第63話 サブクエスト『半魚人親子の絆を取り戻せ』
私とアウラはチルがいる部屋に案内された。そこは家の三階にあって、ジヌの後ろをついて螺旋階段を上り扉の前まで来た。
まったく物音ひとつしない静かな部屋に私たちが不安を覚える中、扉越しにジヌが声をかけた。
「チルよ。お前の新しい相談相手を連れてきたんや。何でもいいから、話だけでもしてくれへんか」
ジヌが呼びかけたけど、まったく反応はなかった。ジヌはいつものことと割り切っているようだけど、初めての私たちには何だかせつなかった。
「ワシはこれから仕事やから帰りは少し遅くなるけど、それまでに何とかしてほしいんや」
「わかった。やってみるよ」
私が返事をするとジヌが階段を下りて家を出て行った。これから私たちふたりでこの難問に挑まなければならない。その成功の鍵はアウラにあった。
「アウラには、たしか兄弟がいたよね」
「うん。弟も妹も兄も姉もいたよ。私の家は15人兄弟だったから」
「そ、そんなに……」
予想外の返答に私は驚いていたけど、それを聞いて頼もしいことこの上なかった。
「なら、こう言うことはアウラの方が適任だね。私はどうも小さな子が苦手で……」
「でも私だってこういう状況は経験ないよ。兄弟みんな仲よかったし……」
しばらくふたりで思いあぐねていると、扉の向こうから尖った声が飛んできた。
「そこで何ごちゃごちゃ言ってるの? 中に入ってくればいいじゃん」
まさか向こうから招かれるとは思ってもなくて驚いた。その声は少年らしく高音で、まだあどけない感じがした。
「じゃあ、失礼するよ」
ゆっくりと引き戸を開けると、部屋の奥の机にもたれかかるようにして椅子に座る半魚人の背中が見えた。神経質そうに尾ひれをぶらぶらと揺らしていた。私たちを見るなり悪態をついた。
「何度も何度も同じこと繰り返して……、あの人ほんと懲りないな……」
少年は苛立ちを隠そうともせず、私たちをちらりと横目で睨みつけていた。私はその視線を避けるように部屋の中を見渡した。
目につくのは机に本棚にベッド。ごく普通の男の子の部屋って感じだった。部屋の中はもっと荒れているのではと思っていたけど、意外にも綺麗に整理されていた。私は彼を刺激しないようにそっと声をかけた。
「やあ、チルくん。私はニーナだよ。そして彼女はアウラ」
「あっそ。でも何か怪しいなあ。あんたたち本当に半魚人なの?」
半魚人姿の私たちを見て、チルが訝しむ視線を投げかけてきた、ちょうどその時。突然アウラに異変が起こった。
「うががががあぁああああ!! ぐぎぎぎぎぃいいいい!! ぬぐぐぐぐぅうううう!!」
アウラが魔物のようなうめき声を出して悶えはじめた。どうやらポーションの効果が切れたようだ。
「何!? 何なの? 怖いよ! キモいよ!」
「大丈夫だから。すぐ終わるから」
私がチルを落ち着かせると、間もなくアウラがボンと音を立てて煙に巻かれた。そして現れたのは人間の姿に戻ったアウラだった。
「あれ、もう元に戻っちゃったよ」
「思ったより早かったね。ということは私も……」
アウラと同じくボンと小さな爆発音を鳴らし、私も人間の姿に戻った。
「え〜、人間だったの?」
「まあ、そういうことね。てか顔見たらわかるでしょ。君たちみたいな魚顔じゃないんだから」
「あの人いろんなの連れてきたけど人間は初めてだ。見るのも話すのも……」
「どう? 私たち?」
「変な生き物だな」
「半魚人のくせに生意気な」
私は大人気なく、いや体は子どもだけど負けじと言い返した。でもお互いに言いたいことを言い合えるのなら、この問題も何とかなりそう。
「私たちがここに来たのはチルの相談相手になるためだよ。君がふさぎ込んで困ってるってお父さんからの依頼」
「どうせ交換条件でも出されたんでしょ。あの人根っからの商売にだし」
「おお、勘がいいね。その通り。君の問題を解決できたらお父さんから光る鉱石をもらえるんだ」
「こっちは相談なんて望んでないよ」
「本当に? 悩みを持っていそうな顔してるけど」
「何かしてほしいことがあるんなら言ってくれてもいいんだよ」
アウラの問いかけにチルはしばらく悩んだあと、ひとつの要求を出してきた。
「そうだな……、じゃあ僕と遊んでよ。遊んでくれたら僕の秘密を教えてあげる」
意外にも普通の子どもの要求で私は安心した。
「わかった。そんなことならお安い御用だよ」
「本当?」
「うん、本当だよ。お遊びならこっちのアウラお姉さんが相手してくれるよ」
私はアウラを紹介したけど、チルは首を横に振った。
「嫌だ。僕はあんたと遊びたい」
チルは私に指を差して言った。まさかの逆指名に私は戸惑った。
「何? 遊んでくれないの? 遊んでくれないならもういいよ」
私が返事を渋っているとチヌが机の方にそっぽを向いてしまった。
まったくどうして私が、と納得はできなかったけど、光る鉱石のために仕方なく彼の要求を飲んだ。
「わかったよ。遊べばいいんでしょ、何して遊ぶの……?」
「やった! じゃあ、お馬さんごっこして」
「お馬さんごっこ?」
「そうだよ、早く四つん這いになれよ。じゃないと光る鉱石もらえなくなるぞ」
急に高飛車に来られてムッとしたけど、私は言われるがまま床に手をついた。するとチルが馬になった私の背中に勢いよく飛び乗っってきた。ドスンと背骨が折れそうになるくらいの衝撃が走った。
「うげっ! 重い〜!」
「走れ! 走れ! お馬さんパカパカ。ぎゃははははっ!」
私はチルにお尻をバシバシと叩かれたり、髪の毛を引っ張られたりして、いいようにされていた。すっかり王様気分の彼に部屋の中をぐるぐると回らされた。
「痛い痛い、叩かないでよ。ちょっと激しすぎない? ごっこっていうか、これ何かのプレイのような……、あっ、ああ……」
私は苦痛と屈辱感に苛まれ、あられもない姿を晒していた。ただのお馬さんごっこだったはずなのに、私の理性が音もなく崩れていく。
いったい私はどうなってしまうのだろうかと劣情に駆られていると、見かねたアウラがチルをたしなめた。
「チルくん、女の子にはやさしくしなきゃだめだよ。そんな乱暴にしたらニーナの性癖が歪んじゃうでしょ」
するとチルは大人しく私の背中から降りた。
「はあ、危なかった……、もうちょっとで新境地が開くところだったよ……」
私はやっと地獄から抜け出せてほっとしていたけど、あろうことかチルは四つん這いになっていた私のお尻に向かって指を突き立てた。
「カンチョー!」
「はぎゃあぁああああああああああ!!!!」
頭に血が上り激昂した私は飛びかかる勢いでチルの胸倉を掴んだ。
「てめえぇええええ! さっきからやりたい放題やりやがって! 調子に乗ってると三枚におろすぞ!!!!」
「ひえぇええええ!!」
私に壁に押しつけられたチルは尾びれをブルブル震わせ怖がっていた。
「ちょっと、ニーナ落ち着いて。まだ子どもだよ」
「でもアウラ、ケツが痛えよ……」
私が痛みを訴えると、アウラがポケットから小瓶を取り出した。
「はい、回復薬」
それを受け取った私は親指でコルクを弾くと、ごくごくと一気に飲み干した。するとすぐに効果が現れて、お尻の痛みが引いていった。
「はあ……、回復薬は偉大だ」
私がチルから手を離すと、彼は力なく床にペタンと座り込んだ。まるで憑き物が落ちたみたいに急に大人しくなった。
「ひどいことしてごめんね。ニーナお姉ちゃん……」
チルは反省の言葉を述べると、膝を抱えふさぎこんでしまった。




