第69話 冥獄へ誘う語り部
この世界には4体のドラゴンが存在する。炎髪の破壊者ファルケ、冥獄へ誘う語り部ヴェルス、万障の化身シュランゲ、そして異境を束ねし無辺の王ヴォルフ。
ヴェルスはミューロス大陸を支配する大陸竜で、このゲームの世界で言えば折り返しにあたる大ボスだ。ヴェルスは海に棲むドラゴンでファルケの次に強敵だった。心配になった私はクライスたちの心づもりを問うた。
「ヴェルスは海竜だよ。他のドラゴンとは違って難しい戦いになると思うけど……」
「そうだね。ニーナの言う通り、戦いは海辺になる。情報ではヴェルスは岩礁地帯を根城にしているようだね。地の利は相手にある」
「準備はできてるの? めちゃめちゃ厄介な相手だよ」
私はクライスに詰め寄った。
「もしかしてニーナは僕たちが負けるんじゃないかって思っているのかい?」
クライスの言葉に他のメンバーは自信に満ちた笑顔を私に見せた。彼らには高レベル冒険者の自負があるのだろうけど、正直今の戦力では負けるのは確実だ。
ヴェルスに勝つには少なくともレベル15以上必要だった。そのためにはプレーヤーである私とパーティーを組んでキャラの育成が必須だった。
「だって、だって……」
私は返事に窮しながら初回プレイの事を思い出した。ヴェルスの決戦の場は、岸壁に囲まれた岩礁地帯の海の上だ。足場は限られていて、あるのは点在する岩場と破壊された船の残骸のみ。
ヴェルスの戦闘力も高く手強いけど、それよりも厄介なのはこの難ステージなのだ。
戦闘中海に転落すれば自力で足場に這い上がらなければならないのだが、その間モーションが入り、攻撃も防御も、逃げることすらもできないのだ。その隙をついてヴェルスは攻撃を仕掛けてくる。
これが腹立たしくて仕方がなかった。一度海に転落すれば這い上がる隙を突かれて被弾する。そしてまた海に投げ出されるの繰り返し。実質ただ体力を削られ何もできないまま死ぬこと数十回。
「こんなの無理だろ、ムキーッ!」
と、私は腹を立ててコントローラーを投げたこともあった。
私はヴェルスにやられるよりも、ステージに殺される理不尽さにイラついた。このゲームで一番精神的にキツい戦闘だった。
そんなことを思い出していると、私は無意識にあらぬことを口走ってしまった。
「だって、ヴェルス戦、マジでキツかったんだもん。あれにはゲーム制作者の悪意を感じたよ……」
「制作者?」
不満をこぼした私の顔をみんながぽかんと不思議そうに見ていた。それに気づいた私はその場を笑って誤魔化した。
「あっ、いや、ごめん。今のはなし。何でもないから。あはは……」
「何だかニーナはヴェルスと戦ったことあるって感じだね。もしそうなら僕たちにアドバイスをしてくれると助かるな」
クライスがそう言うとみんなも私の返答を待っていた。私は引っ込みがつかなくなって仕方なく思いつくまま答えた。
「じゃあ、助言させてもらうけど、まず最初に水上歩行のポーションを手に入れて欲しい。アティカ以外は空を飛べないでしょ。だから他の3人はそれでだいぶ戦いやくなると思う。トライユガンドに寄るならお店で入手しておいて」
「わかった」
「作戦としてはアティかの雷属性魔法がカギになるよ。ヴェルスは水属性だから雷攻撃は有効だよね。ヴェルスをスタンさせる魔法があるならそれを使って、他のみんなの攻撃の隙を作る」
「なるほど」
「喉元にあるエラがヴェルスの弱点だから、クライスとイーダの強攻撃が一番効くと思う……。でも、それでもヴェルスに勝つのは難しいよ。できればヴェルスに勝負を挑むのはやめてほしい……」
私は率直に告げた。それはこのパーティーに死んでほしくなかったからだ。この世界では冒険者がドラゴン討伐に挑むのは普通のことだけど、NPCである彼らが大陸竜にかなうはずがないのだ。私は無惨にやられてしまう彼らをそのまま黙って見過ごすことができなかった。
「ニーナの意見はわかるよ。彼女たちは大げんかばかりだし、僕たちパーティーがひとつになって戦えるとは思えないのかもしれない。けど少なくとも彼女たち3人には一つになれる共通点があるんだ」
「共通点?」
「うん、それはね、みんな大切な人をヴェルスに奪われたんだ」
クライスの言葉に私ははっとさせられた。驚いて何も言い返せなかった。そんな私に彼はそっと話を続けた。
「アティカはお父さんを殺されたんだ。ミリエルはお兄さん。イーダは大昔にエルフの村を潰された。みんなヴェルスに一矢報いたい気持ちで集まったんだよ」
「そうだったんだ……」
「私たちはずっとこの時を待っていたんだ。命がけで戦う覚悟はできているんだよ」
アティカの言葉にクライスも他のふたりも深く頷いた。
私はそれ以上何も言えなくなってしまった。普段明るく振舞っている彼女たちには私が想像もできないほどのつらい過去を背負っていた。それがこの世界の現実なのだと思うと、私はやるせない気持ちになった。
そんな私を見て突然イーダが立ち上がり、モーニングスターを振り回した。
「心配ないからねニーナ。私の一撃を食らえばヴェルスも敵ではないんだから!」
「ちょっと危ないからやめてよ!」
「すぐ熱くなるんだよ、これだからバーサーカーは」
イーダのおかげでみんな笑顔になった。場が明るい雰囲気になって、私も思わず頬がゆるんだ。みんな本当にいい人たちだった。
「絶対に死なないで欲しいんだ」
私は心の底からそう願った。
「わかってるさ。僕たちは必ず生きて帰ってくるよ」
私たちはカフェを出て別れを告げた。手を振って去っていくクライスたちに私も手を振って送り出した。私は彼らの後ろ姿を見つめながら、この広い世界で再び会うことを願っていた。
「ニーナ……」
アウラが疲労困憊の様子で私に声をかけてきた。
「ああ、よかったアウラ。解放されたんだね」
「うん。でも頭がぐちゃぐちゃになっちゃったよ……」
「大丈夫? 大変だったね」
アウラは虚ろな目で頷いた。
「大変だったよ。みっちり勉強させられてテストまで受けさせられたよ。回答欄に全部フサフサって書いたら満点取れたんだ。こんなこと私の人生ではじめてだよ……」
「それは喜ぶべきか悲しむべきか……」
私は返答に困った。
「ところで、あの人たち何だったの?」
「ああ、ちょっと思いがけず知り合いと出会ってね。彼らはこれからヴェルス討伐に向うんだよ」
ふいに、風がクライスたちの間を吹き抜けていった。その拍子で女子3人の服が一斉にめくれ上がった。その様子を見ていたアウラがポツリとこぼした。
「ねえ、何であの人たちみんなTバックなの? 何でフサフサなの?」
「い、いや、フサフサじゃないでしょ。お尻に毛が生えてたら怖いよ。ツルツルしたものを全部フサフサって言い換えるのやめて」
アウラは完全に焼きが回っているようだ。あの変な官憲たちに相当吹き込まれていた。
「ニーナ、私もう疲れたよ……」
「そのようだね。今日は宿をとってゆっくり休もう。さっきの話をした人たちから、いい宿を教えてもらったんだ。行こう」
私はくたくたのアウラの背中をさすり、彼女を労いながらその場をあとにした。




