第60話 ファーストコンタクト
湖の中は冷たくて気持ち良かった。透明な湖水に空から降り注ぐ陽光が、光のベールのように差し込んでいる。
私たちの周りを小さな魚たちが悠々と泳いでいた。その美しい光景にアウラは興奮を抑えられないようだった。
「ねえニーナ見て。(コボコボ……)お魚さんも楽しそうに泳いでるよ。(コボコボ……)」
「なかなかの絶景だね。(コボコボ……)水も綺麗だし気持ちいい。(コボコボ……)」
私たちは抱えた石を重りにしてどんどん深く潜っていった。それでも半魚人に変身したことで水圧や息苦しさはまったく感じなかった。それに加えて水中でも会話ができて便利だった。
しばらくして湖の底に着いた。周囲を見回すと大きな横穴が開いているのを見つけた。
ゆっくりと近づいて穴を通り抜けると頭上に大きな空間があった。私は石を手放してアウラとともに浮上すると、ふたりで水面から頭だけ出して空気を吸った。
「ああ、久しぶりの空気だ……」
「ふう、ほっとする……」
その場所は洞窟になっていて、壁面に光る鉱石がいくつも埋め込まれていて明るかった。半魚人たちは日光が届かない地下深くに棲むために、光る鉱石を利用していた。
「ねえ、ニーナ。目的の光る鉱石ってあれのことだよね?」
「私もはじめて見るけどたぶんあれだね」
「勝手に取って帰っちゃまずいかな?」
「さすがにそれはリスクが大きいかな。見つかったら最悪牢屋にぶち込まれちゃうからね。ここにある光る鉱石は全部半魚人たちが管理しているんだよ。何とかして許可をもらわないとね」
視線の先に人影が見えた。と言っても明らかにその姿は人間ではなかった。
「ニーナ、半魚人がいるよ」
「たぶん門番かな。とするとここは検問所ってとこだね」
彼が立っている後ろには閉じられた門があった。その先は街へつながる通路になっているようだ。他の都市と同様、入場審査を受けなければならなかった。
武装したその半漁人は私たちと同じ緑色の鱗に覆われていたけど、違うのは頭が完全な魚の形になっているということだ。ハゼのように飛び出した目玉が頭の上についていた。
「どうするの?」
「とにかく話しかけてみるしかないね」
「言葉は通じるのかな」
「たぶん大丈夫っしょ」
私たちは水から上がり半魚人に近づいた。彼の視界に入ったところで私は手を挙げて声をかけた。
「やあ!」
「…………」
まったく反応はなかった。その半魚人はこっちをジロリと見つめてくるだけで、微動だにしなかった。私は気を取り直しもう一度声をかけた。
「やあ!」
すると半魚人は少し間を置き、口をパクパクさせて小言を言いはじめた。
「君ら半魚人なめてるやろ」
「え?」
私たちは呆気に取られて、ぽかんとしてしまった。
「完全になめてるやん」
「いえ、なめてないです……」
「いや、なめてるな」
私はどうしていいかわからずアウラと顔を会わせた。
「君らそれで半魚人になってるつもりかもしれんけど、君らがやってるのコスプレやん。顔が人間のままやんか。被り物してるだけで魚の顔になってないねん」
「ああ、これはその……、いろいろ事情がありまして……」
「半魚人になるって言っても可愛らしさ捨てきれなかったってことやろ。そんな中途半端なことして中に入れてもらおうって思ってるの? それに君何なんその色。ピンクて。ふざけてるの? あの門の向こうはな、生き馬の目を抜く半魚人の街なんやで。そんな事してたら、いてかまされるでえ」
「あうぅうう……」
いきなり捲し立てられて私は泣きそうになった。正直言うと私は魚顔になるのは避けたかった。
ポーションを作ってもらった時、あれこれと注文をつけこの姿になるように調整してもらった。それがまさかこんなに詰められることになるなんて……。
素直に水中呼吸のポーションにしておけばよかったのだろうかと後悔が頭を過ぎった。
「ちょ、調子に乗って、すみませんでした!」
どうやら悪ノリが過ぎたようだ。私は平身低頭、頭を下げた。横にいたアウラも同じく頭を下げた。
「半魚人の生き様は厳しいんやで。そのことをわかっといてくれたらええねん。まあ、はじめて見る顔やしこれくらいにしといたるけど。それで、君らはどういう目的でここに来たんや?」
「光る鉱石を分けてもらいたくて……」
「そうかいな。でもこの石はうちらにとって貴重な資源やさかい、そう簡単にはいかへんと思っておいて」
「は、はい……」
「まあ、健闘を祈っておくわ。ほな、この入場申請書にサインして」
言われるがまま私たちはサインした。しょっぱなから出鼻を挫かれたけど何とか入場できることになってほっとした。門が開き私たちは検問を通過した。
「はあ、何とかなった……」
「ニーナ大丈夫?」
「大丈夫だよ……。でも癖の強いおっさんだったね。めちゃめちゃイキり散らされてちょっとヘコんでるんだけど……」
「根は悪い半魚人ではなさそうだけどね」
私たちはペタペタと水かきがついた足音を鳴らして薄暗い通路を進んで行った。その先に明るい光が見えていた。
長い通路を抜けると私たちは目がくらむほどの眩しさに包まれた。そこには巨大な地下都市が広がっていた。
「うわあ、すごい立派な街だね!」
アウラが感嘆の声を上げた。私もその街の景色に息を呑んだ。
「ここが半魚人の街オイデユスだよ」




