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第16話 空への旅立ち

練習航海を終え、帰国した慎也たち海軍兵学校第六十六期生は、それぞれの進路を割り当てられる時期を迎えていた。

広島湾の朝霧に包まれた呉軍港。軍楽隊の音がまだ耳に残る中、慎也は再びその地を踏みしめた。

「相澤少尉候補生、霞ヶ浦海軍航空隊へ配属」

辞令を手にした瞬間、彼の胸は高鳴った。空を目指していた──それは、幼い頃に見上げた飛行機雲の記憶、そして練習航海で目にした米国の工業力を見た時に確信に変わっていた。

短い帰省の後、慎也は霞ヶ浦海軍航空隊に赴任した。茨城の冬の冷気が、緊張とともに肌を刺す。そこには、全国から選び抜かれた若者たちが集まっていた。

「貴様らの目は鳥のように空を捕らえているか? この隊は貴様らを飛ばす場ではない。鍛える場だ」

そう告げたのは教官の中佐、五島信一。真っ直ぐに部下を見つめる鋭い目と、的確な指導で知られる航空隊の名教官だった。

訓練は容赦なかった。

初歩の操縦、緊急脱出、航法、気象学──さらに飛行前の点検、機体整備、エンジン音の違いを耳で聞き分ける感覚の養成。

慎也たちは九〇式中間練習機の後席に乗り、まずは教官の操縦で空を感じた。その後、操縦桿を握るたびに、慎也の心は震えた。

「少尉候補生、高度が甘いぞ! もっと引け、だが引きすぎるな!」

五島教官の怒声が無線から響く。

最初は機体が言うことを聞かず、離陸もままならない。しかし慎也は、持ち前の勘と集中力で急速に技量を身につけていった。

中でも航法訓練では、地形を読み、風速を体で感じ、地図と照合しながら数百キロを単独で飛び切った。慎也の冷静さと判断力は、他の候補生たちを驚かせた。

だが、全員が順風満帆だったわけではない。同期の一人、加納は滑空訓練中に着陸に失敗し、脚を骨折。誰もが空の怖さを知った。

夜には、戦術講義や座学が待っていた。特に米英の航空戦力に関する分析は、慎也の心に残った。

「航空戦の鍵は、機体の性能と同時に、操縦者の判断力と忍耐力だ」

五島教官のその言葉を、慎也は繰り返しノートに書き写した。

同期の中には、帝大出身の理論派・島崎少尉候補生もいた。彼とは最初反発し合ったが、互いの能力を認め合い、次第に良きライバルとなっていく。

そして迎えた第一回目の飛行選抜訓練。

各自が与えられたコースを飛び、着陸までの総合評価で選抜されるというもの。

「相澤、どうだった?」

島崎が声をかける。慎也は微笑み、小さくうなずいた。

「まあまあさ。だけど、空ってのは、どこまでも難しい」

霞ヶ浦の夕日が水面を赤く染める中、慎也の影は飛行場に長く伸びていた。

その日、慎也の名は、教官方の選抜リストに最上位で記された。

──空を駆ける戦士としての道が、いよいよ本格的に始まろうとしていた。


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