第12話 悪役登場
私は大岩を持ち上げながら周囲を警戒した。すると切り立った崖のところで私たちを見下ろす集団を見つけた。その数はおよそ20。彼らは剣や斧で武装したゴブリンたちだった。
「何の騒ぎかと来てみれば、娘っ子が大岩を持ち上げれてらぁ」
頭に赤毛を生やしたゴブリンリーダーが言った。すると周りの手下たちもへらへらと笑い声を上げた。
「その岩はなあ、俺たちが苦労して落としたんだぞ」
「あんたたちのせいだったの? この大岩のせいでどれだけ迷惑がかかったのかわかってるの?」
「ふん! ざまあねえぜ。俺たち魔物は人間の邪魔をするのが仕事なのさ。さあ、お嬢ちゃん。その大岩を元の位置に戻してもらおう」
「やだ」
「やだじゃない」
「やだもん。だって大岩を撤去しないと、今日の宿代と食事代がタダにならないんだもん」
「何をごちゃごちゃ言っている。従わないならこっちは力ずくでいくぞ!」
ゴブリンリーダーは持っていた剣をキラリと光らせた。すると部下たちも武器を構え脅してきた。恐れを抱いた住民たちから悲鳴が上がった。
この状況は非常にまずかった。パニックになれば、住民を守りながらゴブリンと戦うことなんてとてもできない。
まさに万事休すと思っていると、山の陰からふてくされていたヴォルフが顔を覗かせた。
「ア、アニキ、あっち……」
部下のひとりがゴブリンリーダーに知らせた。
「ヴォ、ヴォルフ様じゃないですか! どうしてここに!?」
ゴブリンリーダーが声を裏返して驚いていた。予期せぬボスの登場にゴブリンたちに動揺が広がった。
「ヴォルフは私の仲間だよ。彼は特典でもらったレジェンダリーアイテムなのだよ。私といっしょにこの厄介な大岩を撤去していたのだ」
「グルルルゥウウウウ」
ヴォルフが相槌を打つと、狼狽えるゴブリンたちを睨みつけた。
「ヴ、ヴォルフ様は我ら魔族の王ではないですか。そんなあなたが何故こんな小娘の言いなりになっているのですか」
ゴブリンリーダーの疑問はもっともだけど、私とヴォルフの関係を説明したところで誰も理解できないだろう。私たちはこのゲームの世界をぶっ壊してしまったのだから。
「アニキ、何だかヴォルフ様すごく機嫌悪いですよ」「俺たちやばいんじゃないですか」「逃げたほうがいいっすよ」
怯える部下たちが口々に訴えた。
「私が無理やり大食いチャレンジさせたからヴォルフはご機嫌斜めなの。そんな時に出くわしたのが運の尽きだったわね。あんたたちはここで終わりよ」
「お前のせいか!!!!」
ゴブリンたちは完全にパニックになっていた。どうしていいかわからず、その場をおろおろするばかりだった。
そんな彼らに構うことなくヴォルフは大きく口を開けた。その中にバチバチと火花を散らせながら火の玉が膨らんでいった。
「えええええっー、処刑ですか!?」「マジかよ! とんだとばっちりじゃねえか!!」「もうすぐ孫が生まれるのに!!」
「はぎゃあぁああああああああああ!!!!」
悲鳴をかき消すように至近距離で放たれた火球がゴブリンたちを吹き飛ばした。大きな火柱が空高く上がり、彼らの姿は跡形もなく消えた。そのあとに残っていたのは大きくえぐれた崖だけだった。
「おお、ちょうどいい場所が出来たじゃん、ほい!」
大岩の処理に困っていた私はスマートムービングで崖のえぐれたところにそれをはめ込んだ。大岩はぴたりとはまって、もう落ちてくることはなさそうだ。
「これで一件落着」
「うおぉおおおおお!!」
私は興奮した住民たちに取り囲まれ、大歓声に包まれた。さっきまでの緊張から解放され、みんな笑顔を取り戻していた。
「あんたオーバーキルにもほどがあるぜ」「大岩を載せるなんて完全に死体蹴りじゃないか」「えぐいことするね、おねえちゃん!」
「いやあ、それほどでも。えへへへ」
私がおだてられてまんざらでもない感じでいると、目の前にメインメニューが開いた。そこにはサブクエスト完了の文字が表示されていた。
すると空から大量のコインとジェムが降ってきて、それが私のリュックに吸い込まれていった。
「はい、みなさん。焼きたてをお持ちしましたよ」
人垣からブレナおばあちゃんが現れた。その手に抱えていたのは焼き上がったばかりのアップルパイだった。
「ブレナおばあちゃんありがとう。すっごくおいしいよ!」
私はアップルパイを頬張りながら幸せな気分だった。こんなに住民から感謝されて、今夜の宿代がタダ。しかもおいしい料理までありつけた。
ヴォルフはまだちょっとむくれていたけど、一石三鳥のお得なサブクエストに私は大満足だった。
「ラッキ〜!」




