第41話 ドラゴンの鱗
「どういうことか、説明してもらおう! 君たちは人類の敵か、味方か、どっちなんだ!」
あの穏やかで物腰の柔らかいノーマンの姿はそこにはなかった。ナイフで深く刻み込んだように眉根をきつく寄せ、私たちを睨みつけていた。
ノーマンの手には弓が引かれていて、三本の矢が私とアウラ、そしてヴォルフに向けられているのがわかった。
「ノーマン、落ち着いて」
「そうですよノーマンさん。私たちに敵意はないんです」
「何故だ、何故君たちは無辺の王とともにいるんだ! そいつは人類が討ち倒すべき相手じゃないか!」
「それは、その……、ヴォルフは私が特典でもらったレジェンダリーアイテムなんだよ……」
「言ってる意味がぜんぜんわからん!!!!」
ノーマンに矢を向けられヴォルフも興奮状態になっていた。私は落ち着かせようとヴォルフを手で制していた。
「ノーマンさん弓を下ろして下さい。このままじゃ戦闘になっちゃいます!」
「そうだよノーマン。こんなことしても何にもならないよ!」
私たちの呼びかけにもノーマンは聞く耳を持たなかった。彼の瞳にはかつての敵とふたたび対峙したかのような怨嗟の念が映っていた。
ノーマンはいまだシュランゲと戦っていたのだ。彼が次に口にした言葉に、私の胸は締め付けられた。
「私はシュランゲに敗北したあの日からずっと、自分に問い続けてきたことがあるんだ。私はなぜ死ななかったのだろうってね……」
「ノーマン……」
「私はドラゴン討伐も仲間との契りも成せなかった口先だけの卑怯者なんだ。時間を遡れるのならバカな自分に教えてやりたいくらいだよ。これが無謀にもシュランゲに戦いを挑んだ代償なのだとね……」
「違うよノーマン、君はそんなやつじゃない。私にはわかるんだよ」
「ニーナは本当にやさしい子だな。そう言ってくれるのはうれしいが、私はそんなに人間ができてはいない。この状況で冷静になどなれないのだよ。友を地獄に突き落とした魔物が憎い。私からすべてを奪ったドラゴンが許せないのだ」
「でもだからってここで戦って死ぬの? そうしたら仲間はどうなるの?」
「君たちには私の行動が理解できないだろう。私はもう正気ではないのかもしれない。でもわかってほしい……。憎しみ抜いた相手に救いを求めることが簡単ではないことを!」
最悪の事態になっていた。もしここでノーマンが矢を放つようなことになれば、その瞬間ヴォルフが攻撃に出るだろう。それは矢が私たちに届くよりも先に、ノーマンの命が失われることを意味する。
ヴォルフの能力はノーマンの遥か上をいくのだ。だからそれだけは何としても避けたかった。なのに今の私は彼に願うことしかできなかった。
「お願いだからノーマン、もっと自分のことを信じて。仲間を救ってあげて……。お願い……」
弓を引くノーマンの腕はがたがたと震えていた。まるで彼の心境が憎しみと葛藤で揺れ動いているかのようだった。
しばらくの間もどかしい時間が過ぎていったけど、ノーマンはゆっくりと弓を下ろした。
「ダメだな……。こんな状態では、まともに矢を射ることはできないな……」
観念したノーマンは力が抜けたようにその場に膝をついた。何とか最悪の事態は回避できて、私もアウラも胸を撫で下ろした。
「ありがとうノーマン」
私は彼に礼を言うとヴォルフの方に向き直った。ノーマンの仲間を救うためにヴォルフの鱗が必要だった。
「ヴォルフ、痛いかもしれないけど我慢してね」
私はヴォルフの胸のあたりにあった鱗に手をかけた。魔法で実体化させたダガーを突き刺して抉るようにしてそれを外した。取れた鱗はとても固く、私の手のひらよりも大きいものだった。
私はその鱗を手にノーマンの元に赴いた。そして真っ直ぐに彼に向き合うと、私が彼に抱いていた疑問を投げかけた。
「ねえ、ノーマン。私は君の話を聞いていて、ひとつ引っかかっていたことがあるんだ。それはシュランゲと戦って何故ノーマンだけが無事だったのかってこと」
私ははじめ彼が遠隔攻撃の間合いを取っていたから混乱の影響を受けなかったのだと考えていた。でも、シュランゲがノーマンの存在を見逃すはずはなかった。
「君だってシュランゲの混乱の影響を受けたはずだし、強烈な呪いにも苦しめられたはず。なのに君が正気でいられたのは何故なのか。その疑問の答えこそがノーマンが伝説のアーチャーと呼ばれる理由なんだ」
私はノーマンの顔を覗き込むようにして言った。
「その理由は、君がこの世界で唯一シュランゲの呪いに打ち勝ったからだよ。それができたのは君が仲間のことを想う気持ちが人一倍強かったから。君は最後まで仲間を信じて戦ったんだ。そのことを讃えて、みんなが君のことを伝説のアーチャーって呼ぶんだよ」
「ニーナ……」
「君は本当に強い人なんだ。そして本当にやさしい人なんだよ。私はそんな君を尊敬する。だからノーマン、自信を取り戻して欲しい」
私はそう言ってノーマンの手を取り鱗を渡した。彼の手の中でヴォルフの鱗が妖艶な光を放っていた。これで仲間にかけられた呪いが解ける。
「ニーナ、私は……」
「いいんだよ。ノーマン」
私は笑顔で応えた。彼のこれからの人生がずっといいものになるように。私はそう願っていた。
「ありがとう、ニーナ……、ありがとう……」
ノーマンはヴォフルの鱗を胸に抱きしめると、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。玉のような大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。




