第30話 本気のララバイ
モエニフを訪れて数時間、私はアウラをなだめながら宿を探した。無駄に時間がかかったけど、何とか一室借りることができた。
部屋の中は古びていて、どこもかしこもくたびれていた。汚くはないけどあまり清潔感を感じなかった。
ひとまず寝場所を確保できて私はほっとしていたけど、アウラの方はそうはいかなかった。ベッドの上で頭から布団を被り、顔だけ出して縮こまっていた。私から見ればその姿が布団のお化けに見えていた。
私は宿の主人から貰ったモエニフのパンフレットをテーブルに広げた。そこにはたくさんの心霊スポットが紹介されていて、一度入ったら戻ってこられないトンネルや、女のすすり泣く声がする古井戸、古代王国の処刑場跡や、血の涙を流す人面岩。しまいには、ニャーと鳴くヤギまで。
最後のはちょっとよくわからないけど、とにかくこの街が心霊スポットだらけだということがわかった。
「アウラこれすごいよ。スタンプラリーになってるよ。心霊スポット全部回るとモエニフ特製オリジナル景品がもらえるんだって」
「嫌だ、絶対に行かない。死んでも行かないから。もし行くんだったらこの街を竜巻魔法で破壊するから……」
「怖っ」
アウラは相当思い詰めていた。ともすればお化けと刺し違える覚悟のようで、彼女の目には憎悪の色が浮かんでいた。
「魔法学校の修学旅行の時だよ。クラスで肝試しをやったんだ。真っ暗な山道を歩かされて、私は怖くて怖くて気を失うくらい怖かったの。そんなことだからいつの間にか集団からはずれて迷子になっちゃったんだ。誰もいない森の中でひとりぼっち。本当に頭がおかしくなりそうだったよ。あの時のことを今思い出しても、震えが来るんだから……」
「それは大変だったね……」
「私は絶対にこの部屋から一歩も出ないからね。心霊スポットなんていったら死んじゃうから」
アウラは布団を頭から被って拗ねてしまった。この宿で籠城を決め込むつもりのようだ。私はモエニフの心霊スポットを回るつもりでいたけど、アウラがこの調子では断念せざるをえなかった。
「わかったよ。どこにも行かないから。機嫌直してよ。夜も遅いし、もう寝ようか」
すでに辺りは真っ暗になっていた。霧も濃く立ち込めていて薄気味悪かった。こんな夜はさっさと眠ってしまったほうがいいだろう。私はアウラが被っていた布団に入り込んだ。
「ちょっと待って!」
「どうしたの?」
突然アウラが布団から顔を出した。
「怖くて眠れない。どうしよう……」
アウラはまばたきひとつせず、かっと目を見開いていた。体もがちがちに強張っていて、とても眠れる状態ではなかった。
「しょうがないなあ……。じゃあ、ちょっと待ってて」
私はベッドから出ると自分のリュックを漁った。そこから魔導書を取り出して調べてみることにした。
こんな時に役に立つ魔法はないだろうか……。パラパラとめくられていく魔導書が、あるページで止まった。
「寝かしつけ魔法? これ、赤ちゃんに使うやつじゃん」
私は思わず気の抜けた声を出した。それは乳児がいる家庭向けの生活魔法で、赤ちゃんの寝かしつけや、夜泣きに対処する子育て支援魔法だった。
果たしてこんな魔法が思春期真っ只中のアウラに効くのだろうか。私は一抹の不安を感じながら寝かしつけ魔法を習得した。
「それじゃあアウラちゃん、おやちゅみしましょうか」
私は魔法のステッキを手に取ると、まるで赤ちゃんをあやすように寝かしつけ魔法を発動した。
「アウラちゃんは良い子でちゅね〜」
するとアウラの頭上にベッドメリーがくるくると回り出した。そして彼女の口にはおしゃぶりが装着された。
「私は赤ちゃんじゃないんだけど……」
アウラはおしゃぶりをちゅぱちゅぱさせながら不満をこぼしていたけど、私はそんな彼女の姿を見て胸に込み上げてくるものがあった。
「何だろうこの感覚は。まるで母性に目覚めたような気がしてきたわ」
何故か私は子守唄を歌いたい衝動に駆られた。これもきっと寝かしつけ魔法の効果なのだろう。私はアウラのそばに寄り添うと、ソプラノ歌手ばりの美声で子守唄を歌った。
「そんなんじゃ私を眠らせることなんてできないよ……」
アウラはおしゃぶりをちゅぱちゅぱしながら抵抗していたけど、私は構わず歌い続けた。我が子を愛しむようにアウラを眠りへと誘った。
すると次第にアウラの表情が和らいでくるのがわかった。彼女は緊張から解放され眠気を催していた。私はもう一押しとばかりに子守唄を歌い続けた。
やがて、ちゅぱちゅぱとおしゃぶりするのも止まり、アウラは寝息を立てて眠ってしまった。
「おお、効果抜群じゃん!」
私は子育て支援魔法の力に驚いた。この魔法を使えば怖がるアウラを眠らせることができる。モエニフにいるうちは寝かしつけ魔法に頼ることなるだろう。私はアウラが寝入ったのを確認し、いそいそとベッドに入った。
「さて、私も寝るとしよう。おやすみなさい、アウラちゃん……」
私はベッドの脇にあったカンテラに手を伸ばしの火を消した。そしていつものようにアウラを抱き枕にして目を閉じた。
するとしばらくして、ぴちょん、ぴちょんと水の音がどこからともなく聞こえてきた。私ははっとして身を起こした。
「まさかこれって、酒場のおじさんが言っていた……」
古代王国がやっていた冥界の扉を開く儀式。水の音は彼らがやってくる合図だった。息を呑んで耳をそばたてていると、私を呼ぶ声がした。
「オイデ……、オイデ……」
扉の向こうから聞こえてきたのは、もの哀しげな女の声だった。




