第49話 クロちゃんの新着情報
クロちゃんが映し出したのはロンテディア王国騎士団本部にある講堂だった。その中に精鋭とおぼしき隊員たちが集められていた。
静寂の中、誰もが緊張の面持ちで待機していると、口火を切ったのは先頭に立っていた騎士団長だった。
「君たちが招集された理由は他でもない。ニーナ様のことだ。噂はもう伝わっているだろう」
男の名はリガード・ブルックナー。彼は若いながらも人望を買われ、騎士団長の職に就いていた。国王の命を受け、魔物たちの脅威と国内の治安維持を任された、王国騎士団の最高責任者だった。
「ニーナ様は先般、国家転覆の罪で国外追放の処分が下り王国をあとにされた。これはロンテディア王国の歴史はじまって以来、最大の悲劇だ。私のみならず皆も心を痛めていることだろう。私はこの事件を調査する必要があると考え、実際にニーナ様が結界のクリスタルを壊したと証言した衛兵2名の聞き取りをはじめるつもりでいた。だが彼らふたりの消息は事件発覚以降、不明のままだ……」
行方不明の衛兵は王女ニーナとクリスタルを投げ合っていたふたりだ。彼女がクリスタルを壊したと証言したとされるのも彼らだった。
「私が現場の調査に入った時には、すでにその痕跡はなかった。そして王国の治安維持を任されている我らに、まったく捜査する余地がなかったのは皆も知るところだろう。ニーナ様には異例のスピードで処分が下った。そのことから見ても我々の知らぬ間に城内で不審な動きがあったとみて間違いないだろう。我々は水面下で調査を進めてきたわけだが、その結果、衛兵二人接触していたある男の存在が浮上した。その足取りから男がレイナード様の命で動いているという結論に至った」
レイナードは国王の甥にあたる人物だ。彼の父ルードヴィクは国王の弟にあたる。
このふたりが私を国外追放へ追いやった犯人であることは、すでにクロちゃんが教えてくれていたけど、リガードたちもそのことに気づきはじめたようだ。
場内にため息が漏れると、矢継ぎ早に質問が飛んだ。
「リガード団長はレイナード様をお疑いなのでしょうか?」「ニーナ様は無実の罪で追放されたということですか?」「そもそもニーナ様はご存命なので?」
「今はまだわからないことが多い。だがもし、ニーナ様の国外追放が無実であり黒幕が他にいるとすれば、我々王国騎士団が王国憲章に則り真相解明に努めなければならない」
「噂ではニーナ様はドラゴンを従えていると聞き及びました……」
「ああ、私もそう聞いている……。先ごろ入った情報ではここから数十キロはなれた宿場町でニーナ様に似た人物の目撃談が入った。そこにドラゴン出現の話もある」
「もしやニーナ様は我々王国に反旗を翻そうとしているのでしょうか。そうであるならば王国にとって脅威であると言わざるを得ないではありませんか」
団員の言葉に講堂は水を打ったように静かになった。彼らは私の真意を掴みかねているようだ。
私のただのんびりと旅をしたいだけで、王国に恨みなんて持ってないけど、情報が乏しい中、ヴォルフの存在を王国の脅威ととらえるのは自然なことだった。
「私はニーナ様と接触の機会を伺っている。その時にはニーナ様の真意を確かめることができるだろう。今はそのための情報収集に努めてほしい。この問題は王国騎士団の最重要機密となる。よって作戦は慎重を期す必要がある。動きを感づかれないよう少数体制で臨む」
と、リガードが団員たちの士気を鼓舞したところで、団員のひとりが講堂内に駆け込んできた。
「リカード団長!」
「何だ」
「またひとり行方不明の者が出ました。ニーナ様の侍従長であったドリスという女です!」
私はその名を聞いてはっとした。彼女は王女ニーナに最も近い人物だった。
何故ドリスが事件に巻き込まれたのか。私は気になってクロちゃんの流す映像を食い入るように見つめた。
すると場面は薄暗い部屋の中に変わった。そこに後手に縛られ椅子に座らされたドリスがいた。
「ドリス、お前に聞きたい事がある。ニーナの居場所だ。知っているのだろう」
怪しい風体の男がドリスの顔を覗き込んで言った。その声色と冷たい目つきからリガードが話していた男だとわかった。彼はドリスを尋問にかけていた。
「素直に吐いたほうが身のためだぞ。俺は容赦しないからな」
「わたくしは何も知りません……」
「お前はニーナが追放される直前、ネックレスを渡したそうだな。他の侍女から話を聞いている。あれは何だ?」
私は身につけていたネックレスを手に取った。赤いルベライトが淡い光を放っていた。それはドリスが私にくれた傾慕のネックレスだった。
「あれはニーナ様の無事を願って差し上げたお守りです……」
「嘘をつくな! あれは魔導具だろう! お前はニーナの居場所を知っているはずだ! 教えろ、どこにいる!」
男の怒声にドリスは一瞬たじろいだ。けどすぐに恐怖を拭い去ると、彼女は男の目をまっすぐに見つめ言い放った。
「わたくしはニーナ様の無事を願う侍女です。あなたのような無法者に教えるわけがないでしょう! 例えこの身を焼かれようとも決して口は割りません!」
ドリスはぎっと男を睨みつけた。
「なかなかいい度胸しているな。だがそのやせ我慢がどこまでもつかだ」
男は目の前のテーブルに道具入れを置いた。布で巻かれたそれを紐解くと、中には小さなノコギリやナイフ、それにペンチのような器具が収められていた。
「まあ、焦る必要はない。時間はたっぷりある……」
ドリスの表情が恐怖で歪んだ。それが拷問のための道具だと彼女は気づいた。男はそのひとつを手に取るとドリスの顔の前でちらつかせていた。それはまるで彼女の命を弄ぶかのようだった。
私がその凄惨な光景に戦慄していると、突然クロちゃんが画面を真っ暗にして文字を浮かび上がらせた。
『本日はこれにて終了です。ご利用ありがとうございました』
「ちょ、ちょっと、こんなところで話を切らないでよ! 気になって眠れたもんじゃないでしょ! ドリスがどうなったか教えなさいよ!」
私はクロちゃんを鷲掴みにしブンブンと振り回した。すると根負けしたのかクロちゃんはふたたび画面に文字を映し出した。
『ドリスはリガード団長らに保護され無事です』
「ああ、よかった……」
その場にいた三人でほっと胸を撫で下ろした。
「話がえげつないことになってるな。人間ってのは本当に恐ろしい生き物だぜ」
ハロルドはフンと鼻を鳴らした。そんなことを魔物から言われるのは癪だけど、この件だけは私も彼の意見に同意する。
「どうするのニーナ? このままにしておいていいの?」
「今から私が王国に帰ったって何もできないよ。逆に混乱を招くだけだと思う。リガードが調査してるって話だから、これ以上状況が悪くなることはないでしょ。だから今のところ私たちは静観するしかないね」
「まあそれが正解だな。下手に手を出さない方がいい。俺もこの件には触れないことにするぜ。王国絡みじゃ商売に差し障りが出るからな。ここでお前たちとは、おさらばだ。もう会うことはねえけど、達者でがんばれよ」
ハロルドがそそくさと話を切り上げて部屋を出て行こうとしていた。私は彼の服を掴んで引き止めた。
「どこ行くの? ハロルドにはこれからボス探しを手伝ってもらわなくちゃならないんだから」
「マジで言ってるの?」
「マジだよ」
「ああ〜まったく、魔物使いが荒いんだよニーナは……」
ハロルドはため息まじりに天井を仰いでいた。




