第62話 悩める不動産王
私たちは簡単な挨拶を済ませたあと、噂の不動産王に要件を伝えた。するとジヌと名乗った半魚人は、私たちを彼の屋敷へ案内してくれるという。その道すがらジヌはずっと気さくに喋り続けていた。
「どや、ええ街やろオイデユス」
「うん、いい街だね。まさかこんな地下深くに都市があるなんてびっくりだよ」
「しかも水上都市だなんて。すごく綺麗な街ですね」
「せやろ。ほんま美しい街なんや」
と、ジヌはまるで自分が褒められたかのように目を輝かせている。
「随分前のワシらは地上のミンヒウルムに棲んどったんやけど、外には魔物がたくさんおって苦労も多かったんや。この場所を見つけたんは15年ほど前。ワシらの仲間が湖の底に空いていた小さな横穴を見つけてな。試しに掘ってみたらこんなでかい空間が広がってたんや。それからここまで街を大きくしたんやで」
「ジヌは不動産王って呼ばれてるんだね」
「まあ、大層なこっちゃな。でも、ワシひとりで成し遂げたわけやないねん。みんなの力があってこそなんや」
顔は完全に魚だけど、しっかりした人格者のようだ。歳は人間で言えば50代くらいだけど、話し方が流暢なだけに老年な感じもした。
その後、何度か橋を渡りたどり着いたのは大きな屋敷だった。敷地は浮島一つ分。さすが不動産王といったところで、屋敷はオペラハウスみたいに貝が重なり合ったような形をしていた。
「で、でかい……、さすが不動王の家だな……」
「遠慮はいらんでえ、さあ、はいったはいった」
私たちは家の中へ通された。部屋の中は広くて綺麗で、高価な調度品が並べられていた。私たちがテーブルにつくとジヌがお茶を淹れてくれた。
「いただきます」
温かいお茶にほっと息をついた。クラーケン焼きを食べたあとだったから、さっぱりできてよかった。
「立派なお家ですね。日当たりもいいし、景色もいい」
「腕のいい大工がおってな。そのおかげで快適に暮らさせてもろてるわ」
物静かな部屋を見渡してからアウラがジヌに尋ねた。
「ご家族はいらっしゃらないんですか?」
「ああ、家族ね……」
ジヌはおもむろに首にかけていたふたつのロケットペンダントを取って見せた。チャームを開くと中にふたりの肖像画がそれぞれ嵌め込まれていた。
「こっちがワシのかみさんや。そしてこっちがワシの息子。かみさんの方は1年前に突然病気で倒れてな。意識が戻らないまま逝ってしもうた」
「そうだったんですか……」
「美人でほんまにええ女房やったよ。ワシのワガママにも黙ってついてきて来てくれたわ」
当然だが彼女も魚顔で美人と言われてもちょっとよくわからないけど、つつましい雰囲気がする奥さんだった。
「ほんでこっちがワシの息子、チルや。人間の年で言ったら10歳くらいかなあ。今は息子とふたりで暮らしてる」
そのチャームには大人しそうな少年の顔が描かれていた。魚顔の彼に笑顔はなくどこか寂しげに映った。
「ワシはチルを一人前の商売人にしたいと思うとる。いずれこのオイデユスを仕切ってもらいたいんや。そのために小さなうちから厳しく躾けてきた……」
ジヌの顔に暗い影が差した。その瞳に後悔の念が滲んでいるように思えた。
「そのチルって子と何かあったんだね」
「ニーナはんは察しがええな。その通りや。ワシは息子との関係が上手くいっとらん。かみさんに先立たれてことで歯車が狂ってしもたんか、仕事一筋に生きてきたツケが一気に回ってきた感じや。チルがワシに反発するようになってしもうて。もうワシには息子の考えがようわからん……」
「ちゃんと話し合えばいいんじゃないの? 親子なんだし」
「それはそうや。でもチルは部屋に引きこもってな、今では腫れ物に触るような感じなんや。ずっと世話になっていた家庭教師も受けつけへんようなって、問題行動を起こすようになってしもうた。誰もチルの面倒をよう見いへん」
ジヌは両手で頭を抱えると、鱗が生えた頭をぐわしぐわしとせわしなく掻いていた。
「ワシはもうどうしていいかわからん。でもこのままにしておくこともできへんし八方塞がりなんや……」
「なるほど、大体の話はわかったよ。私たちをこの家に招いたのもそのためなんだね」
ジヌは申し訳なさそうにこくりと頷いた。
「まったくお恥ずかしい話、家庭のいざこざを余所さんにお願いするなんてみっともないことだとは承知してる。けど、あんたらがワシの目の前に現れて、光る鉱石が欲しいって聞いてな、これは何かの巡り合わせやと思ったんや」
ジヌは居住まいを正して私たちに頭を下げた。
「もしチルを更生させてくれるなら、光る鉱石をなんぼやっても構わへん。いや、あんたらが望むものなら何なり言ってほしい。ワシにできることは何でもする。こんな情けない父親やけど、どうか力を貸してくれへんか」
私の目の前にメインメニューが開いた。サブクエストを受けるかどうか尋ねていた。成功報酬は光る鉱石だった。
私は子どもの扱いは慣れていない。問題児とあればなおさらだ。ここははアウラに任せるのが無難だろう。
正直あまり気乗りしないけど、光る鉱石をゲットするためサブクエストを受けることにした。
「わかったよ。何とかしてみる」
ジヌはパッと頭を上げると私にすがりつくように言った。
「ニーナはん、ほんまおおきに!」




