第29話 心霊スポットの街
私たちは街全体が心霊スポットと呼ばれるモエニフに足を踏み入れていた。辺りには濃い霧が立ち込めていて薄暗く、街全体が温かみのない灰色をしていた。古びた家屋が立ち並び、ひと気はまばらで辺りはしんと静まり返っていた。
動くものと言えば枯れ木にとまっていた無数のカラスたちだけで、近くを通るとこっちを威嚇するように鳴いていた。
「私たちはあまり歓迎されていないようだね」
「薄気味悪くて怖いよ。もう帰ろうよ、ニーナ……」
アウラは情けない声を出した。
「今来たばっかりでしょ。霧があるから怖く感じるけど晴れれば普通の街だよ」
私はまるで巨大なお化け屋敷に来ているみたいで楽しかった。家の間の狭い路地から何かが飛び出してくるんじゃないかと期待するくらいだった。
対してお化けが苦手なアウラはきょろきょろしっぱなしで、不安から私の腕を掴んで離さなかった。彼女はカラスの鳴き声にさえ体をびくつかせていた。
「実は私カラス苦手なの。大きな声出すし、くちばしぶっといし、全身真っ黒なのにまぶただけ白いの意味わかんないし……」
「魔法使いがカラス苦手ってカッコつかないよ? 今のうちに仲良くしておきなよ」
「無理言わないで。絶対に友達になんかなれないよ……」
しばらく道なりに進むと、酒場の看板が目に入った。その店の窓からはやわらかい明かりが漏れていた。
街の情報を得ようと中に入ると、テーブル席に数人の先客が酒をあおっていた。
「いらっしゃい。あら、かわいい魔法使いさんだね」
酒場の店主が声をかけてくれた。髪を後ろで引っつめた恰幅のいい大人の女性だった。
「いろいろ聞きたいことがあって来たんだけど……」
「ああいいよ。どうせ心霊スポットの話だろ。この街に来る冒険者はみんなそれを目当てにしてるんだから」
店主の対応は慣れきっているといった感じだった。
「お化けが見えるって聞いて来たの。本当に見えるの?」
「ああ本当だよ。ここは噂通り心霊現象が起こる不思議な街なんだ」
フォルトナの情報通りだった。この街全体が心霊スポットになっていた。何が原因があるのだろうかと私は尋ねる。
「どうしてそんなことになったの?」
「この辺は大昔、古代王国があった場所なんだよ。その国は死霊崇拝が根付いていて、死者の魂を蘇らせることに熱心だったんだ。山奥に今でも遺跡も残ってるよ」
「魔法か何かなの?」
「いや、魔法とは違うね。一種の儀式のようなものだよ。冥界への扉を開いたと言い伝えられていて、今もその扉は開かれたままって話なんだ。そのおかげでここにいる住人たちはみんな心霊体験は経験済みだよ」
「へえ、そりゃすごい! 私も一度は経験したくてここに来たんだよ。霊感がない私にもお化けが見えるのかなあ」
「ねえ、もう帰ろうよ……」
興奮する私とは違い、怖がるアウラがぐずり出した。私のローブの端っこを引っ張って不満顔で訴えてくる。
「何だい、そっちのおねえちゃんは恐いのかい? 魔法使いにしちゃあ随分頼りないじゃねえか」
そばで話を聞いていた客が絡んできた。その男は酔っているのか顔が赤い。
「びっくりしねえように先にアドバイスしておくぜ。今日みたいな薄暗い日はよく出るんだ。深い霧にまぎれて奴らが街に下りて来るんだよ。みんなが寝静まった夜に、ぽちゃん、ぽちゃんって水の滴る音がしてくるんだ」
「何で水の音がするの?」
「それは儀式に水を使っていたからさ。それが彼らが出す合図なんだ。じっとしてるとこっちを呼ぶ声が聞こえてくるんだ。オイデ、オイデ……ってな」
「ひいぃいいいいいい!!!!」
アウラはたまらず悲鳴を上げた。
「もう行こうよニーナ、早くぅ!」
私はアウラに腕を引っ張られ酒場を出た。もっと聞きたいことがあったけど、アウラが怯えてそうもいかなかった。
これから宿探しをしないといけないのに、アウラが本格的にイヤイヤ期に突入してしまった。
「もうお家に帰りたい〜!」
「落ち着いてアウラ。帰るお家なんてないよ。ここで宿を探さないと、ね。だから泣かないで」
私は子どもみたいに泣きじゃくるアウラの頭をよしよししてなだめた。
「もしかしたら、アウラの大好きなおばあちゃんが現れるかもしれないよ。入れ歯勝手に持ってきちゃって、ごめんなさいって謝っておいた方がいいかもよ」
「おばあちゃんまだ生きてるから。勝手に殺さないでぇ〜、うわぁああああああん!」
「ああ、しまった……」
私の失言でアウラが大泣きしてしまった。まったく手がつけられず私は途方に暮れていた。




