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第31話 古代王国の遺跡

「誰なの? そこにいるのは?」


 私はドアの向側へ呼びかけた。誰かのいたずらだと疑ったのだ。でも何の反応もなく人の気配もしなかった。


 モエニフは街全体が心霊スポットと呼ばれるほど、不思議なことが起こると言われていた。果たしてこれは冥界から現世に舞い戻ってきた死者の声なのだろうか。


「起きてアウラ。ねえ、起きてよ。心霊現象が起こってるよ」


 私はアウラの体を揺すって起こそうとしたけど、すやすやと眠るアウラを見て私は思いとどまった。

 今彼女を起こしてもまた怖がらせてしまうだけだった。ここは私ひとりの方がいいと判断した。


「オイデ……、オイデ……」


 また私を呼ぶ声がした。これはもう声の主を突き止めるまで終わりそうになかった。

 私はベッドからゆっくりと立ち上がると、パジャマから服に着替え、火を灯したカンテラを手に、そっとドアを開けて部屋を出た。


「ねえ、一体誰なの……?」


 私の呼びかけに反応はなかった。けど足元の床には何故か霧が立ち込めていて、それがまるで私に行く先を伝えるかのように、ひとりでに両側へ開けていった。


 私は霧に導かれるように宿を出た。そのまま森の中に入っていった。その道は薄暗く心なしか空気が冷たく感じた。


「オイデ……、オイデ……」


 声は森の奥から聞こえていた。私は不安を憶えながら深い森の奥へ入っていった。


「どこまで行くんだろう……」


 道は登り坂になっていて、先は暗くて見通せなかった。一体私の身に何が待ち受けているのだろうか。声の主は何が目的で私を呼ぶのだろうか……。私は警戒心を抱きつつ女の声に従った。


 目指す場所が近づいて来たのか、その声が次第にはっきりと聞こえてきた。


「オイデ……、オイデ……、ヘイ……、ヘーイ……」


 急に趣が変わった。


「ヘイって何だよ。ノリが軽くなってるぞ。心霊現象がそんなのでいいのか」


「イイカラ、オイデ、ヘイ、ヘイ!」


 もっと緊張感のある展開を期待していたのに、肩透かしを食らった気分だった。私を急かす声はいたずらっぽく、何だか楽しそうだった。


「早く来て〜、ヘイ、ヘイ!」


「わかったって、今行くからちょっと待ってて!」


 私は急き立てられるようにして山道を登った。草木が生い茂る森を早足で駆け上がった。すると辿り着いたその場所に、巨大で怪しげな建造物があった。ここは古代王国の遺跡だった。


 それは人の背丈よりも大きい石板が半円状に並べられていて、ぼろぼろに朽ちていたけど儀式のための祭壇であることがわかった。石組みの床には水が張られていて、鏡のように満月を映し出していた。


 その真ん中に人が立っていた。私はその光景に目を疑った。


「そんな、まさか……」


 そこに立っていたのは髪型と着ているものが違うだけの、私と瓜二つの人物だった。綺麗なドレスに身を包んだその人物は、整った笑顔で話しかけてきた。


「やっと会えたね。うれしい! 私はロンテディア王国の元王女ニーナ・メイ・オルテフラーナだよ!」


 彼女はゲーム2周目で私が選んだキャラクターだった。そしてその姿を借りて私はゲームの世界に転生したのだ。この体の持ち主が目の前にいる。


「あなたは皐月仁衣菜(さつきにいな)さんだよね。ずっと会いたかったんだよ」


 私は自分の名前を呼ばれびっくりした。


「どうして私の名前を知っているの?」


「そりゃあ知ってるわよ。このゲームのプレーヤーだもん。言ってみれば物語の主人公ね。私は死んじゃったけど、そのおかげであなたのことも含めていろんなことがわかったの」


「元王女様は死んじゃったの?」


「そう、死んだの」


 何ら深刻ぶることもなく元王女様はあっけらかんと言い放った。


「玉座の間に呼び出しくらったでしょ。そこで国外追放を言い渡されようとした時だよ。突然あなたが私の体を乗っ取ったんだ。その瞬間、私は自分の体からはじき出されたんだよ。いわゆる突然死ってやつ」


「ごめんなさい。私のせいで……」


 計らずも王女ニーナの人生を奪ってしまったことに私は責任を感じた。


「ううん、別にいいの。あなたは気にしないで。私にとってはこれでよかったんだから」


「どうして?」


「私があのままの国外追放されていたら、悲惨な運命が待っていたんだもん。魔物に殺されるか、山賊に襲われるか、もしくは餓死するか……。そう考えたらこの方がよかったんだよ。苦しまずに逝けたからね。それに私は自由を手に入れたんだよ」


「自由に……?」


「そうなんだよ。私も最初はびっくりしたよ。まさか自分が幽霊になるなんて。でもそのおかげで、どこへでも行けるようになったし、眠くなったりお腹かがすいたりしないんだよ。本当に心霊現象ってあるんだね」


「はあ……」


 その心霊現象にびっくりしているのはこっちの方なのだが、元王女様は感慨深げに唸っていた。彼女は幽霊になっても普段通り明るく振る舞っていて、怖さはまったく感じなかった。


「元王女様は権力争いに巻き込まれたんだよ。そのことは知っているの?」


「うん、知ってるよ。見事に嵌められちゃったみたいね。でもこういうことは子どもの頃から覚悟してたんだ。これは王女として生まれた宿命みたいなものだよ。お城の中ってね、ありもしない噂を流されたり、足を引っ張られたりで、人間関係はドロドロなんだよ。本当に嫌になっちゃう」


 元王女様は口をすぼめて不満をこぼしていた。貴族の世界は華やいで見えるけど苦労も多いようだった。


「そう言えば、元王女様は魔法使いになって旅をしたかったんだよね。ずっと外の世界に憧れていたんでしょ。それができなくなって、悔しくない?」


「悔しくないかと言われれば、そりゃちょっとは……。でもそんなに思い詰めなくてよくなったのは、きっと仁衣菜さんだったからだよ」


「私?」


「そう。私は私の代わりがあなたでよかったって思ってるの」


 意外な返事に私はどんな言葉を返せばいいかわからなかった。


「だって仁衣菜さんと私、似ているでしょ? あなたもこの世界で旅をしたいと思って来たんだもん。魔法の力に魅了されたんだよね」


「そうだね。確かに……」


 私は以前から元王女様にシンパシーを感じていたけど、それが彼女の言葉で確信に変わった。身分の差こそあれ、私と元王女様はこの世界で旅をすることが何よりの願いだった。


「私と同じ気持ちなんだよ。だから私は悔しくない」


「ありがとう。そう言ってもらえると私もうれしいよ」


 ふたりでにっこりと笑顔を交わした。その微笑みが鏡で見ているかのように同じだった。


「あっ、そうだ。あなたにひとつお願いがあるの」


「お願いって何?」


「この街にロワヌって名のおじいちゃんがいるんだけど、ちょっと困ったことになっているの。あなた解決してもらえたらなあと思って。その人も元は王国の貴族だったんだけど、私と同じように無実の罪で追い出されたんだよ。そんなかわいそうな人だから私もちょっと気になっちゃって。このお願い引き受けてくれないかな」


「うん、わかった。何とかしてみる」


「ありがとう、あなたならそう言ってくれると思ってた」


 王女ニーナは手を合わせて喜んでいたけど、はっと何かに気づいたようだ。


「あっ、そろそろ時間だ。制限時間があって3分しか貰えないの」


「そんなに短いの……」


「うん、ごめんね。でもお話しできて楽しかった」


「私も楽しかったよ」


「この世界を存分に楽しんでね。それにロンテディア王国にまつわる重大な秘密もあるから、お楽しみに。それと私の体、結構いい感じでしょ。好きに使ってくれていいから。でもあまりハッスルしすぎないでね」


「ハッスルって……」


「じゃあ、私はもう行くね。バイバイ」


「バイバイ……」


 お互いに手を振って別れを告げた。すると次第に元王女様の体が薄くなっていき、あどけない笑顔と共に消えてしまった。


 これが私のはじめての心霊体験だった。時間がなくて最後は駆け足になったのは残念だけど、また来ればいいのだ。


 だってここは死者が蘇る心霊スポット。モエニフはお化けのテーマパークだ。私は誰もいなくなったこの場所で元王女様に呼び掛けた。


「また会いに来るからね!」


 私はそう言い残して宿へと戻って行った。

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