第38話 伝説のアーチャー
男は背が高くすらりとした体型で、膝丈の長いローブを纏っていた。赤毛の長い髪を後ろで結っていて顎に無精髭を蓄えている。
一見野性味のある風貌だったけどきちんと清潔感が保たれていて、彼のただならぬ雰囲気からこのゲームにおいて重要な人物だとわかった。
「はひはとうぅ……、はふはったよぉ」(ありがとう……、助かったよ)
私は鼻の穴から触手を2本垂らしてお礼を言った。奥深くまで突き刺さっていたせいで思うように声が出せなかった。
「礼には及ばないよ。当然のことをしたまでだ」
彼は弓を肩にかけながら何でもないように答えた。そこから彼の真面目な人柄が垣間見えた。しかも超のつくほどのイケメン。普通の女子なら即恋に落ちてしまうだろう。まあ今の私には鼻に触手を2本ぶっ刺していてその余地もないのだが。
「君たちは魔法使いだね」
「はい、そうです。私はアウラで、彼女はニーナです。訳あってランダムテレポートでこの森に来たんです」
「そうだったのか。この森に魔物は寄り付かないけれど、他に危険なものも多いから気をつけなくちゃいけないよ。さっきの人食い植物は特に危険な生物だからね。触手を獲物の穴という穴に突き刺して酸を注入するんだ。そして内部から溶かして食べてしまう」
「ふえぇ……」(ふえぇ……)
話を聞いているだけでこっちの具合が悪くなる。
「でもどうやってあの人食い植物をやっつけられたんですか?」
私も疑問に思っていたことをアウラが尋ねた。
「人食い植物と戦うには闇雲に触手を叩いても効果はないんだ。やるなら急所を狙う。触手には丸くコブになった節があって、そこを叩けばあいつは怯む」
「はあん……」(なるほど……)
彼はこの森のことを知り尽くしているようだ。あの人食い植物でさえ手玉に取っているところを見ると、あの危険生物のおかげで他の魔物がこの森に近づかないことを知って、彼はそれを自然の防護壁として利用しているように思えた。
「それにしても派手にやられたね。君の状態はひどいよ。すぐにでも治療が必要だ」
「ニーナは治りますか?」
「ああ治るよ。ただ無理に引き抜いてはだめだ。傷を悪化させるだけだからね。近くに私の小屋があるからそこで治療しよう」
私は頼もしく非の打ち所のない彼に感動さえ覚えていた。私はそんな彼の名を尋ねた。
「あなはのぉほなまへぇ……、なんへひうのぉ……?」(君の名は)
「私の名はノーマン。ノーマン・アイゼンシュタットだ」
彼の案内で森の奥深くへ分け入った。私はアウラに支えられながら彼の後をついていった。彼が背負っていた大きな矢筒がゆらゆらと揺れていた。
「ねえ、ニーナ。私最近ある噂を耳にしたんだよ」
「ほわっつ……?」(どんな噂……?)
「すごいアーチャーが現れたって噂だよ。ニーナは聞いたことない?」
「ふむ……」(ふむ……)
私はアウラの話にうなずいた。私もその人物に思い当たる節があった。そのキャラはこのゲームの世界でこう呼ばれていた。
「ふぇんへふほはーひゃー……」(伝説のアーチャー……)
それは私が初回プレイで見つけることができなかったキャラだけど、それがノーマンだとしても不思議ではなかった。
彼のステータスを確認すると冒険者レベルは7で、即戦力として申し分のないSRキャラだった。
まさかこんな森の中にいたなんて思いもしなかったけど、私の頭の中では彼が伝説のアーチャーである可能性が増していた。
そんなことを考えているうちに、一軒の小屋にたどり着いた。
「ここだよ、さあ入ってくれ」
私たちはノーマンの小屋に招かれた。中に入るとすぐに目についたのは棚に置かれた無数の瓶だった。
その中に干した薬草やキノコ、トカゲやヘビの乾物など様々な物が入っていて、私の目にはこの小屋が研究室のように映った。ノーマンが狩りのために森に住んでいるのでないことがわかった。
「ニーナ、これを飲んで。少し苦いけど、飲めば触手は抜けるはずだ」
彼が私にくれたのは紫色の液体だった。瓶の口から奇妙な湯気が立っていて、正直顔を近づけるだけでも嫌だったけど、私は目をつむって口に含んだ。
「うえっ、うえっ……」(うえっ、うえっ……)
私はその不味さにえづきながらも何とか飲み込むことができた。するとさほど時間はかからず私の鼻の奥にめり込んでいた触手がするりと抜け落ちた。
「ああ、すごい効果ですね」
アウラが目を丸くして驚いた。
「あとは鼻の治療だ」
ノーマンは私の顔を両手で包んで治癒魔法をかけてくれた。彼の手がほんのりと温かいのに加えて、目の前に色男がいるおかげで違う意味で頭がぽうっとした。
しばらく気持ち良くなっていると次第にヒリヒリしていた痛みが弱まってきて、今までの苦痛が嘘のように消えてしまった。
「ああ、やっと呼吸が楽になった。鼻から空気を吸えるなんて、なんて素敵なことなんだろう」
私は感激して思いっきり鼻から空気を吸い込んだ。
「もう大丈夫だね」
「すごい、鮮やかな手さばきですね。ノーマンさんはお医者さんだったんですか?」
アウラが感心して尋ねると、ノーマンは首を振った。
「そうじゃないんだ。でもここで薬の調合をしているのは事実だよ。今はここで仲間のために薬を作っているんだ」
「病気なの?」
「ああ、実は……」
と、ノーマンは一瞬間を置いて、
「私のパーティーはドラゴン討伐に失敗したんだ。仲間はドラゴンの呪いに今も苦しみ続けている……」
完璧のように見えたノーマンの表情が陰っていた。彼の瞳に苦悩の色が滲んでいる。そんな彼を見ていて、私はノーマンの事情を知るべきだと思った。
「良かったらその話を聞かせてくれない? 私たちに手伝えることがあると思うんだ」




