紙飛行機
7月21日
その日、俺は“夏休みのルールとマナー„なんていう
聞く前から全ての内容がわかってしまう
校長のたいへんありがたいお話にあくびをこらえて
三角座りによる腰の痛みを感じながら
〝指名手配犯が集会に
入ってきたらどう対処するか〟
という実に非現実的な妄想に浸っていた。
2時間にも3時間にも感じる実りのない話が
終わりをむかえると、誰と話すこともなく
2−1の教室に戻る。
目を見合わせ何やら夏休みの計画を立て始めている
クラスメイトを横目に今学期最後の挨拶をすます。
夏のジメジメとしたなまぬるい風を体に受け
張り付く服の上からいつも以上に重くなった
リュックを感じながら自転車を走らせた。
太陽は溶かそうとするように照り付け少ししか
漕いでいないのに汗が後から後から垂れてくる。
めまいでフラフラになりながら駐輪場に自転車を停めて 団地のさびた階段を手すりをつたいながらのぼりきり、廊下に倒れ込みそうになるのをこらえて
古い手すりですっかり真っ白になってしまった手を水と石鹸で洗い流した。
誰もいないリビング無心でコーンフレークを
掻きこみ、いつもはまず見ることのない
真昼のバラエティをボーっと眺める。
夏休みがせっかく始まったというのに無味乾燥
極まりない1日である。
とりあえず勉強でも始めようと思い立ちCMになったタイミングでテレビを消しワークを出す。
表紙の虫取りや海で遊ぶ中学生の絵に
若干のダメージを感じながらも問題を解き始めた。
コツン
なにかが窓にぶつかる音がした。
たいしてワークは進んでいなかったのだが、
もう集中は切れてしまっていた。
ベランダに出ると、やや先端の曲がった
紙飛行機が落ちていた。
さっきのぶつかる音は紙飛行機だったのかと
合点がいったが、なぜ紙飛行機が四階に
入ってきたのかという新たな疑問が生まれた。
四階に地上から紙飛行機を届けるのは竜巻でも
起きない限り不可能なので
残る可能性は向かいにある大学の研究室からか
隣からということになる。
とはいっても俺の部屋は角部屋で残る隣の部屋も
数年前に80歳くらいの老婆が死んでから住居人は
入っていない。
よってこの紙飛行機は向かいの大学の研究室から
来たと見て間違いないだろう。
ただのイタズラかもしれないが研究室という響きが無駄に想像を掻き立てた。
紙飛行機を広げてみると
そこには
| タす|けテ |
とだけ書かれていた。ひらがなとカタカナが混じっているなんとも奇妙な字だ。十中八九イタズラ
だろうが一応大学に確認くらいはしておこうと電話をかけてみることにした。
カチャ
*「はい、こちら千秋大学の伊藤です」
「あ、その紙を見まして
えっとそのだ、大丈夫ですか?」
*「はい?何かありましたか?」
「いや、だからあの紙が…」
*「紙が?」
子供とわかって明らかに興味を失った
伊藤の声が聞こえてくる
「そのー拾ったというか入ってきたというか…」
*「で、それが?」
「そのー」
*「まずさ、電話かけたなら自分は誰で
なぜかけたのかそれくらいは言ってくれないと
困るんだよね」
「あっはいすいませんぼくヤマモ、
*「あのさこっちも迷惑電話に時間
割けるほど暇じゃないんだよ」
「いや、たすけてって紙に…それで心配で…」
よし言えた!
*「あっそうもう変な理由でかけてこないでね」
「ちが…てほんとに…」
カチャン
俺の訴えは無情にも受話器を置く音にかき消された
俺は軽いノリで電話をかけたことを深く後悔した。やはり初対面の人間と話すなんて無理なのだ。
しかしまあ収穫はあった
大学は助けて欲しい状況ではなく
クソみたいな野郎がこの大学にいるということだ
心の傷を癒すため部屋に戻ろうと
手をかけたタイミングで
シャッ とカーテンを勢いよく引く音がした。
振り返ると
カーテンの隙間からボロボロの服を着て
雪のような髪と肌の色をした少女と目が合った。
小学校三、四年と言ったところか、痩せた体と
大きなクマでとても健康そうには見えない。さらに
少女の首には首輪がつけられていた。
少女は俺が手にしている紙に気づき
「読めた?」
と少し恥ずかしそうに紙を指差した
「ああ…うん」
俺はもう一度紙に他の言葉が隠れていないか
確認してから少女へと目線を移す
真っ白な肌と痩せた体、首輪
そしてたすけてという文字
すべてが繋がっていくような気がした。
「えーと…君はここで閉じ込められているってことだよね?」
「どうだろ…先生はほごって言ってたけど
でも今は閉じ込められているとしか思えないし…」
少女はわざとらしく考え込んだ後
勢いよく頷いた
「そう私はここに閉じ込められてるの
王子様なら助け出してくれるわよね?」
少女は「ロミオとジュリエット」でも
するかのように大袈裟な振り付けで
手を伸ばしてきた。俺には少女のボロボロの服が
一瞬ドレスを着ているように見えた。
「王子様かはわからないけど…俺が助けよう君を」
とっさにそう返していた。
少女に対して色々言いたいことはあったが
こんなつまらない日常に飽き飽きしていたのだ。
だから決してこの少女に惹かれているとか
そんなのではないと宣言しておこう。
「ありがとう!」
少女は溢れてくる涙をバレまいとするように
必死に拭いながら笑った。
「私は、、ユリあなたは?」
「俺はいぶき、えっと…そのよろしく」
泣いている少女.ユリと
俺を置いて確かに夏が幕を上げた。




