第57話 守護者の間
門は青く淡い光を放っていた。その通り道にバリアが張られていて、それが魔法による結界だとすぐにわかった。
メドゥヌは資格を持つ者しか通れないと言っていたけど、私たちにその資格があるのかは試してみるしかなかった。
「じゃあ、私たちから入ってみるね」
私はヴォルフを頭に乗せたまま、扉に手を伸ばした。結界に触れると水面のように波紋が広がって何の抵抗もなく突き通せた。私は確信を持って体を滑り込ませた。
「私とヴォルフは認められたみたいだ」
最後の試練を乗り越えると部屋の中は広い空間になっていた。松明の火が煌々と輝き、周囲にはたくさんの巻物や書物が並べられていた。
ここが守護者の間と呼ばれる場所だった。アウラとハロルドも私と同じようにして部屋の中に入ってきた。
「ああ、よかった。私たちにも資格があるってことですね」
「まあ、そういうことになるな」
アウラとハロルドはほっとしていた。と同時にこの静謐な空間に息を呑んでいるようだった。部屋の真ん中に大きな石が置かれていて、そこに座る人影が見えた。
「よく来たな、冒険者よ……」
堂々とした威厳に満ちた声が響いた。彼は私たちをちらりと見て言った。
「あなたが守護者なの?」
「そうだ。私の名はウォルフリック・トラウトナー。待っていたぞ。もう500年は過ぎたか……」
500年と聞いて私は訝しんだ。人間がそんなに長く生きられるはずはないからだ。そんな私の疑問にアウラが答えてくれた。
「ニーナ、この人アンデッドだよ」
ウォルフリックはゆっくりと立ち上がると、こちらを振り向き私たちにその姿を晒した。彼はまるで亡霊のように立っていて、青白い肌はシワだらけで生気はなく、白い髭は胸元まで伸びていた。
唯一目の輝きだけは残っていて、纏っていた甲冑のおかげで彼がパラディンであることがわかった。
「私はかつて国王に忠誠を誓った聖騎士だったのだ。こんな老醜を晒すのは誠に忍びない……」
「気にしないで。私は今でもかっこいいと思うよ」
私はお世辞ではなく本当にそう思っていた。体は衰えても精神は聖騎士であろうとしていた。私の言葉にウォルフリックははにかんでいた。
「私はニーナ、彼女はアウラ。そしてこのドラゴンはヴォルフだよ。よろしく」
「おい、俺を無視するなよ。俺はハロルドだ。よろしくな、じいさん」
ハロルドの不躾な挨拶にもウォルフリックはこくりと頷いて見せた。私はそんなやさしい彼に尋ねた。
「単刀直入に聞くけど、ここにあるレアアイテムって何なの?」
「レアアイテムかどうかはその者の心眼にゆだねられる。金目の物を期待しているのなら筋違いだろう……」
ウォルフリックは書棚の中からおもむろに一冊の本を取り出した。それは古めかしい一冊の魔導書だった。
「これはかつて存在した伝説の大魔法使いが記した禁忌の魔導書だ。国王はこの魔導書を禁書に指定し、この地下神殿の最奥に封印したのだ。私はその命を受けた聖騎士だ」
伝説の大魔法使いといえば、ロンテディア王国に結界魔法を作った人物でもある。クリスタルは壊れ結界はなくなってしまったけど、その効果は数百年に及ぶほど強力な魔法だった。そんな大魔法使いが残した魔導書とは……。
私はウォルフリックからそれを受け取りページをめくった。するとメインメニューが立ち上がり書かれていた文字が日本語に翻訳された。その最初のページにはこう書いてあった。
「人を幸せにする魔法……」
「何だよ、いいこと書いてあるじゃねえか」
「違いますよハロルドさん。これは精神支配の魔法ですよ」
「精神支配?」
「そうです。これは人を意のままに操る絶対禁忌の魔法なんです」
魔導書に書かれていたのは魔法による人心掌握術だった。人の欲につけ込み人の思考や行動を操作する方法だ。人を幸せにすると書いてはいるが、それは魔法を使ったかりそめの幸せだ。
ウォルフリックは言った。
「精神支配の魔法によって欲望を満たされた者は、一度手にいれたものを手放すことができない。幻影の中で操られていることさえ気づかないでいるのだ。これは人間の根源にある欲望を利用し、心の隙をつく恐ろしい魔法だ。伝説の大魔法使いは精神支配の魔法を追求した。そしてその集大成がこの魔導書なのだ」
「この魔法があれば1000店舗は夢じゃないな」
ハロルドはひとり素っ頓狂なことを言っていた。彼はこの事態が理解できないようだ。
ページをめくると記憶操作魔法による人格改変の方法も記されていた。記憶の消去、改ざん、思考制限、魔法をかけられた人物の人生を弄ぶかのような内容だった。
「ところで記憶操作でどうやって性格を変えるんだよ」
「もし、ハロルドさんが幸せだったり楽しかった記憶をすべて消されたらどうなると思いますか?」
「どうって、そりゃつまらない人生になっちまうな」
「嫌な記憶や悲しい記憶だけ残され、繰り返し思い出させたら、今のハロルドさんとは違う性格になってしまうかもしれないんですよ」
アウラの説明に私は背筋が凍るような気がした。その人の人格は過去の経験によるところが多い。記憶を操作されれば自分自身が何者なのかさえわからなくなってしまうだろう。この魔導書がいかにやばい物か私にもすぐにわかった。
「我々はこの魔導書を残した者を『幻像の魔法使い』と呼び、その圧倒的魔力を恐れた。幻像の魔法使いは精神支配の魔法のみならず、無上の融合魔法を使えるまで力を高めていたのだ」
「無上の融合魔法……」
それはこの世界に9属性ある最上級魔法をすべて融合させた魔法の頂点。この世界を破壊し作り変えてしまうほど強力な魔法だった。
そんな危なっかしい魔法使いが残した魔導書がレアアイテムといわれても、私にはまったく魅力を感じなかった。人を支配したり、操ったりする魔法なんて言語道断だ。
「これはだめなやつだ。チート級の魔法だ。封印されてもおかしくないね」
私はパタンと魔導書を閉じた。
「よくぞ理解してくれた。500年待った甲斐があった」
ウォルフリックは石の椅子に腰をかけると感慨深げにため息をついた。そして意を決したように顔を上げると、真剣な表情で言った。
「ひとつ私の願いを聞いてはくれないか」
「願いって何?」
「お前たちにその魔導書を破壊してほしい。そしてこの私に死を与えてほしいのだ」




