第26話 レクリエーションの精霊
キャンプ3日目の朝だった。私は朝日を浴びながらすこし遅い目覚めを迎えていた。この日の朝は少し肌寒いくらいで気持ちがよかった。
アウラは一足先に起きていて朝食の仕度をしていた。彼女は私と違って規則正しい生活を心がけるしっかり者だった。それに加え料理の腕前も抜群で、気配りもできて、かわいいと来ている。私はそんなアウラに甘えっぱなしだった。
結婚するならこんなタイプがいいなあなんて勝手なこと考えながら、私は水辺で顔を洗っていた。すると私の視界に妙なものが入り込んできた。
私がはっとして目を細めると、湖のちょうど真ん中あたりで人が歩いているのが見えた。
「どういうこと?」
私はまだ寝ぼけているのかと思ったけど、たしかに人が湖の上を歩いていた。何かぶつぶつと独り言を言いながら右往左往していた。
「どうしましょ、大変なことになったわ。どうしましょ……」
その人影は綺麗なドレスをまとった女性だった。困った感じを出して心なしか私たちがいるキャンプ地に近づいて来るように見えた。
「ねえ、アウラちょっとあれ見て」
私がアウラに教えると、彼女も目を丸くして驚いていた。
「えっ、人が水面を歩いてる」
「でしょ、やばいでしょ。あれ人間じゃないよね」
見た目は普通の大人の女性に見えた。それもとびきりの美人でスタイルもよく上品な雰囲気を漂わせている。そんな女性がおろおろとしながら私たちとの距離を縮めて来た。
「何か困っているのかな」
「そうみたいだよ。困ってるアッピールがどんどん激しくなってるもん。でも何かちょっと怪しい感じだな……」
私は警戒心を持ちつつも思い切って声をかけてみた。
「どうかしたんですか?」
その女性は私の呼びかけにクイッと顔を上げた。そして彼女は声をかけらるのを待っていたかのようにうれしそうに微笑んだ。
「ああ、そんなところに人がいたなんて気づかなかったわ。もう私としたことが、管理人として不覚だったわ。こらこらしっかりしろ私、めっ!」
彼女は拳を作ってわざとらしく自分の頭を叩く仕草をした。茶目っ気を出してこちらの警戒心を解こうとしているのだろうか。彼女はちょこちょことした足取りで、水面を歩いて私たちに近づいてきた。
「あら、かわいい魔法使いさんね。あなたたちのような魔法使いのペアは珍しいのよ。いったいいつぶりかしらね。もしかしたら、ひと月ぶりくらいかな。それにドラゴンがいるなんて輪をかけて珍しいわ」
とにかく口数が多かったけど、肝心なことがなかなか見えてこなかった。しびれを切らしたアウラが率直に尋ねた。
「あなたは何者なんですか?」
「ああ、ごめんなさい。挨拶が遅れてしまったわね。私はこの湖の管理人、みんなの身体的、精神的癒しを提供するレクリエーションの精霊フォルトナよ。よろしく」
フォルトナはくるりと一回転して、人差し指を口元に当ててウィンクした。これは彼女の決めポーズなのだろう。フォルトナは無反応の私たちに構わず喋り続けた。
「私の役目は、この美しい景色と水辺で娯楽を提供することなの。そのための管理と利用者のフィードバックを受けての改善、および、より良いレクリエーションの追求が私の使命。どう、この景色。まるで天国みたいでしょ」
フォルトナは誇らしそうに両腕を広げた。
「旅の疲れを癒し、仲間の絆を深め、新たな旅の出発を支援する。それがレクリエーションの意義なのよ。その精霊である私が冒険者たちの活躍を後押しさせてもらうわけ。でもね、たまに絆を深めるどころか、何というかその……、男女の関係? んーと、色恋沙汰? まあその……、思いがけない展開になっちゃうパーティーもいたりするのよ」
言い淀む彼女に私たちは首をかしげた。
「率直に言えば、レクリエーションの効果でチョメチョメしちゃう利用者もいるって話よ。うふふふっ。まあある意味それも冒険って言えばそうなのかもしれないけど、あらあらって感じで、この場所でおイタはいけませんよって、注意することもあるのよ。そのための見回りも私の役目かな。まあこれは趣味の範囲って言った方がいいかも」
そんな生々しい話をされても私たちはどう反応したらいいか困ってしまった。
「とにかく、この湖でたくさんの旅人を癒して来たってお話。お二人はどう? 絆は深まった?」
「まあ……」
「実はあなたたちの事もずっと見守っていたのよ。そうしたら、あの大っきなロブスターを釣り上げちゃったからびっくり。あれはこの湖の主って噂になってたのよ。本当の主は私なのに。もうこれじゃあ私の面子が保てないじゃないの、って怒ってたら、あなたたちが釣り上げて食べてくれちゃうんだもん。勿怪の幸いとはこういうことを言うのね。本当にお見事としかいいようがないわ」
ずっとテンションが上がりぱなしで、マシンガンのように喋るフォルトナに私たちは疲労感を覚えた。話が長くなりそうなので私はとっとと本題に入る。
「ところで何か困ったことがあったの?」
「ああ、そうなのよ。困ったことになったの。私が大事にしていたイヤリングが片方なくなっちゃったの。それは蠱惑のイヤリングって言うんだけど、私がパーティーに行くって言ったらフォルトナちゃんがんばってねって友達から頂いた大切なものなのよ。早く見つけないと時間に間に合わなくなっちゃう」
「心当たりはないの?」
「それがないのよ。思い当たるところは全部探したんだけど見つからないの。この湖のどこかってことはわかるんだけど……」
フォルトナの視線が広大な湖に向けられた。彼女の話によればそのイヤリングが湖の底のどこかに落ちているということだ。事態は深刻で解決が容易でないことはすぐにわかった。
「あなたたち魔法使いよね。その力で探してくれたらうれしいんだけど。どう? もし見つけてくれたら私が持っているレアアイテムを差し上げるわ」
「レアアイテム!」
レアという言葉の響きに私は目の色を変えた。それはこの世界でめったに手に入れることできない代物だった。
すると私の目の前にメインメニューが浮かび上がった。サブクエストの依頼が表示されていた。
もし見つけることができたなら、報酬に加えレアアイテムをゲットできるチャンスだった。当然私の選択は決まっていた。
「わかったよフォルトナ。私たちで失くしたイヤリングを見つけてあげる。まかせておいて!」
私はサブクエストを受けることにした。




