第一章 目覚め 第1話 白光
もともと読む専でした
初投稿です
AIを使って加筆修正しています
第一章 目覚め 第1話 白光
焼けつくような南洋の陽射しが、コクピットのアクリルガラス越しに容赦なく差し込んでいた。肌に感じるというより、もう全身が溶けそうだ。零式艦上戦闘機、通称・零戦。その機体は今、戦場の空で悲鳴をあげていた。
計器が震え、左翼が不規則に軋む。機体が左に傾きかけたのを、相澤慎也大尉は咄嗟に操縦桿で抑え込んだ。だが、すでにエルロンは半ば動作不全だ。被弾箇所は、数え切れない。
「くそ……グラマンが、群れで来やがって……!」
マリアナ沖。太平洋のど真ん中、彼は艦爆隊を守るため、十数機ものF6Fヘルキャットと交戦していた。相手は重武装の最新鋭戦闘機。こちらは老朽化しつつある零戦。状況は、最初から絶望的だった。
それでも——。
「……守らなきゃならんものがあるんだ」
遠くに、艦爆隊の編隊が見える。艦上爆撃機「彗星」が、重々しく、まっすぐ敵艦へ向かっている。彼らを守ること、それが今日の任務だった。今や戦局は敗色濃厚。だからこそ、少しでも敵艦に打撃を与えなければならなかった。
それを知っていたから、慎也は躊躇なく、単機で編隊から外れ、囮となって敵戦闘機を引きつけた。
その代償が、これだった。
燃料は残りわずか。左翼の燃料タンクは既に破損。エンジン音は断続的に咳き込み、まるで自分の命の灯火をなぞるようだ。
そして、ラジオ。もともと零戦の無線機は性能が劣悪だったが、今ではもう沈黙して久しい。仲間の機影はとうに見えず、敵のグラマンだけが、空に蜘蛛のように張り付いている。
(……だが、艦爆隊を守れたなら、それでいい)
彼はそう思っていた。腹の底では、怖さもあった。死にたくない。痛いのは嫌だ。母の顔が浮かぶ。弟たち、笑っていた仲間たち。だが、それでも。
「――俺の背中には、この国の未来が、乗っているんだ……!」
涙が滲んだ。汗と混じって頬を伝う。敵機が一機、下から上昇してくる。回避行動はもうとれない。速度が足りない。このままでは……
そして——。
ドンッ!
激しい衝撃。視界が一瞬、真っ赤に染まる。キャノピーが砕け、計器盤の一部が弾け飛んだ。左腕に鋭い痛み。血が、目に飛び込んでくる。
(ああ……これで、終わりか)
慎也は、息を吐いた。胸が焼けるようだった。
機体は、重力に引かれるまま、海面に向かって墜ちていく。
高度三千、二千、千……。
このまま墜ちれば、即死だろう。パラシュート脱出も不可能。機体の向きが悪い。速度も出ていない。
だが、不思議と——恐怖は消えていた。
「大日本帝国、万歳……」
それが、最後の言葉だった。
◇ ◇ ◇
——光。
白く、眩しい。
ただの光ではない。魂を焼くような、何もかもを浄化するような、純白の光が視界を満たしていた。
(……ここは、どこだ)
意識が浮かぶ。自分という輪郭が、霧の中から少しずつ形を取り戻す。だが、身体が、妙だ。軽い。いや、重力の感覚そのものが違う。
手を動かそうとした。だが、その手が、自分の思っているよりも遥かに小さかった。赤子のような——
「……あらっ、目を覚ましたのね」
女の声が聞こえた。優しく、どこか懐かしい声。だが、まったく知らない声でもあった。
(誰だ? 俺は……相澤大尉だ。マリアナで……死んだはずじゃ……)
混乱が、脳を覆った。身体は動かず、声も出ない。だが、次第にわかってきた。これは、どうやら——
転生。
自分は、再び生まれてしまったらしい。
◇ ◇ ◇
「慎也、慎也や、起きなされ」
大正12年。大日本帝国、最盛期。厳然たる軍国主義と家父長制、そして高度な官僚制と技術革新が同居する時代。慎也——相澤慎也は、この時代のとある中流軍人家庭に、末っ子として転生していた。
朝、父は海軍の第一種軍装で出勤し、母は和装の割烹着で家を切り盛りする。兄は高等小学校、姉は裁縫学校。周囲の家々も似たようなもの。新聞には日独防共協定や支那事変の話が連日踊り、街には兵隊の行進曲が響いていた。
そんな日常にあって、慎也は奇妙な二重の意識を抱えていた。
一方で、彼は幼い。五歳の子供として、身体は未発達だ。だが精神は違う。前世の記憶——死ぬ間際の戦場の記憶が、鮮烈に残っていた。
寝ていても、夢に出てくる。仲間たちの断末魔。炎上する空母。落下傘が開かない同僚の姿。自分自身が海に落ちていく、あの浮遊感。
目覚めるたびに、天井を見て息を殺す。
(……また、あの夢か)
誰にも言えない。言えば、頭がおかしいと扱われるだろう。いや、それ以前に、この「身体」の自分——相澤慎也は、まだ幼すぎて、理屈で語れるような存在ではないのだ。
だから、慎也はただ黙って、内に抱え続けていた。
空を飛びたい、という思いも。
戦争の記憶も。
もう一度、何かを「やり直さねばならない」という、漠然とした焦りも——。
それは遠い物語の、ほんの始まりにすぎなかった——。
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