第15話 お詫びにパンツを洗います
私は少しやりすぎだったと反省していた。誰だってヴォルフを目にすれば恐怖ですくみ上がるのはわかっていた。
なのに私は女の子に怖い思いをさせてしまった。これからはヴォルフの力を慎重に使うと心に誓った。
私はアウラを落ち着かせると、お詫びのしるしに彼女の汚れてしまったパンツを洗ってあげることにした。ここで使うのはやはり生活魔法だ。
私は魔導書を取り出して使えそうなものを探した。習得したのは水生成魔法、洗剤魔法、そして香りづけ魔法だった。これらの魔法と引っ越し魔法の時に習得した浮遊魔法と遠隔操作魔法を組み合わせ、アウラのパンツを洗濯する。
私は魔法で生成した水の塊を浮遊魔法で宙に浮かべた。そしてそれを遠隔操作魔法を使って撹拌し水流を作ると、そこに洗剤魔法を掛け合わせて即席の洗濯機を完成させた。
アウラのパンツが宙に浮いた水の中でくるくると回っていた。何ともシュールな光景だった。
「ごめんね驚かせちゃって。私が先に注意しておけばこんなことにならずに済んだのに」
「ううん、いいの。そもそも私が失礼な態度をとったのが悪いんだよ。こちらこそごめんなさい」
アウラはぺこりと頭を下げた。本当の彼女はごく普通の優しい女の子だった。
「ところで、どうやってヴォルフを仲間にしたの? 私は今でも信じられない気持ちなんだけど……。正直言ってあなたのレベルでこんなことができるとは、にわかに信じがたいんだけど……」
アウラは少し離れた場所で休んでいたヴォルフを見つめて言った。
「まあ、説明するのは難しいんだけど。ヴォルフは私がこの世界に転生した時の特典でもらったんだ。いわゆるレジェンダリーアイテムなんだよ」
「転生? 特典? レジェンダリーアイテム?」
「そうなんだよ。この世界はRPGの中なんだよ。私は月曜日を回避したくてドラゴンの心臓を使ってこの世界に転生したんだ」
私を見るアウラの表情がみるみるこわばっていった。彼女が完全にドン引きしているのがわかる。
そう言えば、この世界の住人は自分たちがゲームの世界にいることを認識できないのだった。私はそのことをすっかり忘れていた。
「あ、今のはあまり気にしないで、あははは……」
私は引きつった笑顔でその場を取り繕った。
「私には全然理解できないけど、あなたが悪い人ではないようだから安心した。内心ヴォルフと一緒にこの世界を支配しようとしているのかと思っていたから……」
「そんなことしないよ。私は楽しく旅ができればいいだけ。ついでに生活魔法を極めてみようかと思っているの。最近ハマってるんだ」
私はこれ以上アウラを不安がらせないように努めて明るく振る舞ったけど、それでもまだ彼女の表情は硬いままだった。
そうこうしているうちに洗濯が終わった。続いてアウラのパンツを脱水にかける。私はううんっと力を込めパンツを回転させた。
私の引っ越し魔法はゴブリンを倒した時にレベルマックスまで上げていたおかげで、遠隔操作魔法も最大値になっていた。
パンツに強力な遠心力がかかると、ゴーッと音を立てて水気が吹き飛んでいった。
あとはパンツを天日に干すだけで、あっという間に乾いてくれた。最後に香りづけ魔法をかけて私は作業を終えた。
「はいこれ、できたよ」
「ありがとう」
アウラはパンツを受け取ると彼女の表情がぱっと明るくなった。
「こ、これすごい洗い上がりだよ! 繊維の一本一本までふっくらと柔らかく仕上がっていて、それでいて太陽をいっぱい浴びたおかげでその温もりがフローラルの香りを一層引き立てているよ! 私なら浄化魔法で済ませるところだけど、こんな方法があったなんてびっくりだよ! ああ、肌触りがいい……」
アウラは自分のパンツに頰ずりしてよろこんでいた。おもむろスカートをたくし上げるといそいそとパンツを履きはじめた。スカートの隙間から真っ白な生足が覗いて私は少しどきりとした。
「ああ……、ほかほかして股間が気持ちいい……」
何とかアウラは元気を取り戻してくれたようだ。私も彼女が喜んでくれて嬉しかった。お互いわだかまりが解けたおかげで、アウラが身の上話をしてくれた。
「実はね、私、パーティーを追い出されたばかりなの……。それも一度や二度じゃないんだよ。運良くパーティーに入れてもらっては追い出されちゃうことの繰り返しなの。戦闘中、仲間とうまく連携が取れなくて足を引っ張ってばかりだったんだ。しまいには仲間から皮肉を言われるんだよ。君はまるで空気みたいだねって……、風属性なだけに……」
アウラは自嘲の笑みを浮かべた。
「次は頑張るぞって気合いを入れて臨んでも、肝心なところで空回りしちゃうんだ。間違って仲間に竜巻魔法を喰らわせたりして、あとでめちゃくちゃ怒られるんだ……」
「そうだったんだ……、それは大変だったね」
「親には無理言って魔法学校通わせてもらったから、今更地元に戻るなんてできないし、かと言ってひとりで冒険するなんて絶対無理。もうどうしていいかわからなくなっちゃってたの……」
どうやらさっきのアウラの態度は、結果がでない焦りから生じた強がりだったようだ。経験を積めないまま時間だけが過ぎ去っていく悪循環にがんじがらめになっていたのだろう。まるで就活生だった頃の自分を見ている気分だった。
「ごめんね。あなたたちの冒険の邪魔して……。役立たずの私はもう行くね。パンツ洗ってくれてありがとう……」
アウラは私たちに背を向けると、ひとりでとぼとぼと歩きはじめた。遠ざかる彼女の背中は悲壮感たっぷりで、闇属性のような黒い霧が漂っていた。
アウラの身の上を知ってしまった以上、私はこのまま彼女を行かせる気にはなれなかった。私はアウラに届くように、わざと大きな声で言った。
「あ〜あ、残念だなあ〜。今なら私たちとパーティーを組めて、しかも最強のドラゴンを仲間にできるダブルチャンスだったのになあ〜」
ピクリと体を震わせてアウラが立ち止まった。
「でも、私なんか仲間にしたらきっと迷惑かけちゃうし……」
「あ〜あ、こっちは戦闘力なんて端から期待なんてしてないのになあ〜。そんな面倒くさいことは全部ヴォルフがやってくれるのになあ〜」
「いいの? こんな私で……」
「私は女の子の話し相手が欲しかったんだよね。それもとびきり美人のキャラクターが。ヴォルフはどう思う?」
「グルルルゥウウウウ」
ヴォルフも了承してくれた。話がまとまって私からアウラを誘った。
「どう? 一緒に私たちと旅をしない? きっと楽しい冒険になると思うよ。そもそも世界を救おうなんて考えてないパーティーでよければの話だけど」
ぱっと振り向いたアウラの頬には赤みがさしていた。今にも涙が零れ落ちそうに瞳が潤んでいた。
彼女は駆け出して来たかと思うと、私に飛びつくようにして抱きついてきた。まるで猫みたいに細くてつややかな髪が私の頬に当たってくすぐったかった。
「ありがとう。うれしいよう、うれしいよう……」
こうして私たちのパーティーに新しい仲間が加わった。




