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第59話 半魚人のポーション

 それから数日後、私たちは滞在していたニザヴァルを離れることにした。すでにダンジョンの挑戦で溜まった疲れは癒え、旅の準備も整っていた。


 ハロルドとはここで別れ私とアウラはヴォルフの背中に乗り、次の目的地へ飛び立った。目指すのは都市国家モルドレニアだった。


「ねえ、ニーナ。モルドレニアって錬金術の国だよね」


「うん、そうだよ。貴金属をいっぱい作ってるお金持ちの国だよ」


 モルドレニアはこのロワルデ大陸で最も高い技術力と経済力を持つ先進国家だった。その国力は王都ロンテディアをも凌駕する勢いを持っていた。私も一度は訪れてみたいと思っていたけど、入国するには少々問題があった。


「たぶん入国制限されてるんじゃないかなあ。そう簡単には入れてもらえないよ」


 アウラの言う通り、ロンテディア王国の結界が壊れて以来、どこも厳重警戒が敷かれていた。その中でもモルドレニアは富を有する国であるがゆえ、警備はどこよりも厳しかった。


「だから入国できる可能性はゼロに近いね。でも私には抜け道があるんだよ」


「抜け道って、何する気なの?」


「フフフフッ……、それは賄賂だよ」


 アウラが露骨に嫌な顔をした。私に冷たい視線を投げかけてきた。


「そ、そんな目で私を見ないでよ。仕方ないじゃん。これはモルドレニアに入国するのに避けて通れないゲームの仕様なんだから」


「またゲームとか変なこと言って」


 アウラはまったく信用していなかった。私は必死に弁解する。


「だ、だって本当のことだもん……。初回プレイの時にモルドレニアに入るつもりでいたんだけど、その時も入国制限があって、突破するにはサブクエストを受けなきゃいけなかったんだよ。ある入国審査官がいて、入国するための条件を出してくるんだ。従わなければモルドレニアには入れないんだもん」


 初回の時は面倒臭さとプレイ進行に影響がないことから入国自体を諦めた。今回はそのサブクエストを受けることにする。


「それが賄賂ってこと? で、その人は何を欲しがっているの?」


「光る鉱石だよ。珍しくて価値があるものらしいんだ。だからモルドレニアに行く前に入手しておこうと思ってるんだ」


「それをどこで手に入れるの?」


「もうすぐ見えてくるよ」


 ヴォルフが大きく翼を羽ばたかせた。すると、緑豊かな森に囲まれた湿地帯が見えてきた。

 いくつもの水辺が太陽に照らされ青く光っていた。その中にひときわ異彩を放っている水辺があった。


「まるで巨大生物の目玉みたいだね」


 その丸い形をした湖は縁が淡く中心が濃い青をしていて、上空から見るとまるで虹彩のような美しい模様をしていた。その複雑な色合いはこの湖が150メートルを超える深さになっているからだ。


 その姿からこの場所は神秘の湖ミンヒウルムと呼ばれていた。私もアウラもその湖の美しさに息を呑んでいた。


「この湖が半魚人たちが暮らす街の入り口なんだよ。その彼らが光る鉱石をたくさん持っているんだ」


「半魚人? 半魚人から手に入れようってこと?」


「そういうことだよ」


 私たちはミンヒウルムの水辺へ降り立った。そこから湖を覗くと、底なしとも思える深い穴が見える。


「この深い穴の底に街があるなんて……。だいたい事情はわかったけど、どうやって潜るの? 私泳げないんだけど……」


「へへへへ……。そんなことだろうと思って、ちゃんと対策済みだよ」


 私は満を持して勢いよくリュックの中からそれを取り出した。


「テッテレー、半魚人のポーション!」


 アウラに見せつけたのはフラスコのような形の小瓶に、怪しげな緑色の液体が入ったポーションだった。


「その名の通り、これは半魚人に変身できるポーションだよ。これを飲めば水中でもへっちゃらなんだ。ならず者の街ニザヴァルのお店で買っておいたんだよ」


 アウラは眉根を寄せ、不信感を露わにした。


「私は小さい頃からおかあさんに誰が作ったかわからないポーションは飲んじゃいけませんって言われてきたんだけど……」


「大丈夫だよ。品質は折り紙つきだよ。まあ正直言うと、ちょっと怪しい感じのお店ではあったけど」


 アウラの心配をよそに、私は半魚人のポーションを彼女に差し出した。


「じゃあ早速アウラに飲んでもらおうかな」


「何で私が先なの……」


「あははは、気にしない気にしない。さあ飲んで飲んで」


 納得がいかない表情のアウラだったけど、しぶしぶ瓶の栓を抜いてポーションを口に含んだ。味は美味しくないのか、舌を出して顔を歪ませていた。


 しばらく何の変化もなくアウラは首をかしげていたけど、次の瞬間、彼女は体を硬直させ、持っていた瓶を地面に落とした。


「ど、どうしたの? アウラ……」


 一体何があったのかと心配していると、アウラは突然目をむいて苦しそうに呻きはじめた。


「うががががあぁああああ!! ぐぎぎぎぎぃいいいい!! ぬぐぐぐぐぅうううう!!」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、アウラ大丈夫!?」


 もがき苦しむアウラの姿に、私は激しく動揺した。彼女は喉元を掻き毟るように悶えている。

 これは一刻も早く回復薬を飲ませなければならなかった。私がそれをポケットから取り出した時だった。


 アウラは絶叫とともにボンと音を立てて煙に巻かれると、次に姿を現した時には半魚人の体になっていた。


「おお、すごいよアウラ。大成功だよ。どこから見ても立派な半魚人だよ!」


 私はアウラの姿を見て感心していた。彼女は緑色の鱗に覆われ、魚のように胸びれや背びれ、尾びれまでしっかり生えていた。

 腕と足は真っ白な人肌だったけど、手足には水かきがついていた。顔の部分はそこだけくり抜かれたようにアウラのままで、お腹がぷっくり膨らんだ姿は愛嬌があってかわいらしかった。


「調子はどう? 半魚人になった気分は?」


「うん、悪くないよ」


 アウラが話をすると顎についたエラがパクパクと動いていた。これで水中でも呼吸ができる。


 続いて私もポーションを飲んだ。味はものすごく苦くて最悪だったけど、アウラと違って私は変な声を出さずとも半魚人に変身できた。だけど煙の中から出てきた私の体は何故かピンク色をしていた。


「あれれ。何で私はこの色なんだろ。これじゃ目立って仕方ないよね」


 ちょっと納得いかなかったけど、これで私もアウラと同じ半魚人の性能を獲得できた。裸のままでは気恥ずかしいので、私はローブを纏った。


 残すは細かい準備だけだった。あらかじめ取得しておいた防水魔法を私たちの荷物にかけた。これも生活魔法のひとつで水の中につけても濡れなくて済む。


「よーし。これで準備は完了だね」


「何だかワクワクしてきた」


 アウラも調子が出てきたようだ。私はリュックを担ぐと程よい大きさの石を抱えた。これを重りがわりに湖の底を目指すのだ。


「ヴォルフはここでお留守番を頼むよ。のんびりと待っていてね」


「グルルルゥウウウウ」


「じゃあ行こうかアウラ」


「うん」


 アウラが後ろから私の体にしがみついた。そしてふたりで息を合わせて湖に飛び込むと、湖の底にある半魚人の街を目指した。

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