第19話 爆撃と葛藤のはざまで
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霞ヶ浦航空隊に吹く風は、どこか重たく、湿っていた。季節が初夏へと向かい、蒸し暑さが増していたから――というだけではない。訓練生たちの表情に、次第に“緊張”と“苛立ち”が混ざり始めていた。
それもそのはずだ。模擬爆撃訓練が本格化し、次第に「命を奪う技術」の習得という現実が、否応なく彼らの前に立ちはだかり始めていたからだ。
慎也は連日、複座の九三式中間練習機に搭乗し、教官とともに爆撃訓練に臨んでいた。目標地点を見極め、爆弾投下のタイミングを誤差なく割り出す。風速、高度、飛行速度――すべてを頭に叩き込み、爆撃照準器を覗く。
「投下!」
その一言に込める緊張感は、かつて空を飛ぶ喜びに浮かれていた自分を、あまりにも遠くに感じさせた。
「誤差13メートル。やり直しだ」
爆撃結果の報告を受け、慎也は舌打ちした。訓練ではあるが、失敗は許されない。実戦ならその一瞬の誤差が、味方を死なせ、任務を台無しにする。
「お前の目はどこについてる、相澤!」
教官の怒声が霞ヶ浦の滑走路に響く。
「敵地でミスをして、言い訳でもする気か? やり直せ!」
慎也は無言で敬礼し、次のフライトへ向かった。身体が重い。だが、やらねばならない。それが、海軍航空隊員としての責務なのだ。
ある夜、宿舎の大部屋で、訓練生同士の間に言い争いが起きた。
「お前、また命中させられなかったんだってな。やっぱり“元空軍志望”じゃだめなんじゃないのか?」
それは、慎也の過去――帝国陸軍航空隊志望からの転向――を揶揄する皮肉だった。
「黙れ」
慎也は低く返す。
「……人を殺す技術を競って、誇るような真似が正しいのか?」
言葉が出た瞬間、空気が凍りついた。
「何を言ってやがる。俺たちは軍人だ。“人を殺す”? 敵を殺す、それが俺たちの任務だ」
別の訓練生が立ち上がり、慎也の胸を小突いた。
「甘いこと言ってんじゃねえよ。戦場に情けなんかねえ!」
「……俺は、誇りたいんだ。命を奪うことでじゃなく、自分の技術で仲間を生かすことを」
静かに返した慎也の声に、一瞬の沈黙が生まれた。
だがその後、議論が続くことはなかった。皆、心のどこかで揺れていたのだろう。何が正しいかを決められないまま、それでも訓練は続いていた。
その夜、教官の一人、吉川大尉が慎也を呼び出した。酒もなしに二人きりの部屋で
「……俺も、お前みたいなことを考えてた時期があった」
思いがけない言葉だった。
「実戦を知って思った。“敵にも家族がいる”“命は重い”……だけどな、相澤。考えても、答えなんか出ない。だからこそ、俺たちは“悩みながらでも、正確に仕事をこなす”しかないんだよ」
「はい……」
「お前の迷いは間違いじゃない。ただ、それを理由にミスをするな。仲間を守るために、悩め。そして、腕を磨け」
慎也は深く頭を下げた。
悩むことを否定されない――それだけで、彼の肩にのしかかっていたものが少しだけ軽くなった。
翌日の訓練で、慎也は久々に目標中央付近へ命中させた。
「誤差3メートル。……よくやったな」
教官がうなずく。
慎也は、爆弾が目標に落ちていくその光景を、無言で見つめていた。
感情はない。ただ、技術として――
それが今の彼の答えだった。
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