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第11話「練習航海・アジア、中東、そしてアフリカ」

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昭和13年6月、遠く広がるインド洋の陽光が、練習艦隊の艦影を金に染めていた。練習艦隊は日本を出航後、フィリピン、シンガポール、インドのボンベイを経由し、アラビア半島を回ってスエズ運河に向かっていた。

海軍兵学校を卒業して少尉候補生となった相澤慎也は、練習艦〈香取〉の一等航海士付きで配属されていた。航海当初は艦内生活に慣れるのに精一杯だったが、徐々に自分の居場所を掴みつつあった。

フィリピン・マニラ——

最初の寄港地マニラでは、スペインとアメリカの影響を色濃く残す街並みが慎也に複雑な思いを抱かせた。港に近いイントラムロス地区を歩いた時、その朽ちかけた石造りの教会と、物乞いをする子供たちの姿が心に刺さった。

「“文明”とは、誰のためのものなのか……」

慎也は、貧しさと近代化が奇妙に共存する街で、帝国主義の残酷な側面を垣間見た。艦隊は短い停泊を終え、次なる目的地シンガポールへと向かう。

英領シンガポール——

シンガポールでは、海軍将校団が英国海軍基地を視察する機会が与えられた。港にそびえるドックとクレーン群、厳格な訓練をこなすイギリス人水兵たちに、慎也はある種の憧れを抱いた。

「やはりイギリスは、海の国だ……」

だが、その裏で現地マレー人たちは単純労働に追われ、イギリス人とは別の階級社会を生きていた。夕刻、慎也は現地で通訳を務める日本人商社の男性からこう聞いた。

「ここでは、白人の影に入った現地人は立ち止まらなければいけない。イギリス式の“秩序”とはそういうものさ」

慎也は、自国の海軍が目指す「公正」や「武士道」とは異なる支配の構造を目の当たりにした。

インド・ボンベイ——

艦隊がインド西岸のボンベイに到着したのは、酷暑の真っただ中だった。岸に降り立つと、強烈な香辛料と牛の匂いが混じり合った空気が肌を刺す。現地人は色鮮やかな衣を纏い、聖なるガンジスの水を祈るように扱っていた。

慎也は寺院巡りをした際、一人の僧からこう問われた。

「あなたの国は、なぜ世界を相手に剣を振るうのですか?」

その問いは、兵学校で叩き込まれた「国防」「皇国の使命」とは別の次元の思索を呼び起こした。自分はただ強くなりたいのではない。守るとはどういうことか——慎也の内面に、ゆっくりと問いが根を張り始める。

アラビア・アデン——

紅海の入り口に位置する港町アデンは、岩と砂に囲まれた乾いた街だった。ここでもイギリスの影響は強く、白人の兵士が現地人を監視する視線が通りの至る所にあった。

艦隊は補給と小規模訓練を行う傍ら、士官候補生たちは交代で短時間の上陸を許された。慎也は市場で水を買おうとしたとき、一人の少年が無言で彼に布切れを差し出した。

ボロボロのその布には、「力に頼る者は、力によって滅ぶ」とアラビア語で記されていた。

「……これは?」

「古い言葉です。祖父の教えです」と少年は微笑んだ。

慎也はその言葉を胸に刻んだ。大日本帝国の将校として、ただの力の誇示ではなく、人々の尊厳を守る覚悟が必要なのだと。

スエズ運河——

練習艦隊がスエズに入った時、慎也は巨大な商船や軍艦が静かに運河を進む光景に圧倒された。ここはまさに世界の要衝。目を閉じれば、各国の歴史と政治の軋みが聞こえてくるようだった。

艦内の図書室で慎也は、英語の歴史書や航海記を貪るように読んだ。知識は力だ。だがその力をどう使うのか——それを決めるのは、志と心だ。

やがて艦隊は地中海へと向かい、次なる寄港地イタリア・ナポリを目指す。

慎也の胸には、熱い想いが沸き上がっていた。

(この目で見たい。ヨーロッパの空と海を。そして、あのアメリカの地を——)

それは、かつてのパイロットとしての記憶ではなく、今を生きる海軍士官としての意志だった。


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