第56話 ヒトと魔物
「そこにいるのは誰?」
私が呼びかけると闇の中から魔物が現れた。その異形な姿に、私もアウラもギョッとした。
「ワタクシの名はカースマンティスのメドゥヌ。このダンジョンの責任者でございます」
そう名乗った魔物は長い両腕を上げ、自分の力を誇示するようなポーズを取っていた。
その名の通りカマキリの姿をしていて、逆三角形の頭から大きな目玉が突き出していた。全身赤褐色の硬い外骨格に覆われて、両腕は大きくて鋭い鎌になっていた。
「ヴォフル様御一行、当ダンジョンにお越し下さりありがとうございます」
「キュルルルゥウウウ」
私の頭の上でヴォルフはメドゥヌの歓待に応えた。
「私たちも歓迎してくれるのかな?」
「ええ、もちろん。ヴォルフ様のお仲間ですから」
私とアウラは胸を撫で下ろした。もしヴォルフがいなかったら敵として戦闘になるところだ。
私がステータスを確認するとメドゥヌは闇属性魔法が使える中ボスで、私とアウラでは到底太刀打ちできない相手だった。
和やかな雰囲気ではじまってよかったけど、ハロルドだけはご立腹だった。
「まったく何てトラップ仕掛けてやがるんだよ! 殺す気かよ!」
「フフフフ……。そんなに楽しんでいただけたら幸いですよ。このダンジョンのトラップは凝ったものを用意していますから」
メドゥヌは鎌で口元を隠して嬉しそうに話した。
「このダンジョンには最下層の7層まで、100を超える数のトラップを仕掛けています。落ちてくる天井もあれば、水攻めもありますし、転移魔法を使ったトラップで撹乱させるものもあります。その甲斐あって未だに最下層までたどり着いた冒険者はいません」
「まあ、そんだけやられたら誰だって引き返すわ」
「ところで皆様がこのダンジョンに来られたのはやはりお宝目当てということでしょうか?」
「そうだよ。ダンジョンの最奥にレアアイテムがあるって聞いて来たんだよ」
「そうですか。やはりあなたも冒険者なのですね。わかりました。今回は特別ご招待いたします」
「えっ、連れて行ってくれるの?」
「はい」
メドゥヌが鎌を振り上げると、壁にあった松明に火がついた。一気に視界が開けると、道の両脇に魔族たちが整列しているのが見えて驚いた。
アーマースケルトンや人狼のコボルト、レッドスライムや大きな角を持ったミノタウロス。そこにはダンジョンにいる魔物が勢ぞろいしていて、まるで大名行列のように道行く私たちに頭を下げていた。
「キュルルルゥウウウ」
ヴォルフは翼をバタつかせ喜びを表していた。そんなヴォルフにハロルドは感慨深げに言った。
「ヴォルフ様が久しぶりの無辺の王扱いに喜んでいらっしゃる」
魔物たちの異様な光景にアウラはきょどりっぱなしだった。いつか飛びついてくるのではと警戒しているようだった。
私たちは魔物たちに囲まれながらダンジョンの奥へと向かっていたけど、マップで確認したルートとは違うことに気づいた。
「ねえメドゥヌ。ルートから大分外れていると思うんだけど……」
「ええそうです、よくお気づきで。正規ルートですとどう見積もっても半日はかかります。そんな手を煩わせるわけにはいきませんので」
「この先に何かあるの?」
「はい、隠しルートがございます」
メドゥヌが案内してくれた道は行き止まりで何もないように思えたけど、彼が奥の壁を押し込むと新たな道が開けて、そこから先に螺旋階段が伸びていた。
「もしかしてこれで最下層まで行けるの?」
「はいそうでございます。この螺旋階段はどの階層にもつながっていて便利なんです。ワタクシたちはここをスタッフオンリーの通用口として利用しております」
そのルートは本来ダンジョンを攻略した者が使えるショートカットだった。特別にこれを使わせてもらえるなんて、こっちとしては願ったり叶ったりだった。
メドゥヌを先頭に私たちは下へ下へと降りていった。階段の幅は広く松明もついていて明るかった。
「しかしヴォルフ様には驚かされました。まさか人間と旅をするなんて。しかもロンテディア王国の元王女とは……」
「キュルルルゥウウウ」
「ワタクシ共も大変混乱しましたが、現在は新体制を整え、人類殲滅に奔走しているところです」
「キュルルルゥウウウ」
「人類殲滅って……」
アウラは気色ばんだ。たぶんこれは聞いちゃいけない魔物たちの会話なのだ。
「まあ、魔物と人間はいがみ合ってるのが普通だからな。ヴォルフ様とニーナの関係がおかしいんだぞ」
ハロルドはもっともらしく言った。
「ワタクシメには今回の一件が世界を一変させる契機となるように感じます。先は見通せませんが、きっと常識を覆すことになるでしょうね。そしてそれが起こった時、我々魔族がどうあるべきか問われているように思えます」
メドゥヌは語り口は淡々としていたけど、どこかしら憂いを帯びていた。私はただ旅ができればそれでよかったけど、図らずもヴォルフとの関係が人間界のみならず、魔界をも揺るがす事態となっていた。
そうこうしているうちに螺旋階段が最下層の出口についた。そのまましばらく案内されメインのルートに戻った。するとその先に長い一本道が伸びているのがわかった。
「ここがダンジョンの最深部となります。この通路の奥に守護者の間と呼ばれる部屋がございます。その入口はその資格がある者しか通過できない結界の門となっていて、それがダンジョンの最後の試練となっております。なのでワタクシメの案内はここまでとなります。あとは皆さんだけで進んでください」
「ねえ、守護者ってどんな人物なの?」
「それはワタクシにもわかりかねます。何せ中の者はずっと引きこもっているのです。外部との接触を一切断っていて、誰もその姿を見た者はおりません。ただひとつ言えることは非常に頭の固い頑固者であるということです」
「わかった。ここまでどうもありがとう」
「キュルルルゥウウウ」
私たちはメドゥヌに別れを告げ、最後の通路を進んだ。その突き当たりに大きな門が見えてきた。




