第20話 幸運を呼び寄せる秘宝
部屋の中は時が止まったように静まりかえっていた。まるで絶望の淵に突き落とされたような気分だった。マダム・ミルディアンスの鑑定結果にアウラはおろか、不覚にも私までショックを受けていた。
大災厄という言葉は聞きなれなかったけど悪い意味だということはわかった。みるみる顔色が悪くなるアウラのことが心配で私はそっと声をかけた。
「アウラ、大丈夫?」
「だだだだ、大丈夫だよニーナ、わわわわ、私はこういうことに、なななな、慣れてるから……」
アウラはガクガクと体を震わせていて、とても大丈夫そうには見えなかった。私はマダム・ミルディアンスに抗議した。
「ちょっと、不吉なこと言わないでよ。アウラが怖がってるじゃん」
「星々の囀りは絶対なのだ。何人もこの命運からは逃れられない。アウラの未来に待ち受けるのは絶望である」
マダム・ミルディアンスは断言する。
「アウラよ、よく聞くのだ。星々はこう囀っておる。『欲しい物は手に入らず、美しきものは汚され、大切なものは奪われる。これから先、汝の魂は深い闇の中に落ちるであろう……』と」
「ひいっ!」
アウラは恐怖で悲鳴を上げた。彼女の精神はもう限界に近かった。怯えるアウラをじっと見つめていたマダム・ミルディアンスはそのタイミングを見計らって話を切り出した。
「だがひとつだけ大災厄を脱出する方法がある」
その言葉にアウラの目が光った。
「大先生、その方法って何ですか?」
「古より伝わる幸運を呼び寄せる秘宝だ」
「秘宝?」
マダム・ミルディアンスは立ち上がると背を向け、後ろの引き出しをゴソゴソとしはじめた。つっかえているのか引き出しが出てこないようで苦労していたけど、何とかそれを取り出すと、テーブルの上にうやうやしく差し出した。
「見よ、これが幸運を呼び寄せる秘宝、『ひょうたんの髪飾り』だ」
「ひょうたんの髪飾り……」
髪飾りというより被り物と言ったほうがいいくらいの巨大さで、大小無数のひょうたんが結びつけられていた。ひょうたんが縁起がいいと聞いた事はあるけど、だからってこんなに大量につけるなんて品がない。
「試してみるがよい」
マダム・ミルディアンスに促され、アウラはひょうたんの髪飾りを手に取った。そしてそれを頭に乗せると、アウラの頭は一瞬にしてひょうたんに覆い尽くされた。
「金運、子宝、魔除けに健康運アップ。これで何もかも上手くいくこと間違いない。どうだ感じるであろう、ひょうたんのパワーを」
「はい、感じます。何だか体の奥深くから力が漲ってくるようです。今までいろんな開運グッズを手にしてきましたけど、これは別次元のパワーを感じます!」
「ほんまかいな」
私は呆れて言った。
「それを毎日身につけるだけで大災厄は過ぎ去っていくだろう」
「本当ですか、うれいしいです。毎日つけます」
「やめてくれ。せっかくの美少女が台無しだよ」
私は椅子の背に仰け反って天井を仰いだ。毎日そんなものを見せられるこっちの身にもなってほしい。
「どうだいアウラ。その開運グッズは気に入ったかい?」
「はい大先生、私は喉から手が出るほど欲しいです!」
「ちと値が張るぞ」
「おいくらですか?」
「100万ゴールドだよ」
「高っ!!!!」
私はびっくりして飛び跳ねた。こんなものが100万ゴールドもするはずがない。すると私の頭のてっぺんからパトランプが生えてきた。ウーウーとサイレンが鳴り赤いランプが回りはじめた。この状況に危険を知らせる防犯魔法が発動したのだ。
私はこの事態をアウラに告げようとしたけど、彼女は私に期待に満ちた眼差しを向けていた。
「ちょっとアウラ落ち着いて。さすがの私もそんな大金をポンとは出せないって……」
「そ、そうだよね。ごめんねニーナ……」
アウラはしょんぼりと肩を落とした。するとマダム・ミルディアンスが再び話を持ちかけてきた。
「今なら20万でもいいよ」
「20万!」
それを聞いたアウラがまた私に顔を近づける。
「ち、ちょっと待ってアウラ。どう考えてもおかしいでしょ。最初の100万が本当の値段だったのか怪しく感じるくらいの値下げ幅だよ。いったん落ちついて考えてみよう。そうすればわかるから……。ち、近いよアウラ。ひょうたんが私の顔に当たってるって……」
「分割払いでもいいよ」
「ああ、それなら私でも払えます」
「横からいらんこと言うなって!」
アウラは完全にこの占い師の術中に嵌っていた。マダム・ミルディアンスに言いくるめられ、彼女が出してきたローン契約書にサインしようとまでしていた。
私はもう我慢の限界だった。ここは強硬手段に出るしかなかった。
「アウラ、ちょっとこっちに来て。こっち!」
私はアウラの頭から髪飾りを取り去ると、席を立って彼女を部屋の隅に連れて行った。
「聞いてよアウラ。怪しいんだって!」
「何が怪しいの?」
「さっきから私の防犯魔法が鳴りっぱなしなの。ウーウー言いまくってるんだから」
「そうなの?」
「そうなんだよ。これには何か裏があるって」
私はアウラに耳打ちして必死に訴えた。すると端で見ていたマダム・ミルディアンスが不敵な笑みをもらした。
「まあそんなに急ぐことはないよ。ゆっくり考える時間があってもいいさ。でもね、私の占いは絶対だよ。アウラはまたここに戻って来ることになるはずさ。そうなることを星々の囀りが教えてくれているんだ」
マダム・ミルディアンスの確信に満ちた物言いに、私はぞっとして背筋を凍らせた。一刻も早くこの場を離れたくて、アウラの手を取り、逃げるように占いの館をあとにした。




