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第18話 空を裂く訓練の日々

遅れました


霞ヶ浦の空が深い青に染まる季節。訓練生たちは日々の訓練に励み、空中機動の精度を磨いていた。慎也も例外ではない。九三式中間練習機との付き合いも一ヶ月を超え、空の癖、機体の癖、自らの操縦の癖――すべてを統合しつつある時期だった。

この日から、訓練内容はさらに実戦を意識したものへと移行していた。上空での模擬戦闘訓練。相手は同じく訓練生の同期、榊大尉候補生。同期の中でも技量が高く、慎也にとっては負けられない相手だった。

「離脱、急降下――巻けるか?」

慎也の九三式が旋回しながら下降する。空気が翼を震わせ、限界に近いGが身体を締め上げる。背中に汗が伝うのを感じながら、慎也は後方を取られぬよう必死に空中を舞った。榊の機が斜め後方から食いつくように迫る。

「落ち着け、自分を見失うな」

教官の声が頭に蘇る。焦れば操作が粗くなる。慎也は意識的にスロットルを操作し、エレベーターをわずかに引いた。機体がわずかに浮く。次の瞬間、榊の機が通過。わずかに間合いをずらし、慎也は反転して位置を入れ替えた。

地上に戻ると、互いに肩で息をしながらも、無言の敬意を交わした。言葉はなくとも、空の上で交わした技術と心の応酬は、何よりも雄弁だった。

訓練の合間、慎也は少しずつ他の候補生たちとも言葉を交わすようになっていた。特に整備担当としてついていた木島軍曹との関係は深まりつつあった。

「相澤少尉候補、この機はあんたの“相棒”だ。空で戦うのはあんただが、地上で命を守るのが俺の仕事だ」

「木島軍曹、いつもありがとう。……機体は、俺よりお前のほうがよく知ってるな」

「そりゃ当然です。九三式は、俺が整備に入ってから100時間は見てきましたから」

慎也はその言葉に微笑みながら頷いた。空を飛ぶのは自分一人ではない――そう実感できるやり取りだった。

夜、宿舎の片隅で、慎也は一人ノートに訓練の記録を付けていた。成功した機動、失敗した旋回、機体の挙動、感じた身体の変化、精神的な揺れ――すべてを丁寧に書き記す。

「いずれ、実戦になる日が来るのか……」

その呟きは誰に向けたものでもなく、ただ静かに霞ヶ浦の夜に溶けていった。

空を舞う鳥のような自由、それを束ねる軍人としての責任。慎也の中で、それらが少しずつ重なり合い、一つの信念となって形を取り始めていた。

そしてある日、告げられた。

「次の訓練からは、複座機を用いた模擬爆撃に入る」

複座の九三式に搭乗し、教官と共に偵察、爆撃、高度保持、目標確認、逃脱機動までを実施する。地上で見ていた世界が、より具体的に「戦争」の輪郭を持って現れてきた。

爆弾投下訓練の第一回。高度1,200メートルからの模擬爆弾投下。目標は霞ヶ浦の南岸に設置された直径30メートルの標的。風の計算、投下のタイミング、水平飛行の維持――全てが神経戦だった。

結果、慎也の模擬弾は標的から20メートル外れた。教官は無言でメモを取り、それを渡してきた。

「誤差、約3秒。次は修正せよ」

短い言葉。それで十分だった。

慎也は唇を噛み、次の訓練に備えた。空を飛ぶことが好きだった。ただそれだけだった少年が、今や敵を視認し、弾を投じる立場にいる。

だが彼は、それでもなお、自分の中に迷いがあることを感じていた。人を殺すことと、国を守ること。その狭間で揺れる心を、彼は言葉にできなかった。

霞ヶ浦の空は、今日も静かに青い。


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