」
「ニ、ニーナ様のお父様ですよ! 現ロンテディア国王エルドレッド様です。まさかお忘れですか?」
次第に私を見る目が哀れみと失望が入り混じったものに変わっていった。そんなメガネっ子魔法使いに私はそっぽを向いて言った。
「突然そんなモブキャラのこと言われても、私知らないし……」
「モブ……」
場に気まずい空気が流れて、水を打ったように静まりかえった。王国で一番偉い人をモブ扱いすれば、こんな感じになるのも無理もない。しばらくしてさっきまで固まっていたリガードがふたたび頭を上げた。
「もう一度お伺いします。ニーナ様、どうか我々とともに王国へご帰還していただけませんか」
「やだ。王国のためとか国民のためとか言われても困るんだよ。私はそんな重荷を背負う気はないから。そっちで勝手にやっててよ」
私はあえてつっけんどんに言い放った。
彼らは謀略を暴き、裏切り者を排除できたその機運に乗じて私を即位させるつもりだった。彼らにとって混乱した内政を安定化させるためにもその方が都合いいのだろう。でもそんなシナリオを描かれても私は乗るつもりはなかった。
そんな態度の私を見てリガードやレイズの表情が硬くなった。
「申し訳ございませんニーナ様。実は国王エルドレッド様から捕縛の許可が下りているのです」
「はあん、君たちは私を力ずくで捕まえる気なんだね」
「あまり手荒なことはしたくありませんが……」
申し訳なさそうな顔を作って彼らはすくっと立ち上がった。物別れに終わり一気に雲行きが怪しくなった。
「ねえニーナ。私さっきから完全に空気なんだけど、蚊帳の外なんだけど……。こ、この状況どうするの……?」
アウラがおどおどしながら尋ねてきた。
もう彼らとは話し合う余地はなかった。こうなれば私たちが取るべき選択肢はひとつ。
「とにかくこの場を逃げる!」
私はアウラの手を握り、魔法を発動した。
「ランダムテレポート!」
瞬間、私たちは強い光に包まれて目の前が真っ白になった。けど再び視界が開けると、私たちが立っていたのは元いたステーキレストランの中だった。
「あれ? あれれ? 何でテレポートしないんだ。確かに手応えがあったのに……」
唖然とする私にレイズが言った。
「申し訳ございませんニーナ様。テレポートは効きません。周囲2キロに渡って転移魔法の無効化とニーナ様捜索の探知魔法をかけています」
「2キロ!」
と、聞いて私はレイズのステータスを確認した。すると彼女の冒険者レベルは9だった。
これは初期値ステータスとしては最大レベルで人間が到達できる限界値だった。レイズは最強クラスのSSRキャラだった。
「やるなこの巨乳メガネめ! だが私がそうやすやすと捕まると思うなよ。私にはまだ使える魔法があるのだ」
私は一矢報いようと、もう一度魔法の発動を試みた。
「必殺! 起死回生の攻撃魔法! スローイング・ダガー!」
私が勢いよく振り回した腕の先から、実態化したダガーが放たれた。そのまま真っ直ぐリガードの方へ飛んで行く。
だが案の定、ダガーは彼が着ていた鎧に弾かれて床に転がった。リガードは拍子抜けしたように言った。
「ニーナ様、何ですかこれは。おもちゃか何かですか?」
「おもちゃじゃないもん! 攻撃魔法だもん!」
私は半泣きになって訴えた。どこが起死回生なのかと微妙な空気が流れたけど、異変に気づいたレイズが声を上げた。
「リガード様、天井です。今すぐ下がってください!」
「何!?」
リガードははっとして上を向いた。
そこには木製の大きなシャンデリアが吊るされていて、その横にダガーが1本天井に突き刺さっていた。
私が放った3本のダガーのうちの1本は、天井に吊るされたシャンデリアのロープを捉えていた。切り込みが入ったロープはその重みに耐えられず、ぶちぶちっと音を立てて千切れた。
「しまった!」
リガードがその場を飛び退くと同時に天井からシャンデリアが落ちてきた。どーんと大きな衝撃と共に埃と煙が店内に充満した。
「肉が〜!」「肉が〜!」「肉が〜!」
ステーキを食べていた客たちから悲鳴が上がり店はパニックになった。私はこの混乱に乗じてアウラの手を引き逃亡を図った。
「アウラこっちだよ!」
「待ってニーナ。クロちゃんが!」
さっきまでいたテーブルの上にクロちゃんを置いたままだった。心苦しかったけど取りに戻る余裕はなかった。
「もう時間がない。行こう!」
私たちは店のバックヤードに入ると、驚く厨房スタッフをよそに調理場を走り抜けた。そのまま店の勝手口から飛び出してモルドレニアの街へ姿をくらませた。




