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第45話 冬

 あれから2ヶ月あまりが経っていた。季節はすでに冬のど真ん中で、凍える寒さが続いていた。そんなある日のこと。


 私は布団の中でアウラを抱き枕に惰眠を貪っているつもりでいたけど、今日は何故だかいつもと違った。

 私が知るアウラの柔らかい髪はそこにはなく、それはやけに冷たくごわごわとしていて、手を伸ばすと指の間にねっとりと髪が絡みついてくる……。


 いったい何なのだろうと眠い目を開けると、私がしがみついていたのは土気色をした目つきの悪い女だった。


「シャー!!」「シャー!!」「シャー!!」


「うわぁああああああああああ!!!!」


 私は驚いてベッドから飛び起きた。


「何でシャーさんが布団に入ってるんだよ」


「シャー!!」


 それはアウラが趣味で集めていた開運グッズ、メデューサのトーテムポールだった。顔が三つ並んでいて、ヘビの髪の毛がうねうねと蠢いていた。


 私はこの開運グッズをシャーさんと呼んでいた。理由はシャーシャーと威嚇してきてうるさいからその名前にした。どうやらアウラの身代わりにシャーさんが私の抱き枕になっていたようだ。


「アウラはどこいったの?」


「シャー」


「買い出しか……」


 どうやら何も告げずに買い物に行ったようだ。最近はもっぱらアウラに任せっぱなしだった。そう思うとアウラに悪い気がしたけど、それでも私は布団から出る気はなかった。この冬の間、すっかり暖かい布団の中が私の活動領域になっていた。


 ちょっと勝手は違うけどシャーさんを抱き枕にしてふたたび目を閉じた。


「シャー!!」「シャー!!」「シャー!!」


「うるさっ! 眠れないじゃん。ちょっと黙っててよ」


「シャー!!」


 彼女はシャーと言わないと死ぬのだろうか。耳元で叫ばれてはとても眠れるわけがなかった。


「ああ、もうわかったよ。起きればいいんでしょ、起きれば……」


 私が不満タラタラで目覚めると途端にトイレをもようした。まったく、冬場の生理現象ほど煩わしいものはない。こればかりはどうしようもなく、暖かい布団から出なければならない。


 とは言え、この寒い冬と戦ってきた私は、素直にベッドから出るような凡人ではなかった。私には強力な武器があった。


「そういえばシャーさんに見せたことなかったね。私のオリジナル融合魔法」


「シャー」


 シャーさんの目がキラリと光った。


「じゃあ、見せて上げるね」


 私は手を伸ばし魔法を発動した。


「アルティメット・モーニングルーティーン!」


 すると私の体が淡い光に包まれてベットの上にふわりと浮かび上がった。そしてそのままトイレへ向かう。

 この魔法のおかげでわざわざ自分で起き上がる必要もなく、冷たい床に足をつけることもなかった。細部までこだわり抜いた融合魔法だった。


 当然トイレのドアの開け閉めも自動。パンツの上げ下げも自動。私はただ魔法に身を任せておけばよかった。


「あ〜すっきりした」


 トイレを済ませると今度は洗面所に移動する。洗顔も歯磨きもすべて自動で、髪を梳かすのはブラシが勝手にやってくれるし、髪が伸びていればハサミを入れて整えてくれた。スタイリングはいつもバッチリで必要であれば着替えも自動でやってくれる。


 アルティメット・モーニングルーティーン魔法は数々の生活魔法を融合し、繊細な調整を経て完成した私のオリジナルの生活魔法だった。

 朝の仕度をすべて自動でこなし、心地よい一日のスタートを切る。完璧なモーニングルーティーンを実現していた。


「よし! 今日もバッチリだね!」


 私はまた空中を漂い洗面室から出た。そして体勢を横向きにして布団の中にするりと潜り込んだ。


「ああ、今日もいい一日だったよ。お休みなさい……」


 私は暖かい布団に包まり、ふたたび眠りについた。


「ちょっと、ニーナ! どうしてまた寝ようとしてるの!!」


 いつの間にか買い物を終え帰宅していたアウラが、荷物を抱え険しい表情で私を睨みつけていた。


「しっかりして! 何がモーニングルーティーンよ! もう昼だよ!」


「ああ、そうなんだ……。もうそんな時間か……」


「ユトラツに来てからずっとこんな調子じゃない。ダンジョン攻略の準備はどうするの?」


「ああ、そんなこと言ってたね……」


 私は他人事のようにつぶやいた。何だかずいぶん昔の出来事のように感じた。


「春まであと1ヶ月もないよ。このままダラダラ過ごすつもり? 毎日食っちゃ寝食っちゃ寝して、だらしがないよ!」


 アウラは荷物をテーブルに置くと、つかつかと私の元に駆け寄って、あろうことか私の布団を乱暴に引っぺがした。


「私がまだ寝ている途中でしょうが!!!!」


 何たる暴挙だと私は唇を尖らせて抗議した。


「ニーナ、現実を見てよ!」


 アウラが部屋に置いてあった姿見を指差した。彼女の言う現実がそこにあるというのだろうか。


 仕方なく私は重い体を起こし姿見の前に立った。するとそこには見慣れない人物が鏡に映っていた。私の体はしばらく見ないうちに激しい変化を遂げていた。


「何じゃこりゃあぁああああああああああ!!」


 スリムだった王女の面影はなく、ぶくぶくとした丸い体になっていた。顎の輪郭は崩れ、お腹には浮き輪肉がついていて、お尻には巨大な肉の塊が垂れ下がっていた。まさに全身贅肉の塊と化していて、何故か身長まで縮んでいた。


「ど、ど、ど、どうしてこんなことに!?」


「料理が美味しいからって、いつも大盛り魔法を使っていたらそうなるよ」


 アウラの指摘がぐさりと胸に突き刺さった。私は必死に言い訳する。


「だ、だって、大盛り魔法を使うとMPの消費が激しいんだよ。だからたくさん食べて回復しないといけないんだもん……」


「それなら最初から大盛り魔法を使わなきゃいいじゃん」


「ううぅ……」


 私に返す言葉がなかった。


「ねえ、痩せるポーションとかないの? あるなら買ってきて」


「どこまで落ちていくんだこの人……」


 アウラがゾッとした表情を見せる。


「あのね、私が怒っているのはニーナの体のことじゃなくて、たるみ切った精神のことなんだよ」


「セーシン……」


「そうだよ。魔法って本当は怖いものなんだよ。その力が強大で便利なものだからこそ、魔法を使う者は気をつけないといけないの。魔法を乱用していると、知らないうちに魔法に支配されてしまうんだよ。『太った豚になるな、痩せた魔法使いになれ』これは魔法学校の初学で習うことなんだから。いわば魔法使いの心構えだよ」


「ぶ、豚……」


 私はみぞおちを打たれたかのように苦痛に顔を歪めた。


「体型の変化に気づきもせず、いつものスリムな自分だと錯覚してるなんて重症だよ。残り一ヶ月、私がニーナのたるんだ心と体を叩き直してあげるからね!」


 アウラに一方的にまくし立てられ、私はムッとしていた。何故そこまで言われなければならないのかと不満に思っていた。

 この時の私の堕落さ加減は、根性を骨の髄まで腐らせていた。私は下卑た笑みを浮かべ、まるで悪役のような口ぶりで言った。


「フフフッ……、いいだろう。やれるものならやるがいい。だが貴様に生活魔法を知り尽くした私を倒すことができるかな」


「私にだって生活魔法くらい使えるもん」


 私とアウラは互いに激しい火花を散らせていた。そのやり取りを見ていたシャーさんは、不安そうに「シャー」と声を漏らしていた。

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