キャロットシフォンケーキ
千咲の高校入学前の春休み…ある女の子が家の敷地内を出入りしていて…?
中学2年生の時、私は東高か南高に行きたいと思っていて塾の先生に相談した。しかし、学区外だから受験資格はないと言われた。こうして地元にある八鍬高校を受験することになった。八鍬高校は、地元では1番だけど東高や南高に比べたらだいぶ偏差値が下がる。私の成績なら余裕で入れてしまう。中学時代は勉強に必死になることもなく、時には遊びすぎて怒られたりもしてズルズルゆるい日々を過ごしていた。
こうして中学3年の3月、無事に八鍬高校への入学が決まった。高校受験が終わってホッとしたのも束の間、春休みは大量の課題に追われていた。せっかくの春休みも課題をこなすために家と塾の往復の日々である。どうもここ最近、我が家の敷地内に女の子が出入りしている。誕生日にお母さんが言っていた、あの私の同級生になるという女の子だろうか。そんな春休みのある日
「千咲、うちに瑠美ちゃんがくるで。3年間山内さんのところに住むことになるけん」
お母さんにそう言われた。そういえば小さいころ、山内さんの家に下宿してる高校生がいたのを思い出した。
「お邪魔します」
玄関を見ると、そこには山内夫妻と最近見かける背の高い女の子がいた。お母さんの言う瑠美ちゃんってこの子か。
「さあさあ、上がってくださいな」
お母さんはそう言って、家の1階の空き部屋に連れて行った。背の高い女の子は、びっくりしたような顔をしては「大きい家やねえ」とつぶやいていた。
1階の普段使われていないその部屋は仏壇があり、テーブルが置いてあるだけの広い部屋だ。テーブルには、普段見ないお皿とカップが6つずつ並べられている。席に着いたあと、お母さんはシフォンケーキを持ってきた。台所から甘い匂いがすると思ったら、お母さんはケーキを焼いていたのだ。そのケーキを、お母さんと私と、妹の紬と、山内夫妻と、女の子と6人で取り分ける。普段は仕事に忙しくて、ご飯を滅多に作らないお母さん。だからケーキを焼いたのはあまりにも意外だった。
「はじめまして。春から八鍬高校に入る樫田瑠美といいます」
背の高い女の子は私たちにそう挨拶してきた。
「は、はじめまして、小出千咲です、あと妹の紬」
私もそうやって自己紹介をした。
山内夫妻の奥さんは
「瑠美はね、私の兄の孫よ。千咲ちゃんが小さい頃にうちにいた大地くんと陸斗くん覚えてるかしら?瑠美はその2人の妹よ」
とその女の子のことを説明した。その名前を聞いたとき、昔下宿していた高校生のお兄さんの記憶がぼんやりと蘇る。その妹が、ここにいる。確かに、あの2人も背が高くて、顔も目の前にいる樫田さんに似ていた。いいや、樫田さんと呼ばず、この際瑠美ちゃんと心の中では呼んじゃおう。
「小出さん、オリエンテーションのクラス調査、どうした?」
瑠美ちゃんがそう聞いてきた。オリエンテーションのクラス調査というのは、普通のクラスと、理科系の研究するSSHクラスどちらを希望するかの調査だ。
「SSHクラスにしたよ」
私はそう答えた。瑠美ちゃんも、SSHクラスを希望したらしい。
「私たち、クラス一緒になるかもね、一緒なら2年まで一緒やね」
樫田さんは少し笑顔になってそう話しかけてくる。SSHクラスは例年1クラスしかなく、1年から2年に上がる時はクラス替えがない。だから2年間同じクラスになる可能性は高い。お互い理科が好きなのだ。そして瑠美ちゃんはケーキを全く食べない。
「このケーキ、オレンジ色ですけど何が入ってるんですか?」
瑠美がお母さんにそう聞いた。
「にんじんが入っているのよ」
お母さんはそう答えると、瑠美ちゃんはちょっと嫌そうな顔をしていた。どおりで、冷蔵庫の野菜室からにんじんがなくなっていたわけだ。
「樫田さん、いいの?ケーキ食べてないけど」
私がそう聞くと
「いいよ小出さん、私の分まで食べて」
と言って、ケーキを一口だけフォークで食べたあとにお皿ごと私の席に移動させた。(本当に一口しか食べてないから、私がもらった分は口をつけていない)お母さん手作りの、ふわふわしたシフォンケーキ。ペロリと食べられてしまう。瑠美ちゃんの分までいただいた。
「課題ってどこまで進んだ?」
「えっと…わかりやすい数1Aの20ページまでかな」
「あたしは26ページまで進んだ。
瑠美ちゃんとの会話はこの程度だった。瑠頭が良さそうと思っていたけどやっぱり瑠美ちゃんの方が宿題が進んでいる。これ以上、お互い何を話せばいいのかわからなかった。あとは、お母さんと山内夫妻ばかり話していた。
「ケーキ美味しかったです、ありがとうございます、お邪魔しました。じゃあね、小出さん、また入学式で会おうね」
瑠美ちゃんはそう言って、山内夫妻とともに帰っていった。
千咲と瑠美はどうなっていくでしょう?