第11話 厄介な大岩
厄介な大岩が現れたのは一ヶ月ほど前のこと。事件は住民が寝静まった深夜に起きたという。突然轟音と振動が街を襲い、慌てて飛び起きた住民たちが外の様子を確認すると、すでに大岩が道を塞いだあとだったという。一体何が原因だったのか、今も分からずじまいになっていた。
ナハペリに出入りするには南北に伸びる一本の街道を使うしかなかった。大岩はその重要な道の片方を完全に塞いでしまっていた。
そのおかげでナハペリを訪れる人は少なくなり、宿場町として栄えてきたこの街にとって大きな痛手となっていた。現場へ赴いた私はその厄介な大岩と対峙していた。
「思っていたより大きいなあ……」
大岩の高さは約30メートル。人の力ではどうすることもできない重量があった。こうなればヴォルフの力を借りるしかないのだが、集落に近いこの場所で岩を吹き飛ばすなんて危険なことはできなかった。安全に撤去する方法が必要だった。
「さて、この大岩をどうやって運ぼうか……」
私が思案していると、いつの間にか私の後ろに住民たちが集まっていた。
「このお姉ちゃんすごいんだよ。魔法使いなんだよ」
「そうだよ。重いものを軽々と持ち上げちゃうんだから」
「あの厄介な大岩もお姉ちゃんなら解決しちゃうんだよ」
さっき遊んであげた子どもたちだった。どうやら彼らのおかげで、私の知らない間に住民たちの期待値が上がったようだ。私は背中に熱い視線を感じた。
「こりゃ責任重大だなあ……」
もう後には引けなくなっていた。何が何でも大岩を撤去しなければならなかった。リスクは高いけど、ここはヴォルフを出すしかなさそうだ。私はその決意を胸に住民たちの方へ向き直った。
「みんなに忠告しておきたいことがあるんだ。それは、これから私がやることに驚かないでほしいの。決してパニックを起こさないようにしてほしいんだ」
「ああ、任せておけって。俺たちは度胸だけはあるんだぜ」
「そうだぜ、ちょっとやそっとのことじゃ驚かないぞ」
次々に住人たちから威勢のいい声が上がった。みんな目を輝かせて何が出るのか胸を膨らませているようだ。
何だか勘違いされている気がするけど仕方がない。私はヴォルフを呼び出すことにした。一抹の不安を抱えつつ、私は手を振り上げて叫んだ。
「我が元へ出でよ、無辺の王ヴォルフよ!」
まるで隕石が落ちてくるかのように空から凄まじい勢いでヴォルフが姿を現した。どーんと大きな地響きを上げ、その巨大で禍々しい姿を住人の前に晒した。
「グルルルゥウウウウ」
いつものように喉を鳴らし、ヴォルフはギロリと睨みを利かせた。
「ドドドド、ドラゴンじゃないか!」「やばい、食い殺されるぞ!」「みんな早く逃げて!」「うわぁああああ!」
恐れをなした住民たちがパニックに陥ってしまった。おぞましい魔物を前にして右往左往していた。
「あのう、みんな落ち着いて。ヴォルフは悪いことしないから……」
「ぎゃあぁああああ、もうおしまいだ!!」「誰か助けて!!」「こんなところで死にたくない!!」「ひいぃいいいい!!」
「いや、だから、ヴォルフは私の相棒なの……。旅をしてきた仲間なの……」
「こんなことならもっと早く旦那と別れて自由に生きたかったわ!!!」「俺なんてこの歳でまだ結婚してないんだぞ!!!」「俺はロザリーナちゃんが好きだ!!!」「おっぱい!おっぱい!!!」
「ちょっと話聞けよ!」
何故か欲望をむき出しにする住人まで現れ、パニックはしばらく続いた。けど時間が経つにつれ動きが鈍くなってきて、終いにはみんなくたびれてその場に崩れ落ちてしまった。貴重な時間を無駄にしたので、私はとっとと本題に入ることにする。
「私がヴォルフを呼んだのは、あの厄介な大岩を撤去するためなんだよ。その方法はヴォルフにあの厄介な大岩を全部食べてもらうの」
「あの大岩を食べるの?」
「そう、食べるの」
ヴォルフは岩はおろか、土や樹木や鉱物、果ては動物や人間まで、目に映るものすべて食べてしまう食性があった。あの大岩はヴォルフにとって言わばご馳走なのだ。
この作戦にまだ半信半疑の住民だったけど、私はそんな彼らを尻目にヴォルフに命令を下した。
「さあ、ヴォルフ。君の力を存分に見せてくれ! あの厄介な大岩を残らず全部食べちゃって!」
「グルルルゥウウウウ」
ヴォルフが唸り声を上げると、大きく口を開けて大岩に噛り付いた。バリバリと音を立てて豪快に喰らいついていた。
「行っけー、ヴォルフ!」
「おお、こりゃすごいな……」
岩はみるみる小さくなっていった。このまま全部喰らい尽くすかのような勢いだった。
けど、ちょうど半分くらい食べたところで、順調だったヴォルフのペースがガクンと落ちた。
「もうお腹いっぱいみたいだな。あのドラゴン胸焼け起こしてるぞ」
「あんまり無理しないほうがいいじゃないか。体壊すぞ」
「いや、まだまだヴォルフはこんなもんじゃないから! あんな大岩全部飲み込んじゃうんだから!」
住民から慎重な意見が出たけど、私は構わずハッパをかけた。
「行っけー、ヴォルフ! 根性を見せるんだ! 君は胃袋は無辺だよ!」
「グルルルゥウウ……ウップ、グルルルゥウウウウ……」
私の掛け声にヴォルフはしぶしぶ岩に噛りついた。けど、やっぱりペースは上がらなかった。ゲップを繰り返すヴォルフは心なしかムッとした表情見せていた。
「何だか不機嫌そうにしてるわねえ」
「これは友情に亀裂が入るパターンだな」
「そ、そんなことは……」
住民からヴォルフを案ずる声が漏れ、不穏な空気が流れていた。うろたえる私にヴォルフは目で不満を訴えていた。
どうやら私は調子に乗っていたようだ。それに気づいた時には遅かった。ついにヴォルフはフンと大きな鼻を鳴らすと、私に背中を向けて拗ねてしまった。
「ええっ、ちょっと、ヴォルフ怒らないでよ……。やりすぎだった、ごめん、ごめんて。機嫌直して……」
私は必死にヴォルフをなだめたけど、彼の機嫌は直らなかった。仕方なく私は次の手に打って出た。
「よーしっ、ここからは私の出番だよ! 私があの大岩を持ち上げちゃうんだから!」
私は魔導書を取り出すと、開いたページに手をかざした。私が今持っている経験値をすべてつぎ込んで、引っ越し魔法(模様替えも可)をレベルマックスまで上げていく。強い光に包み込まれると全身に力が漲ってきた。
「きた、きた、きた、きたぁあああああ!!」
私は魔法習得を終え大岩の根元に赴くと、めいいっぱい広げた両腕で大岩を掴ん
だ。そして雄叫びを上げ、まるで重量挙げ選手のように大岩を持ち上げた。
「これが究極の引っ越し魔法(模様替えも可)の力じゃあぁああああ!!!!」
ゆっくりと地面から離れた大岩が私の頭の上に掲げられた。周りにいた住人たちが歓喜の声を上げていた。こんなことができたのもヴォルフが半分食べてくれたおかげだった。
私が満足げに大岩を持ち上げていると、突然私の頭の上からパトランプが生えてきた。ウーッとサイレンが鳴って防犯魔法が発動した。
「いいところだったのに。こんな時に、いったい何?」
私は水を差されて不満だったけど、けたたましく鳴り響く防犯魔法は迫り来る危機を伝えていた。




