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第51話 この顔にピンときたら

 その瞬間、重い金属音とともに閃光が放たれた。すると闘技場が水を打ったように静まり返った。


 私は左手に持っていたバックラーを大きく横に振ったのだ。それが男が振り下ろした大鉈に当たった。ただそれだけなのに男はぐらりと体勢を崩した。彼は私に何をされたのか気づいたようだ。


「ま、まさか……、パリィ……、だと……」


「説明しよう。パリィとは敵の攻撃をかわす技の一種。相手が仕掛けてきたタイミングで防御姿勢を取れば、その攻撃を弾き返すことができるのだ。これは冒険者レベルに関係なく私にでもできる基本動作なのだ」


 うおぉおおおおおっと観客の唸り声が闘技場を揺らした。私は手応えを感じて、ほくそ笑んだ。


「くそぅ、小癪なガキめ。こんなものが俺様に通用すると思うな!」


 怒り狂った男は闇雲に大鉈を振り下ろしてきた。それでも私は男の攻撃をすべて弾き返していく。


 私は相手の攻撃パターンをすべて読み切っていた。間合いも癖もスピードも、私にはすべてお見通しだった。この闘技場に来た時から私は男の力を見抜いていた。


「ニーナ、かっこいいよ!」


「おう、いいそ! そのまま、そいつをやっつけてやれ!」


 観客の怒声にまじってアウラとハロルドの声援が聞こえてきた。ふたりの応援を背に私はすべての攻撃をパリィする。


「私はこのゲームに50時間を費やしたんだ。だからパリィの動作は体に染みついているんだ。正直あんたみたいなレベルの低いモブじゃ歯ごたえがないけどね」


「何を訳のわからぬことを!」


 大鉈の男は顔色を悪くして肩で息をしていた。明らかにスタミナが少なくなっているのがわかった。


「もうそろそろ終りにしようか」


「クソがぁああああああああああ!!!!」


 男が渾身の力を振り絞った。私はその一撃に狙いをつける。防御のタイミングがぴったりと合えば、その分大きな反動を相手に返すのだ。


 このジャストパリィが決まると、とにかくやっぱり、


「気持ちいぃいいいいいいいい!!!!」


 どーんと凄まじい衝撃と共に、男の手から大鉈が離れた。それがくるくると回転しながら、放物線を描いて地面に突き刺さった。


 私は尻もちをついた男の鼻先に、ショートソードを突きつけた。


「これで勝負あったね」


 うわぁああああっと悲鳴にも似た落胆の声が広がった。と同時に、負けた側の投票券が紙吹雪のように舞っていた。


 私は勝利に酔いしれていた。両手を挙げ全身で喜びを表現した。


 この時、私の脳内にはどばどばと快楽物質が溢れ出していた。胸の高ぶりを抑えられない私はここでいつもの悪い癖を出してしまった。


「ウェーハッハッハッハ! どうだ参ったかならず者どもよ。この私の華麗なる勝利をその目に焼き付けておくがいい。ウェーハッハッハッハ!」


 私の下品な笑いで、場が一気に冷めた。その代わりにどこからともなく怪しむ声が聞こえてきた。


「おい、あの女もしかして懸賞金かかってた奴か?」「そうだ、手配書の女だ。掲示板で見たぞ」「あの悪人ズラは間違いない!」


「ウェ?」


 と、私は素っ頓狂な声を上げた。自分がやらかしたことに今更ながら気づいた。


 私は懸賞金がかかっている身であることをすっかり忘れていたのだ。私のマウントのせいで手配書の似顔絵と完全一致したようだ。


 まさかこんなタイミングで身バレするなんて……。観客たちが色めき立っていた。


「気づかれたみたいだよニーナ」


「すぐにずらからねえとやばいぞ」


 ハロルドとアウラが私の元に駆けつけてきた。その間にもざわざわと懸賞金の話が観客たちに広がっていく。

 今すぐにでも外に出たかったけど、すでに人だかりは私たちの周りを囲んでいた。するとひとりの観客が大声で叫んだ。


「100万ゴールドだ!」


 その声を機に、堰を切ったように観客たちが一斉にフィールドになだれ込んできた。2階にいた観客まで妙な掛け声を上げ飛び降りてきた。


「100万ゴールドだ!」「100万ゴールドだ!」「100万ゴールドだ!」


「ち、違うんです……。私にそんな価値はありません。ただのへっぽこゲーマーです……」


 私は必死に訴えたけど、男たちは目の色を変えて飛びかかって来た。


「ひやぁああああ!」


「どけ!」


 ハロルドが身を挺して男たちに立ちはだかった。殴り合いに蹴飛ばし合いで闘技場は乱闘騒ぎになった。ハロルドの怪力で投げ飛ばされた大男たちが宙を舞っていた。


「もうここにはいられねえ! 外に出るぞ!」


 ハロルドは小さなポーチを口に咥えると私とアウラを両腕に抱えた。飛びついてくる男たちを振り払い、頭突きや足技だけで蹴散らしていく。でも数が多くてきりがない。

 さっきの賭けで大損したせいか、観客たちは血まなこになって襲いかかってくる。


「100万ゴールド!」「100万ゴールド!」「100万ゴールド!」


「この体じゃあお前らを守りきれねえ。こうなっちまったら仕方がねえな」


「ダメだよ、変身したら魔物だってバレちゃう!」


「やるしかねえだろ! ダンジョンは諦めろ!」


「やだやだやだ! ダンジョンに行くの!」


「ワガママ言ってると100万ゴールドに換金しちまうぞ!」


「んんーっ!!」


 私が引き止めるのも聞かず、ハロルドは雄叫びを上げ変身した。つむじ風に巻かれ姿を現わすと筋骨隆々のおぞましいオーガになっていた。


「魔物だ! 魔物が現れたぞ!」


 この状況に男たちは私たちに敵意を向けてきた。


「どけどけ人間どもよ! 俺に触れるんじゃねえ!」


 ハロルドは私たちを抱えながら、独楽(こま)のように体をぐるぐると回転させた。その勢いで周りにいた男たちを跳ね飛ばしていく。私とアウラはされるがまま、ふたりで悲鳴を上げた。


「目が回るぅうううう!!!!」


「お前ら掴まってろよ!」


 何を思ったのかハロルドはフィールドから二階席へ飛び上がった。まるで大きな猿のような身のこなしで、器用に足の指で足場を掴み、観客席を右に左に飛び移っていく。

 そしてあろうことかハロルドは私たちに有無も言わせず闘技場の天井を突き破った。


「はぎゃあぁああああああああああ!!!!」


 それはまるで逆バンジーのような勢いで、私とアウラは絶叫した。ハロルドの跳躍力は凄まじく、私たちはあっという間に空高く舞い上がった。

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