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第34話 変態霊

 白い影がふわふわと浮かんでいた。お化けの体は半透明で、向こう側にある廊下の先が透けて見えていた。

 その影の中に、ぽっかりと三つ穴が開いていて、ふたつの穴は目で、もうひとつは口だった。それでもまったく表情は読み取れず、それがかえって不気味に感じた。


「また現れたよ。私のすぐそばにいる。早く出てきてアウラ。お化けを何とかしないと」


「ひいぃいいいいっ……。む、無理ぃ……、怖いよ……」


 アウラは戦う気力を失っていた。トイレから出てくる気はなかった。ここはもう私ひとりで対処するしかなかった。


「できるか、スマートムービング……」


 私が魔法を発動しようとした時だ。お化けが私に向かって突進して来た。私は悲鳴を上げ咄嗟に身をかばった。


「うわぁああああ!!」


 お化けは猛スピードで私の体をすり抜けていくと、その勢いで私が持っていた燭台の灯を吹き消していった。あっという間の出来事に私は面食らってしまった。


「すばしっこいやつだなあ……」


 あの素早さではスマートムービングで捕まえるのは難しい。私がどうするべきか悩んでいると、今度はアウラが叫び声を上げた。


「はぎゃあぁああああああああああ!!!!」


「どうしたのアウラ!」


「ろうそくの灯が消えちゃった!! ニーナ、助けて!!」


 私の次にアウラが使っていた燭台の灯が消されたようだ。トイレの中でアウラが暴れまわっていた。


「ニーナ! 何も見えないよ、真っ暗だよ。ヴォルフ出して!!」


「落ち着いてアウラ。火をつけるだけでヴォルフは呼べないよ」


「違うよ! お化けを屋敷ごと吹き飛ばすの! これで解決だよ!」


「そんなことできないよ。屋敷が壊れたら元も子もないから!」


 私たちがとっ散らかっている間に、再びお化けが私の前に現れた。今度は私を挑発するように跳ね回りながら大階段を降りていった。


「アウラ、私は先に行くから早くパンツ上げてついてきて」


「ちょ、ちょっと待ってニーナ! ひとりにしないで! 置いてかないで!」


 アウラが止めるのも聞かず、私は急いでお化けを追った。ロビーへ降りる大階段まで来ると、一階にそれがいるのが見えた。

 白い影の塊がゆらゆらと形を変えていて、本当にこの世のものとは思えなかった。


「あんた、何者なんだ!」


 私が叫ぶとお化けはそのまま廊下の影に姿を消した。一体何が目的なのか。しばらくしてアウラがヘトヘトになりながら私に追いついてきた。


「お化けさんどこに行ったの……?」


「あの廊下の向こうに消えちゃった。あの先は大食堂だよ。もしかしたらその中にいるのかも」


 アウラは覚悟を決めたようだ。私といっしょに大階段を降りて、一階にある大食堂の中に入った。


 そこには広々とした空間で、真ん中に大きなテーブルが備えつけてあって、白いテーブルクロスの上には燭台や食器が綺麗に並べられていた。たくさんの客人をもてなすために、10脚を超える椅子がテーブルを取り囲んでいた。


 そんな薄暗い大食堂で私たちは窓から差し込む月明かりを頼りにお化けを探した。


「お化けさん、どこですか……?」


「気をつけてねアウラ。奴はどこからでも襲いかかってくるからね」


「うん……」


 私たちがお化けの出現に身構えていると、突然、頭上から物音が聞こえてきた。はっとして見上げると、天井にお化けがいた。4本の足を使って逆さまにぶら下がっていた。


「アウラ、上だ! シャンデリアのところ!」


 私の声にアウラも見上げた。その異様な姿を見て彼女は言葉もないようだった。


「いいかげんにしなよ。あんたのせいでみんな迷惑してるんだぞ!」


 私は怒りをぶつけたけど、お化けは気にも留めない様子だった。むしろ丸い穴のような口を左右に広げ、にんまりと笑みを浮かべていた。


 すると何を思ったのか、お化けが私たちの周りを取り囲むように暴れはじめた。どたどたと大きな音を立て走り回っていた。


「くそう! このわからずやめ!」


 お化けの動きは素早くて目で追うのもやっとだった。テーブルの上の食器や棚の置物、天井のシャンデリアをガタガタと揺らして暴れ回っていた。


 これがいわゆるポルターガイスト現象というものなのだろうか……。ふとしたはずみで暖炉の上に飾っていた花瓶が落ちそうになった。


「危ない、割れちゃう!」


 咄嗟にアウラが駆け出して落下する花瓶に手を伸ばした。それが今にも床に叩きつけられるかというところで、アウラが両手で花瓶を抱え込んだ。


「ああ、よかった。もう少しで割れるところだった……」


 アウラがほっとしたのもつかの間。その隙をついて、お化けが彼女に襲いかかった。


「アウラ、後ろ! 危ない!」


「きゃあぁああああ!!」


 あろうことか、四つん這いになったアウラにお化けが後ろから覆い被さると、へこへこと腰を振りはじめた。


「えっ、ちょっと、何に? この、バイブ、レーション。私、あ、お化けに、変なこと、され、あ、やだ、お尻に、ん、あ、だめ、いやん……」


 私の目の前でアウラがハレンチな目に遭っていた。怒りが沸点に達した私はすぐさま魔法を撃ち込んだ。


「今すぐアウラから離れろ! スローイング・ダガー!!」


 瞬間お化けはアウラから離れ、ダガーが空を切った。アウラが解放されたのはよかったけど、お化けは再び暴れはじめた。しかも今度は、はあぁはあぁと、いやらしい息遣いで興奮していた。


「さてはこのお化け……、変態霊だな……」


 私は自分の口から出た言葉に恐怖を覚えた。


「そ、そうだ。こんな時は魔法に頼ろう……」


 私は魔導書を取り出して、使える魔法はないか調べた。魔導書が私の思考を読み取ってパラパラとページをめくっていく。

 けど悲しいことに魔導書は最後のページまで止まることはなく、そのままパタリと閉じてしまった。


「ええっ! 使える魔法ないの? そんな殺生な……」


「ニーナ、霊魂や死霊は魔法ではどうにもならないよ。この場合聖職者の能力が必要なんだよ」


「じゃあ、端からスマートムービングもスローイング・ダガーも効かないってことじゃん……」


 アウラの言う通り、除霊や浄化は魔法使いのスキルにはなかった。魔法ではあのお化けを捕まえたり消し去ったりすることはできない。


「ど、どうしよう。どうやったら捕まえられるんだろう……」


 気が動転し攻めあぐねている私の隙を突いて、お化けが私に襲いかかってきた。


「ニーナ後ろ!」


「し、しまった!!」


 気づいた時には遅かった。私はお化けに背後を取られてしまった。 

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