第55話 ダンジョン潜入
地下神殿の一階は広大な空間が広がっていた。ところどころ傷んでいたけど天井は高く、壁も道も立派な装飾が施されていた。ランタンの明かりを向けると至るところにかつての栄華が垣間見れた。
私にはこの場所が何に使われていたのか知る術はないけど、重要な場所であることはわかった。
「しかしバカでかいな。いったいこんなものを何のために作ったんだよ」
「もしかしたら祭祀場じゃないかと思うんですけど……。作物の豊作を願ったり、雨乞いをしたり……」
「まったく人間ってのは、道理に合わねえなことをするもんだな。祈って何になるっていうんだよ」
「大昔の人たちは自然から恩恵を受けたり、時には天災に見舞われたりで、その大きな力に畏怖の念を抱いたんだよ。あんたみたいな謙虚さの微塵もない魔物たちにはわからないだろうけどね」
「何言ってるんだよ、俺たちにはヴォルフ様がいらっしゃるんだ。この世界を牛耳る無辺の王なんだぞ。今は小さくなっちまってるけど……」
「キュルルルゥウウウ!」
ハロルドに持ち上げられてヴォルフはご機嫌で翼をばたつかせていた。
「それにしても広いね。迷っちゃいそうで怖いよ……」
アウラが不安げにこぼした。内部は道も部屋も入り組んでいて方向感覚を狂わせる。
「怖がらなくても大丈夫だよ。私にはこれがあるからね」
私はメインメニューを開いた。目の前に現れるとタブをタップしてマップを表示した。現在地を確認し地下へ降りる階段を探した。その場所はまだまだ先の方にあった。
「みんな、こっちだよ」
私たちはランタンの明かりを頼りにダンジョンの奥へ進んで行った。その途中、ひと周り大きな部屋に入った。
「ニーナ、ここは何だろう……」
「倉庫かな? 大きな棚が並んでいるね……」
石でできた棚はすでにぼろぼろになっていた。触れれば今にも崩れてしまいそうなほど朽ちていた。そこに古めかしい巻物がたくさん収められていて、私はそのひとつを慎重に取り出してみた。
「どうだい? 金目のものはあったか?」
「そういうものではなさそうだね。もし価値があるならとっくに盗掘にあっていてもおかしくないし」
私は巻物を紐解いてみた。中身は古い文字で書かれてあって、ところどころ虫食いがあった。とても読めたものじゃなかったけど、そのまま何の気なしに巻物を広げていくと、図面のようなものが出てきた。
「ニーナ、これ水車じゃない?」
「そうだね。水の力を利用して粉を挽いていたんだね。これはその設計図かな」
「大昔はここが肥沃な大地だったってもぎりの人が言ってたけど……」
「一夜にして滅んだって話だよね。それがどうしてなのかは謎のまま。地下にあったこの場所だけが唯一の痕跡って考えると、この場所は古代の人たちの営みを集めた記録室ってとこかな。ゲームの世界観を広げるために文明崩壊をストーリーに入れるのは、よくある設定なんだけどね」
「設定?」
アウラとハロルドは怪訝な表情を浮かべていた。
その後、私たちは第二層に降りる階段を見つけた。先は今までと違い道が狭くなっていた。ある意味ここからが本当のダンジョンのはじまりと言ってよかった。私はみんなに注意をうながした。
「ここから先はトラップに気をつけてね。何が飛び出してもおかしくないから」
「でもどうして古代人はトラップなんて作ったんだろう」
「人間が作ったものじゃねえかもしれねえぞ。俺たち魔族が仕掛けてる場合もあるんだ」
「どうしてそんな事をするんですか?」
「そりゃ冒険者にぎゃふんと言わせるためさ。お宝目当てにやって来る馬鹿に鉄槌を下すんだよ!」
怪気炎を上げるハロルドは、気分良さげに人間に毒づいていた。私たちに冷たい視線を向けられても、彼にまったく気にする様子はなかった。さらに勢いづくハロルドはいつの間にか私たちの前を歩いていた。
「何て言ったってこの世界は我らがヴォルフ様が支配してるんだ。世の中人間の思うようになると勘違いされちゃ堪んねえからな。特に冒険者って奴らは分別ってものがねえからよ!」
と、ハロルドが威勢良く啖呵を切ったその時だった。突然彼の足元の床がぱかっと大きく縦に割れた。
「うわあぁああああ!!!!」
ハロルドは悲鳴を上げ、私たちの目の前から消えてしまった。
「ハロルド!」
「ハロルドさん!」
慌ててふたりで穴の中を覗き込むと、ハロルドは穴の縁に指をかけてぶら下がっていた。
「あ、危ねえ……、落とし穴かよ……。もうちょっとで死ぬところだったぜ……」
トラップの底は鋭い針山になっていて、白骨化した冒険者の亡骸が穴の底で横たわっていた。
落ちてしまえば助かる見込みはなかった。私はハロルドに先に行かせておいてよかったと、内心ほっと胸を撫で下ろしていた。
「見てねえで早く助けてくれよ……」
私は引っ越し魔法を使ってハロルドの巨体を持ち上げた。こちら側へゆっくりと手繰り寄せるようにして彼の救出は成功した。
できた穴の長さは7メートル以上あった。そのまま飛び越えるには無理があった。
「どうするのニーナ? 渡れなくなっちゃったよ」
早くも難問にぶち当たったけど、私にはこんな時のために用意していた解決策があった。それはすぐ横で息を切らしていたハロルドだった。
「ねえ、ハロルド。君が今ここで橋に変身してくれると助かるんだけど」
彼は私をぎろりと睨みつけた。
「何だよ、俺をダンジョンに連れて来たのはこういうことだったのかよ……。まったく魔物使いが荒いんだよニーナは。お前は魔法使いなんだから、魔法使って飛び越えりゃいいじゃねえか」
「私の魔法じゃダメだから頼んでるんだよ。スマートムービングでみんなを向こう側へ運べても、私自身は穴を越えられないでしょ。君が橋になってくれたほうが簡単なんだよ」
「くそう、人助けのために変身かよ……」
ハロルドはしぶしぶといった感じだったけど、いつものように、うおぉおおおおっと唸り声を上げ、空いた穴の上へ飛び上がった。
そして空中でつむじ風に巻かれたかと思うと、その姿を橋に変身させ穴の両端に架けた。
「おお、これはすごいね! ハロルドが立派な橋になっちゃった」
「これで向こう側に渡れるね」
「キュルルルゥウウウ」
それは木製でできたくアーチ型の橋だった。安全のためちゃんと欄干がついていて、見た目も丈夫そうな橋だった。早速私たちは渡ってみた。
「おい、そこは腰なんだよ。早く渡り切ってくれ!」
ぐっと踏みしめるとキシキシと軋む音まで再現されていた。変身の細部へのこだわりに私は思わず笑みをこぼした。
向こう側へ渡りきると彼は再びつむじ風となって人の姿に戻って来た。
「やっぱ、ハロルド連れて来て大正解だわ。マジでいろいろ使えそう」
「お、恐ろしいやつめ……。この俺で何しようって気なんだ……」
ハロルドは怯えた目で私を見ていた。するとアウラが彼に同情したのか、私を諌めてきた。
「ねえニーナ。あまりハロルドさんをこき使うのはよくないよ」
「別に気を使わなくてもいいんだよ。てかダンジョン攻略のために連れてきたんだから」
「でも、ハロルドさん、ニーナのこと怖がってるよ」
「ハロルドは大げさなんだよ。別に取って食うわけじゃないんだから。アウラも何か頼みたい事があったら遠慮なく言えばいいよ」
「そ、そうなの……?」
と、アウラはしばし思い巡らせると、彼女は遠慮がちに打ち明けた。
「じゃあ……、あのう……ハロルドさん。喉が渇いてきたんで、何か冷たい飲み物を買ってきてくれませんか……」
「お前大人しそうな顔して一番えぐいこと言ってるぞ!」
ハロルドは目をむいて怒っていた。
その後も先頭を行くハロルドとトラップとの格闘は続いた。
あるトラップでは壁に仕組まれていた矢が飛んできた。ハロルドは「あひゃ!」と悲鳴を上げすんでのところで身をかわした。その威力は凄まじく、反対側の壁に矢が深く突き刺さっていた。
またあるトラップでは火炎放射に見舞われた。ハロルドは咄嗟に変身能力を使い、鉄鍋なって攻撃を凌いだ。でも金属をも溶かさんとする強力な火力に「あちちちっ!」と悲鳴を上げ耐えていた。
そしてまたあるトラップでは一枚の紙切れが落ちていた。「何だこれ」とハロルドが拾い上げて見ると、そこには『お前口くさいんだよ』とただの悪口が書き込まれていた。思わぬ精神攻撃にハロルドは言葉もなかった。
「もうやだよぉおおおお、何で俺ばっかりなんだよぉおおおお。つれえよぉおおおお……」
ついにハロルドの精神は限界を迎えた。小さく三角座りをしてうなだれていた。悲痛な彼の姿に、私もアウラも居た堪れない気持ちになった。
「ハロルド、すまぬ……」
「ハロルドさん、もう無理なら引き返してもいいですよ……」
「キュルルルゥウウウ……」
みんなでハロルドを気遣った。すると彼はすくっと立ち上がり、今までの鬱憤を晴らすかのように叫び声を上げた。
「ええい、まどろっこしい! こんなこといつまでもちまちまやってられるかよ! ダンジョンの責任者がいるんだろう! 隠れてないで出でごいやあぁああああ!!!!」
その声がダンジョンの奥に響き渡ると、闇の中に赤く光る目が浮かび上がった。突然の魔物の出現に場が一気に凍りついた。




