第23話「蒼穹の棘——撃墜と喪失の空」
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作者胃腸炎で死んでるので1週間は更新ありません
昭和十五年四月。
漢口航空基地に春の嵐が吹き荒れていた。だが空の戦場に「季節」は存在しない。ただ爆音と硝煙、そして命を削る風だけが吹いていた。
慎也は、着任から一ヶ月が経った今、すでに十数回の索敵・迎撃任務をこなしていた。九六式艦戦の操縦にも慣れ、僚機の指揮すら任されるようになっていた。
だが、心の奥に静かに沈殿していたものが、ある日の出来事で表層へと噴き出した。
その日、敵は大規模な襲撃を仕掛けてきた。漢口上空に30機近い敵爆撃機が接近。これを護衛する戦闘機群も、以前とは比べ物にならない数と質を持っていた。
「第十二小隊、発進準備急げ!」
警報が鳴り響く中、慎也は搭乗服のジッパーを最後まで引き上げると、すぐに駆けだした。
「今日の敵は、相当数がいるぞ!」
沢井中尉の声にも緊張が滲む。格納庫から次々に機体が飛び立ち、編隊を組んで上昇していく。慎也は三番機として飛び立ち、雲間を抜けた瞬間、眼前に展開する巨大な空中戦の光景に息を呑んだ。
敵爆撃機隊の編隊。その護衛の戦闘機。漢口の上空は、まるで鉄と火の雲海だった。
「援護は我々に任せろ! 相澤、俺の後につけ!」
そう叫んだのは、同期の宮田少尉だった。気が強く、訓練時代から切磋琢磨してきた仲だ。
「了解、宮田!」
爆撃機へ突入する直前、慎也たちは敵の戦闘機に捕捉された。宙返りを重ね、雲間で交錯する戦闘。
(ここで引いたら、地上が焼かれる!)
慎也は一瞬の判断で加速し、敵機の腹を取った。機銃を連射、敵機は爆炎とともに回転しながら墜落する。
「一機撃墜!」
しかしその直後、右下から機銃の閃光が走る。
「——宮田っ!」
振り向いた先、宮田機が火を噴いていた。操縦不能となった機体は煙を引きながら、弧を描いて降下していく。
「脱出をっ……!」
だが、パラシュートは開かれなかった。
(嘘だろ……!?)
通信も応答もない。慎也は降下しようとしたが、すぐに別の敵機に追われ、そのまま離脱を強いられた。
基地に帰還した後の格納庫。そこには、沈黙が支配していた。
「……戻らなかったか」
沢井中尉が無言で首を振った。慎也は、手袋を取るのも忘れたまま、震える拳を見つめていた。
「宮田は……まだ、昨日笑ってたのに」
そう呟いた慎也に、中尉はそっと言った。
「戦場で死ぬことは、珍しくもない。だが、仲間を忘れるな。それだけは、戦争に負けても許されることじゃない」
その夜、慎也は隊舎のベッドで、宮田と過ごした訓練の日々を思い出していた。霞ヶ浦で語り合った夢。どちらが早く艦隊戦闘機隊に配属されるかの賭け。
(……俺が、生きてしまった)
胸の奥に、鉛のような悔いと、焦げつくような怒りが渦巻いていた。
しかし彼は知っていた。その感情のまま空に戻れば、今度は自分が墜ちる。
(俺は、空で死ぬために来たんじゃない。——生きて、守るために飛ぶんだ)
慎也は、そっと目を閉じた。彼の耳に、かつての宮田の笑い声が、遠く響いた気がした。
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