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第35話 乙女のプライド

 私の耳元に激しい息づかいが聞こえていた。生ぬるい不快な吐息が私の首筋に吹きかけられていた。私もこのままアウラと同じように凌辱されてしまう運命なのだろうか……。


 そんな最悪の予感が私の背筋を凍りつかせていたけど、私は転んでもただでは起きない女だ。この圧倒的に不利な状況でも簡単に屈するわけにはいかなかった。

 お化けが私を弄ぼうというのなら、こっちにだって考えがある。こうなったら相手に一泡吹かせてやろうではないか。


 お化けよりも先に動いた私は、お尻を突き出してハッスルの体勢を取った。そしてお化けに顔を向け、目一杯かわいこぶって言ってやった。


「おねがい、やさしくしてぇ〜♡」


 だが次の瞬間、お化けが私のお尻に鋭い牙を突き立てた。


「ぎゃあぁああああああああああ!! 痛ったい!!」


 私はあまりの痛さに悶絶した。そして恥ずかしさと怒りで身を震わせた。 


「こいつ私のケツに噛みつきやがった!! どうして私とアウラで扱いが違うんだよ!」


「ニーナ、そういう問題じゃないでしょ」


 アウラは呆れていたけど、私はお尻以上に乙女のプライドを傷つけられていた。


「あっ、お化けさんが逃げて行くよ」


 お化けがドタドタと物音を立てて大食堂から飛び出していった。


「もう、絶対に許さないんだからね! 覚悟しろよ変態霊!」


 私たちはすぐさまお化けの後を追った。するとお化けは大階段を駆け上がりドアをすり抜け部屋の中に姿を消した。


「ニーナ、お化けさんあの部屋に入ったよ」


「よし、とっ捕まえてやる!」


「でも、どうやって捕まえるの?」


「気合だよ! 気合い! 気合いで捕まるんだよ!」


 私は半ばヤケクソになっていた。飛び込むようにして部屋の中に入った。けど、その部屋のどこを探してもお化けは見つからなかった。それどころか物音ひとつなく屋敷全体が静かになっていた。


「あいつ、どこに逃げたんだろう……」


「もう出てこないのかな」


 私たちはまた屋敷の見回りに戻った。たくさんある部屋を一部屋ずつ探索をした。

クローゼットやカーテンの中、机の引き出しなど、隠れられそうな場所を隈なく探した。

 そして2階の寝室での出来事だった。天蓋がかけられた大きなベッドがある部屋でアウラが何かを見つけた。


「ニーナ、ベッドの下に何かあるよ」


 アウラが手を伸ばして引っ張り出したものは、革でできた紐のような形をしていた。


「ニーナ、これ首輪じゃないかな」


「まさかあの変態霊、そんな趣味があったのか……」


「いやそう話じゃないでしょ。ここに名前があるよ」


 首輪にはネームプレートがつけられていて、そこにはバロンという名が刻印されていた。

 私ははっとして思い出した。それはロワヌさんの離れ家で見た肖像画のことだ。その中に一匹の白い犬がいたのだ。


「まさか、あの変態霊はロワヌさんが飼っていた犬ってこと……?」


 するとその答え合わせのように、再びはあぁはあぁとお化けの息遣いが聞こえてきた。私たちが後ろを振り返ると、白い影が大人しくお座りしいた。


「お化けさんはロワヌさんのワンちゃんだったんだね」


「暴れ回っていたのは、じゃれていただけってわけか……」


 バロンが元気よくワンと吠えた。何ともあっけない幕切れに私たちはただため息をついた。




 騒動のあと、私たちはロワヌさんを屋敷に呼び、事の次第を報告した。犯人のお化けは犬だったこと、そしてその犬の名前がバロンだということを伝えると、ロワヌさんは目を丸くして驚いた。


「バロンは私が飼っていた犬だよ。サモエドという犬種でね。人懐こくて甘えん坊だったよ」


「やっぱりそうだったんだ」


 サモエドは全身真っ白な毛に覆われた大型犬で、人懐こくて遊び好きな性格だ。私は首輪を見せて言った。


「これを寝室で見つけたんだ」


「おお、これはまさにバロンにつけていたものだよ。どこへ行っていたかと思っていたが、見つけてくれたんだね」


 ロワヌさんは首輪を受け取ると、それを愛おしそうに見つめた。


「まだこの屋敷にいるのかバロン……。おいで、バロン……」


 ロワヌさんが呼びかけると、目の前に白い影が現れた。ふわふわとした毛並みが揺れていた。バロンはサモエドスマイルを作るとロワヌさんに駆け寄った。


「おお……、バロン。バロンじゃないか。本当はお前が先に逝ってしまって、私は寂しくて仕方なかったんだよ……」


 ロワヌさんはバロンを抱きしめた。バロンも尻尾を振り全身でよろこびを表していた。


「よかったね。ニーナ」


「そうだね、これで一件落着かな」


 ほどなく私の目の前にメインメニューが開くとサブクエスト完了の知らせが届いた。そして私の頭上からジェムとゴールドが降り注いだ。


「君たちふたりに頼んでよかったよ。本当にありがとう。おかげで私は大事なことを思い出せた」


「そう、それはよかった。じゃあ私たちは行くね」


「えっ、もう行っちゃうの?」


「うん。行こうアウラ。ここはふたりだけにしてあげよう」


 私はアウラの背中を押して大階段を下りた。私の不自然な行動にアウラは首をかしげていたけど、実は私はこの時、この屋敷にまつわるもう一つ秘密に気がついていた。そのことがアウラにバレる前に屋敷から出る必要があった。


 私が屋敷の玄関まで来たところで一度振り返ると、笑顔で私たちを見送っていたふたりの姿がパッと消えてしまった。そこにはもうロワヌさんとバロンの姿はなかった。


 ロワヌさんが幽霊だったなんてアウラが知ったら、きっとまた怖がってしまうはず。私はそのことを秘密にしたまま、誰もいなくなった屋敷をあとにした。 

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