第39話 万障の化身
ノーマンは黙ったまま小さくうなずいた。彼は過去の経緯を話してくれる気になったようだ。テーブルを挟んで彼の向かいに座った私とアウラは、ノーマンが話しはじめるのを静かに待った。彼の表情からつらい話になることを私たちも覚悟した。
しばらくしてノーマンがため息をひとつつくと、彼はまるで自分の罪を告白するかのように重い口を開いた。
「私たちパーティーがドラゴン討伐に動いたのは去年のことだ。ノートニブリア大陸へ渡り、冒険者ギルドがあるトライユガンドからクロナザリム大陸へ向かったんだ。その大陸を支配するドラゴン、万障の化身シュランゲを倒すためにね」
この世界には4体のドラゴンがいて、彼らはそれぞれ大陸を支配していた。ノートニブリア大陸を支配するのは『炎髪の破壊者ファルケ』、ミューロス大陸は『冥獄へ誘う語り部ヴェルス』、クロナザリム大陸は『万障の化身シュランゲ』。
そして我らがヴォルフは無辺界で魔物たちを牛耳っていた。シュランゲはヴォルフに次いで最も手強い相手だった。
「クロナザリムの大地はどこも暗く険しかったよ。至る所に溶岩流が流れる地獄のような世界だった。私たちが目指すのはシュランゲが根城にしていた巨塔だが、無論、その道すがら襲いかかる魔物たちも強敵だったよ」
クロナザリムは上級者向けの大陸だった。ゲームで言えば終盤に差し掛かるところだ。正直ノーマンの話を聞いて私には彼らの行動が無謀に思えた。
冒険者レベルが7では攻略はできないのはもちろん、そもそもNPCである彼らがプレーヤーである私を差し置いてシュランゲを退治できるわけがなかった。それはゲームの仕様でありNPCの宿命なのだ。
「私の話を聞いて君たちも呆れているだろう。あまりにも無茶な挑戦じゃないかと。でもあの時の私たちは自信に溢れていたんだ。それは私たちが最高の仲間だったからだ」
「どんなパーティーだったんですか?」
「リーダーは歴戦のパラディン、ヴァルマー。それに老獪な炎属性の魔法使い、ドノヴェン、ヒーラーのプリースト、エリシア。そして遠距離攻撃と補助役の私だ」
「まあ悪くないね。標準的なパーティー編成だと思う」
「私たちはこのメンバーでシュランゲを倒せると信じていたんだ」
「仲間を信頼されていたんですね」
「ああそうだ。私たちは仲間を信頼し合い、仲間のために命を懸けて戦うつもりだった。そのために互いに手を取り契りを交わしたんだ。だから私はこの仲間と戦えるのならたとえ命を落としても構わないとさえ思っていたんだ」
ノーマンは誇らしげな表情を見せていた。まるで自分の大切な宝物を披露するかのようだった。
「巨塔に辿り着いた私たちは、シュランゲに戦いを挑んだ。奴を囲む布陣を敷いて一気呵成に攻撃を仕掛けた。手応えはあったんだ。シュランゲの反撃も上手く凌いでいた。でも奴が突然放った予想外の攻撃で私たちパーティーは崩壊したんだ……」
ノーマンがぎゅっと拳を握った。その手が微かに震えているのがわかった。私は彼にそっと尋ねた。
「何があったの?」
「私が目にした光景は悲惨極まりなかったよ。突然仲間同士で殺し合いをはじめたんだ。剣も魔法も何もかも捨てて、素手で襲いかかっていたんだ」
「そ、そんなことが……、信じられない……」
アウラは恐怖に身を縮めて顔を強張らせていた。
「私も信じられなかったよ。一体何が起きたのかもわからなかった……。私は彼らの名を呼び、やめろ、やめるんだって叫ぶことしかできなかった。それでも仲間たちは奇声を上げていて私の声は届かなかったよ……」
「何ですかその攻撃……。そんな恐ろしいことを仕掛けてくるなんて……。ねえ、ニーナ。これってどうゆうことなの?」
「それは『混乱』っていう特殊攻撃だね」
「混乱?」
「そう。混乱はその名の通り、高確率でパーティーに混乱状態を起こして戦闘不能にするシュランゲが持つスキルだよ。この攻撃を受けた者は精神が錯乱して仲間を攻撃対象にしてしまうんだ。これを回避するには状態異常耐性を上げるか、レミアベルムの聖水でステータス異常を回復するしかないんだよ」
だがこれはあくまでプレーヤーである私が取るべき対抗手段で、NPCであるノーマンたちにできることではなかった。
「ニーナはやけに詳しいんだな」
ノーマンは驚いた表情を作っていた。私はその理由を素直に伝えた。
「だって私は一度シュランゲを討伐してるんだもん」
小屋の中がしーんと静まり返った。ふたりの冷たい視線が私に向かって飛んできた。
「ご、ごめんなさい、こんな時に。ニーナは想像力が強くて、たまにイタいことを言うんです」
「ははは……、そうか。でも想像力を働かせることは悪くないよ。新しいアイデアが浮かんだり、柔軟性が身についたりするからね……」
ノーマンは私を気遣っていたけど、彼の口元が若干引きつっているのがわかった。そして私はアウラの言いようにちょっとムッとしていた。
「でも、そんな状態からどうやって脱出したんですか?」
「脱出したんじゃないんだ……。シュランゲにトライユガンドまで転移されたんだ」
「どうしてそんなことを?」
「私たちは見せしめにされたんだよ。シュランゲに刃向かうと悲惨な目に会う、とね。仲間の変わり果てた姿を見て冒険者ギルドはパニックになっていたよ」
「悪趣味なことをするね。さすが万障の化身だよ」
「や、やばい、私おしっこちびりそう……。やっぱりドラゴンて怖いんだね……」
アウラは股間を押さえ、ぶるぶると体を震わせていた。
「それで仲間は今どうしてるの?」
「3人はプレーノルドの療養所にいて、今でも後遺症に苦しんでいるよ」
「仲間の方たちを治す方法は無いんですか?」
「その答えは大賢者から聞いた。ドラゴンの呪いを解くにはドラゴンの鱗が必要だとね。でもそれを手に入れるためにはドラゴンを倒さなければならない。まったく理不尽な話だよ。無能な私にいったい何ができると言うんだ……。世間では私のことを伝説のアーチャーと呼ぶ者もいるが、私の本当の姿を見れば幻滅するだろうね。私はだたの敗北者なんだ」
ノーマンは自嘲ぎみに吐露した。
「こんな私にできることといえば仲間の苦しみを少しでも和らげてやることだけだ。だからそのために、この森で薬を作っていたんだよ」
これでノーマンがこの森にいる理由がわかった。それに彼が伝説のアーチャーと呼ばれていることも……。それは無事に生き残ってしまったノーマンが背負う十字架になっていた。
ここまでの話、普通のゲーム進行ならプレーヤーの私が彼を口説いて仲間にするところだけど、私はこのゲームをクリアする気は無かった。
現実世界の月曜日を回避し、ゲームの世界でのんびり暮らすのがそもそもの目的なのだ。けど、そんな私でも彼にしてあげられることがひとつだけあった。
「ねえ、ノーマン」
「何だい、ニーナ」
「もし今すぐにでもドラゴンの鱗が手に入るって言ったら君はどうする?」
私の突拍子もない提案に、彼は怪訝な表情を浮かべていた。




