第3話 私のレジェンダリーアイテム
ドリスと別れたあと、私は牢馬車に乗せられ城を出た。周りには馬に乗った騎士が護衛についていて、その物々しさから私が極悪人扱いされているのが伝わってきた。別にこっちは抵抗しようなんて考えていないのに冷たい視線が飛んで来る。
牢馬車の小さな窓から王都ロンテディアの街並みが望めた。それはさながら中世ヨーロッパの趣を感じるとても綺麗な街並みだった。中心地の大広場では市場が開かれていて人の笑顔と活気に溢れていた。
一度くらいは観光したかったなあと、私が恨めしく外の景色を眺めていると、私の視界においしそうなものが飛び込んできた。
「あっ! あれロンデティア豚まんだよね!」
私は指を差して叫んだ。うず高く積み上げられた蒸籠から、もくもくと湯気が立ち上っていた。
初回のゲームプレイで最初に寄って食べたのがあのロンデティア豚まんだった。当然それは画面を通したゲームの話だけど、こうやって実際に目にすると感慨深いものがあった。
いったいどんな味がするのか、これは実際に口にしてみるしかない。私は窓から手を伸ばして護衛の騎士に言った。
「ねえ、あの豚まん食べたい。ひとつくらいいいでしょ」
「だめだ」
「いいじゃんひとつぐらい。もう最後なんだから」
「だめだと言ったらだめだ!」
「けち!」
目の前を通り過ぎていく豚まんを、私は指を咥えて見ているしかなかった。牢馬車は大門をくぐり王都の外に出ると、そのまま一本道を突き進んで行った。どこまで行くのだろうかと考えていると、突然隊列が止まった。
「降りろ」
騎士に言われるがままに私は外に出た。そこは何にもない平原が広がっていた。ここが私のゲーム開始地点だった。
「これが貴様の荷物だ。今すぐ中身を確認しろ」
ぼうっと突っ立っていた私に、騎士が馬上からぽいっと荷物を投げてよこした。受け取ったものは小さな布のリュックで、私はさっそく中を確認した。最初に取り出したのは木の枝のようなものだった。
「何これ? もしかして魔法のステッキ?」
それはあまりにも頼りなく、形もひん曲がっていて葉っぱもついたままだった。そのまま木の枝って感じで、森で落としたら絶対に見つけられない自信があった。
この世界では杖やステッキを装備しなくても魔法は使える。だから正直言うと今すぐぽいっと捨てたい気分だった。
続いてリュックから取り出したのは、一冊の分厚い本だった。
「魔導書だ!」
私が魔導書に意識を向けると、それが目の前でふわりと浮かんだ。私の思考を読み取って、手を使わずともパラパラとページがめくられていく。
魔導書は魔法の選択やレベルアップ、魔法合成に必須のアイテムだ。このゲームの世界では戦闘中も魔導書が使えるのが特徴だ。
そして次に私が取り出したのは小さな袋だった。その中にはこの世界で使えるお金が入っていた。
「3万ゴールドか……。数日分ってところだね」
ざっくり日本円に換算して3万円くらいの金額だった。
「荷物はそれで全部だ。魔法使いになりたいという貴様の願いを汲んで下さった、国王陛下の最後の情けだ。感謝して受け取れ」
騎士が偉そうに何か言っていたけど、私は無視してリュックの中を探した。でも大事なアレはどこにも見当たらなかった。リュックを逆さにして振ってみても何も出てこなかった。
「あれ……、あれれ……。無いんですけど。私のレジェンダリーアイテムが無いんですけど……」
「何のことを言っているのだ」
「ゲーム開始時にレジェンダリーアイテムをランダムに一つ付与って話だよ。私最弱のキャラなんだよ。アレがないととても冒険なんてできないよ」
「ゲームとはなんだ。遊びじゃないんだぞ。これは刑罰だ。貴様は国外追放の意味がわかっているのか?」
「でも、それが条件だったんだもん。王女キャラの特典だよ。おかしいなあ……、もしかしたらあの王様が忘れたんじゃないの?」
私のちょっとした小言に騎士が血相を変えた。
「貴様、国王陛下を侮辱する気か。そうであれば、この場でお前の首を切り落としてもいいのだぞ!」
騎士は剣の柄を握り、今にも斬りかかってきそうな勢いを見せた。これ以上怒らせるのはさすがにヤバい。
「い、いいえ、そんなつもりは……。か、感謝します、はい……。感謝します……」
私は必死になだめすかして何とか彼の怒りを収めた。それにしてもこの沸点の低さはどうにかならないものか……。
いくら国王に忠誠を誓っているからといって、こんなことで命を奪われてはたまったものではない。
でも私はこのやりとりでひとつわかったことがあった。それはこの世界の住人は自分たちがゲームの世界にいることを認識できないということだ。どうやら世界の真相を知る者は私だけのようだった。
「せいぜい、長生きするんだな」
騎士は冷たく捨て台詞を吐くと、私を置いて城に帰ってしまった。私は何もない平原にひとりぽつんと取り残されてしまった。
私がいるこのロワルデ大陸にドラゴンはいない。だから出てくる魔物は強くはなく、この辺りは言わばゲームの初級のエリアだ。ロワルデが『平和の大陸』と呼ばれる所以でもあった。
それでも私の力ではとても太刀打ちできそうになかった。私のステータスはどれもちびちびのちびなのだ。レジェンダリーアイテムを期待して選択した王女のキャラだったのに、それが手に入らないのでは生き残る確率はゼロだった。
「ど、どうしよう……、こんな状態で魔物に出会ったら瞬殺されちゃうよ……」
途端に死の恐怖が頭をもたげてきた。理不尽すぎる展開に体が震えてくる。私が夢見た冒険生活がこんな残酷な結果になるなんて……。半べその私はヤケクソになって叫んだ。
「ああもう! 私のレジェンダリーアイテムどこ行ったのー!!」
すると突然、ずどーんと地面を揺らす衝撃とともに私の背後に何かが現れた。その巨大な影が魔物だということを告げていた。
私は勇気を出して恐る恐る振り返った。するとそこにいたのは何とついさっきゲームで倒したばかりのラスボスのドラゴン、異境を束ねし無辺の王ヴォルフだった。
「はぎゃあぁああああああああああ!!!!」
私は白目をむいて絶叫した。




