第44話 冒険者
「やるじゃないか。想像以上にきれいだぞ」
若々しい快活な声だった。
「ああ、そうだろ。ここは景色がいいんだよ」
まるで地を這うような低い声がした。
「それに天気も味方したな。今日はいい露天風呂日和になったぞ」
頭に何か被っているようなぐぐもった声が聞こえた。
男三人が男湯に入ってきた。彼らの話し声で場が一気に賑やかになった。気になった私は壁越しに聞き耳を立てた。
すると偶然にもその板のつなぎ目に細い穴が空いているのに気がついて、私はその穴から向こう側を覗き見た。
「お前風呂に入る時くらいバレルヘルム外せよ」
「はははっ。そうだったな。うっかりしていたよ。だがこれをしていないとナイトとしてしっくりこないからな」
「まったく変な奴だなお前は」
わはははっ、と男たちが大笑いして盛り上がっていた。どうやら彼らは冒険者パーティーのようだ。たくましい裸体が立ち上る湯けむりの間から垣間見えて、私はおっと目を細めた。
「ちょっと何してるのニーナ! 覗いちゃダメだよ! 見つかったら刑務所送りになっちゃう!」
アウラは慌てふためいきながら私を咎めた。
「アウラ落ち着いて。これは覗いてるんじゃないんだよ。顔と体とステータスを確認してるだけなんだ」
「それを覗きって言うんだよ!」
アウラは信じられないといった表情だったけど、私はそんな彼女に努めて冷静な態度で諭した。
「アウラの言いたいことはわかるよ。私たちは女の子だし、こんなはしたないこと普通はできないよね。でも絶対に忘れちゃいけない事があるんだよ。それは私たちは女の子であると同時に冒険者でもあるんだ」
「……ボウケンシャ」
「そう、冒険者だよ。しかも普通の冒険者じゃない。私たちにはヴォルフがいて世界をひっくり返すような旅をしているんだ。アウラもその中にいるんだよ。私たちが出会ったあの日からもうはじまっていたんだ。普通の旅じゃ味わえない特別な旅が」
「……トクベツナタビ」
「そう、それは誰でもない私たちのための旅。その本質は普段経験できない非日常感を味わうことにあるんだ。ワクワク、ドキドキの体験が私たちの経験値を上げてくれるんだよ」
狐につままれたような顔のアウラに私は畳み掛けた。両腕を大きく広げあやしげに彼女を誘った。
「さあ、アウラもこっちにおいで。私と一緒に新しい世界の扉を開こう。壁の向こうは男の園だよ」
アウラはしばし思考が停止したように呆然としていたけど、彼女はおもむろに歩み寄ると私の隣に並んだ。そしてふたりでいっしょに開いた穴から男湯を覗き込んだ。
湯けむりの向こうに男たちの姿が浮かび上がっていた。彼らは自分たちの肉体を自慢したり、お湯を掛け合ったりして戯れていた。まさに艶かしい男の園だった。私たちは思わず息を呑んだ。
「お、大きい……。って、あっ、ちがう、違うから! そういう意味じゃなくて、あっ、体の方。体が大きいねって意味だから!」
「わかってるよアウラ。落ち着いて」
あたふたするアウラに私は仏のような顔で薄く微笑んだ。するとアウラはすぐに冷静さを取り戻し、再びいっしょに覗き込んだ。
男三人衆は皆がっしりとした体つきだった。鍛え上げられた分厚い筋肉が全身を覆っていた。
「ねえ、ニーナ。みんな体が傷だらけだよ」
「そうだね、一応まじめに魔物と戦っているようだね」
「討伐隊なのかなあ」
「そうかもね。ここからトライユガンドまでそう遠くないからね」
私はここで彼らのステータスを確認した。すると彼らがソードファイターとランサー、そしてナイトだということがわかった。けど、表示されたステータスは私の期待を大きく下回っていていた。
「何だ全員レベル3じゃん。モブかよ」
「ちょっと、モブって失礼な。私も3なんですけど!」
アウラはぎろりと横目で私を睨んだ。
「だって聞いたんだよ。この街にはお忍びでセレブリティーやSR級冒険者が来るって話を。だからここに来るまで道行く人のステータス確認しまくっていたんだから」
「ニーナそんなことしてたの?」
「うん」
と、悪びれることなく私は頷く。
「ただの噂話だったのかな。ちょっと残念だな」
急に興味が失せてしまった私は男湯を覗くのをやめて壁にもたれかかった。するとその壁が不安定にぐらりと揺れた。
「えっ、この壁、固定されてないの!?」
私がびっくりしてその場を飛び退くと壁が向こう側へ傾きはじめていた。スローモーションを見るようにゆっくりと男湯の方へ倒れ込んでいく。
「やばい!!!!」
倒れていく壁を見つめながら途端に羞恥心が湧き上がってきた。私たちは今何も身につけていないのだ。このままでは私たちのうら若きナイスバディーを男たちの前に晒してしまう!
「ニーナ、何とかして!!」
「わかった!!」
私は迷いを捨て意識を一点に集中した。そしてMPを最大限使い魔法を発動した。
「アルティメット・スマートムービング!!!!」
私は露天風呂ごと持ち上げんばかりに気合を入れた。その異変に気づいた男たちが騒ぎはじめた。
「何だ何だ!」「何だ何だ!」「何だ何だ!」
ぬうぉおおおおっと私は唸り声を上げ、男たちを空中に持ち上げた。そして彼らを谷底に突き飛ばした。
「あっちへ行けえ!!!!」
「うわぁああああああああああ!!!!」
素っ裸の男たちが悲鳴を上げ、あられもない姿で飛んで行く。
「ち、ちょっとニーナ。壁を起こすだけでよかったのに!」
「そうだった。でももう遅い!」
為す術なく突き飛ばされた彼らの姿が谷底に消えていった。騒動が収まった途端、気まずい空気が場に流れて、彼らの楽しそうだった姿が私の脳裏を過ぎった。
「何の罪もないというのに……。あの人たち、大丈夫かなあ……」
「レ、レベル3なら無事でしょ……。と、とりあえず、壁直しとくわ……」
居たたまれなくなった気持ちを誤魔化すように、私は壁を元の位置にそっと戻しておいた。
何だかんだあったけど私たちは気を取り直し、少し早めの夕食を摂ることにした。街の中にある有名なレストランでユトラツの初日を盛大に祝った。
猪肉の赤ワイン煮込みに、チキンソテーのオレンジソース添え、野菜たっぷりのクミンのスープ。テーブルに並ぶ料理はどれもおいしくて、夢中になって口へ運んだ。
「評判通りのレストランだね。味は文句のつけようが無いよ。アウラはどう?」
「もちろん大満足だよ。それにこのお店ランチもおいしそうだし」
アウラは料理を堪能しながらメニューを食い入るように見つめていた。
「また食べに来ればいいよ。時間はたっぷりあるんだし」
「うん!」
さすが三つ星レストランだった。看板に偽りなしだった。ふたりの気分は最高潮で、ダンジョン攻略へ想いを馳せた。
「ねえニーナ、私ダンジョンはじめてだけど何だかやれる気がしてきたよ」
「そうだね。今の私たちならきっと攻略できるはず」
「そのためにも入念に準備しなきゃだね」
私たちはダンジョン攻略を本気で狙っていた。だからこそユトラツでの3ヶ月間を有意義なものにしたかった。
「何が起こるかわからないのがダンジョンだよ。もしかしたら魔物と戦闘になるかもしれないよ」
「そうなったら私に任せて。ウィンドウジャベリンが火を噴くから」
「それはやめて。私が死ぬ」
やんわりと否定しつつも私は完全に舞い上がっていた。ダンジョン最奥に眠るレアアイテムがどんなものなのか想像するだけで胸が高鳴ってくる。ロマン溢れるダンジョンへ向け、ボルテージはマックスだった。
「よーっし! 俄然やる気になってきたぞ!」
私は立ち上がりアウラに問うた。
「アウラ、これから厳しい戦いが待っているかもしれないよ。覚悟できてる?」
「うん、もちろん。覚悟はできてるよ」
「よし、じゃあ誓いの乾杯といこう」
ふたりとも席を立ち上がるとグラスを掲げ誓いを立てた。
「私たちは必ず成し遂げる! 来たるべきダンジョンを攻略し、レアアイテムをゲットするのだ! 私たちの誓いと新たな旅立ちを祝して、乾杯!」
「乾杯!」
私たちは互いにグラスをカチンと合わせてソフトドリンクを一気に飲み干した。自然と笑顔が弾けて、とても幸せな気持ちになっていた。
ダンジョン挑戦は私がこの世界に転生してはじめての大勝負になる。きっと想像もできないような出来事が私たちを待っているはず。
「今夜は朝まで飲み明かすぞ!」
私たちはダンジョン攻略を胸に描き、ユトラツの初日を存分に堪能した。




