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第66話 大領主の像

 宿を見つけるまでの間、私たちはちょっとしたモルドレニア観光を楽しんでいた。ここは古めかしくも美しい街並みに歴史と文化、そして科学技術が同居した学園都市だった。


街には多くの研究者が暮らしアカデミックな雰囲気を持っていた。文化レベルは高く、街全体が自信と誇りに満ちていた。


「何だか意識が高そうな街だね」


「そりゃあ、最先端の街だもの。頭のいい人がたくさん住んでいるんだよ」


 と、アウラは目を輝かせる。


「私はもっとド派手で金ピカな街なのかと思ってたよ。建物なんか全部金箔で覆われてるんじゃないかって期待してたのに」


「ニーナそんなこと想像してたの? 錬金術でもそんなに都合よく金はできないよ」


 たしかに金がそんな都合よく作れるわけはないが、モルドレニアが豊かであることは間違いない。

街には闘技場やアリーナ、美術館みたいな豪華な施設がたくさんあって錬金術さまさまといったところだった。そんな中アウラがあることに気づいた。


「ねえ、ニーナ。この街、異様に銅像が多いよね」


「私もすごく気になってた。しかも全部同一人物だよ」


「街の雰囲気はいい感じだけど、これは一体……」


 街のいたる所に男の銅像が建てられていた。それは剣を振り上げていたり、済まして本を読んでいたり、馬に跨っていたりと、大広場はもちろん細い路地にも置かれていた。大きいのやら小さいのやら、とにかくたくさんあった。


「モルドレニアの偉い人かな。きっとこの国の領主だね」


 詳しくは知らないけど、これだけあればだいたいの想像はついた。過剰とも思える数は、市民に領主への忠誠心を植えつけるのが目的だろう。そのどれも勇ましく威厳あった。


 そんな銅像に眉をひそめていると、アウラが妙なことを言い出した。


「気のせいかと思ってたけど、これ……」


「どうしたのアウラ?」


「もしかしたら……」


「何なのよ」


「う〜ん……」


 アウラの視線が銅像の頭に注がれていた。私も注意深く見ると、額と髪の毛の間に不自然すぎる隙間を発見した。


 まさか、そんなバカなと私は疑っていたけど、誘惑に負けたアウラがはおもむろに銅像の頭に手をかけた。


「取れたあ! やっぱりカツラだったんだ!」


 興奮したアウラは銅像から剥ぎ取った頭髪を掲げた。無残にもさらされた頭頂部は、磨きがかかったように輝いていた。


「見てニーナ。やっぱりハゲてた!」


「ちょ、ちょっと、勝手にひっぺがしたらだめだよアウラ」


「でも、面白いでしょ」


「面白いけど」


「ずっと違和感を感じていたのはこれなんだよ。たぶんこの街の銅像全部、頭ツルツルなんだよ」


 と、アウラが自分の発見を無邪気に喜んでいた時だった。


 ピーっと笛の音が鳴り響いて、男が私たちに詰め寄って来た。その身なりから男がモルドレニアの官憲だとわかった。

 これは非常にまずい展開になったと危うんでいると、男がものすごい剣幕で捲し立てた。


「おい娘! 何てことをするんだ! このお方はモルドレニアの大領主ラインベルガー様だぞ。それを知っての狼藉か!」


「えっ、あっ、ご、ごめんなさい。ちょっと気になっちゃって……」


「アウラ早く元に戻して! カツラを元の戻して!」


「ああああ……、ご、ごめんなさい。す、すぐに直します……。すぐに直しますから……」


 官憲の威圧感にアウラは完全にパニックになっていた。カツラを元に戻そうと必死だったけど、焦れば焦るほど上手く頭に嵌らない。


「あれ、おかしいな……。元に戻らない……」


「アウラ、それ前後逆だよ。それじゃあ元には戻らないよ!」


「えっ、ああっ……、じゃあ、こう?」


「ち、違う! それ上下逆だから。それじゃあ頭にお椀乗っけてるみたいだよ!」


 アウラはすでに半泣きになっていた。カツラを被せようとしてみても、どうにもこうにも収集がつかなかった。決してわざとじゃないのに、みるみる官憲の顔色が変わっていった。


「お、お前いいかげんにしろよ。冗談じゃすまされないぞ。ハゲ頭の人間をばかにするのはこの国では死刑だぞ」


「死刑!?」


「ひええ……」


 アウラは恐怖で体を硬直させた。瞳孔が開き、魂が抜け出してしまった。


 死刑にするくらいなら最初からカツラみたいに外れる構造にするなよと、私は心の中で訴えていたけど、ここはぐっと堪えて官憲を刺激しないようになだめた。


「別にバカにしてるわけじゃないし、わざとじゃないんだよ。アウラはちょっと不器用なところがあって、それでバタバタしてるだけ……。それに私たちはこの国に来るのがはじめてで……」


「我々はラインベルガー様の地位と名誉と尊厳を守るために奉仕している。もしラインベルガー様の頭に髪が生えていなくてもフサフサだと思え。ツルツルに見えたとしてもフサフサだと思え!」


「どういう理屈だよ!」


 私はつっこまずにはいられなかったけど彼は大真面目に言った。どうやら私たちは絶対に触れてはいけないものに触れてしまったようだ。男はアウラの腕を掴んで彼女を拘束した。


「お前、大人しくこっちに来い!」


「ニーナ助けて……」


「ちょっと! アウラをどこに連れて行くんだよ!」


「詰所に来てもらう。そこで教習を行う」


「教習?」


「お前たちは初犯ということを考慮して座学と筆記試験を30分ずつ。みっちりとラインベルガー様がフサフサだと叩き込んでやる!」


「え〜勉強やだ〜」


 アウラは子どもみたいにぐずった。


「アウラ、死刑よりはましだから、がんばって……」


 まったくもって災難だけど私はアウラを元気づけることしかできなかった。男に腕を引かれて力なく歩く彼女の背中を見送った。

 これは異国の地で軽率な行動をとってしまった罰なのだろう。高い勉強代になったと諦めるしかなかった。


 置いてきぼりにされた私は、アウラが解放されるまで時間をつぶさなくてはならなくなった。


「仕方ない、今夜泊まる宿を探すか……」


 私はその足で街の中心部へ戻ることにした。そこには大きな噴水がある綺麗な広場があって、その周りにいくつか宿が立ち並んでいることを思い出した。


 アウラのことを気がかりに思いながらもその場所へ向かっていると、突然どこからともなく大きな爆発音が聞こえてきた。


「今度はいったい何事だよ!」


 私はうんざりして言った。

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