元国王の異世界生活譚(2)
言語は共通、貨幣は違うがだいたい価値は同じ、物価もアゴラに近い。
魔法はあるが、公式が違う。
魔法は使えるが得意な方ではない。よって、一から学び直すより今使える物を人目につかないよう行使するほうが良いという結論になった。
政治、経済、民俗学、元の世界に帰るのが本懐であるとはいえ、方法を探る為にはこちらで覚えなければならないことは存外多かった。パダーマが力を借してくれるとはいえ、全部頼りきるのは性分ではない。が、よくよく考えてみれば今の私はどの分野であろうがパダーマに頼り切りにならねば物を覚えることも出来ない身だ。気づいてしまうと気が滅入るばかりだが、それを察したのかパダーマは私を気遣ってくれた。
「あまり根を詰めすぎないようにね」
「はい」
パダーマの言葉に、私は神妙な顔で頷く。国王であった頃なら何日も徹夜が出来たが、今はそうもいくまい。
焦って体を壊すようなことがあってはいけない。何事も程々がちょうどいい。そう肝に銘じている。
怪我は順調に治ってきている。体慣らしに薪割りも始めた。四肢の骨は無惨に砕かれたのに、後遺症もなく元の位置に戻っている。寧ろ頑強になったのではと思う。
薪割りが終わると屋敷の掃除を開始し、それが終われば炊事や洗濯へと取り掛かる。パダーマはそんなことをしなくても良いと言ってくれるが、これも生きていく為の訓練だと言えば納得してくれた。
「まるで家政夫だな」
「元の世界に戻る必要がなければ、そういう人生でも良い気がします」
「やめろやめろ、貴族然とした男が誰かに扱き使われるなんざ目に毒だ。革命後でもあるまいし」
様子を見に来たというアンサズ殿は心底嫌そうに顔を歪める。共和制は元の世界でもあったが、こちらでもあるようだ。
「アンサズ殿は王政主義なのか」
「おまんま食いっぱぐれなきゃ政治体制はなんだっていい」
「なら、何故そんなに嫌そうな顔をなさるのです」
「革命は人死にが出るだろ。後始末に駆り出されたことがあんだ。あれは気持ちの良いもんじゃなかった」
「…………残党狩りか?」
「それも含めてなんやかや。羽振りは良くなったが、泡銭だったな」
「では、直ぐ使い切った」
「良いオンナ買ってそれで終いだ」
「一夜の夢ですか」
「全部夢にしたかったのかもな」
言いながらアンサズ殿は皮を剥いた芋を大きなボウルの中に投げ入れる。
時刻は昼過ぎ、ところは厨房。
夕食の準備をしているところにアンサズ殿はやってきた。
手持ち無沙汰なのは嫌だというので下拵えを手伝ってもらっている。手際は私より良いのが悔しいところだ。
「こんなに芋の皮を剥いてどうするつもりなんだ」
「マッシュポテトとグラタンを作ろうかと」
「それでもかなりの量だぞ。ふたりで食いきれるのか?」
「いざとなったら冷蔵保存しますから」
「生活魔法ね。なるほど」
頷いて、アンサズ殿は次の皮剥きへと取り掛かる。
「せっかくですから、アンサズ殿も食べてくださいませんか。パダーマに確認したのですが、持ち帰り用の保存容器があるそうですから」
「そいつはいい。遠慮なく貰ってく」
芋の皮を剥いて鍋に投下して茹でていく。
その間もスープの準備をしていると、アンサズ殿が「明日時間あるか」と問いかけてきたのでアンサズ殿へと目を向けた。
「なにかありましたか」
「随分動けるようになったろ。町に出てみないか」
「町、ですか」
確かに屋敷に来た当初よりはるかに動けてはいる。町への興味もあるが、行っていいのだろうか。
「パダーマに外出許可をもらいませんと」
「その辺りは気にすんな。お前さんが行く気があるなら行ってきていいって言質はとってある」
「手際がいい」
「パダーマに言わせりゃ『せっかち』らしいがな」
苦笑いするアンサズ殿にそういう見方もあるのかと私は思うくらいしか出来ない。
「で。行くか? 行かないか? どうする」
「行きます」
「分かった。明日、朝飯食ったら迎えに行く」
案内したいところがあるんだとアンサズ殿は付け加えるように言った。
芋を茹であげ、鍋の中の湯を捨て粉吹きにする。その後いくつか芋を取り分け残りをマッシャーで潰し程よく潰れたところでチーズや塩コショウ、クリームなどを入れる。
「バターは入れないのか」
「レシピに書いてありませんでしたね」
「ふうん。そういうのもあるのか」
続いてグラタンの準備をし、焼き上がるまで休憩する。
出来上がるとアンサズ殿が持ち帰る用に先に取り分けをしてしまい、残り共々保温庫にしまった。
「今日は飯代が半分浮いたな」
「他には何を食べるんですか」
「馬鹿みたいに硬いパンと塩っ辛いだけのベーコンでも食うさ」
翌日、時間通りにアンサズ殿は屋敷にやって来た。
パダーマに出掛ける旨を伝え、森へと足を踏み入れた。
町まではそこまで時間をかけることなく行けた。
古めかしいと言えば聞こえのいい、廃屋寸前の家屋が連なる町並みが姿を現し、私は一瞬足が止まりかけた。
「あれがモルルレイク?」
「の、旧市街地だ。貧乏人と悪党の街だよ。俺も其処に住んでる」
「では現市街地は様相が違う?」
「それでも古い町並みだけどな。旧市街地よりは見てくれはいい。
まずは闇ギルドに行くぞ」
「はい?」
思いがけない言葉に思わず目を見開く。
アンサズ殿はちらりとこちらを見ながら「面通しだ。必要だろ」となんでもないことのように言って慣れた様子で道を進んでいった。
少し経って辿り着いたのは石を組み上げた2階建ての建物だった。外観からは『闇ギルド』であることは想起出来ない。どちらかというと一般的な『ギルド』の事務所を思わせる。
戸惑う私を他所にアンサズ殿は門番に挨拶して中に入っていく。私も頭を下げて続いて入ると事務所然てした空間が広がっていた。これ見よがしに悪党らしい要素はない。闇ギルドに入ったのは初めてだが、どこもこのような感じなのだろうか。
「カティアスはいるか」
「なんだ、疾風の。えらい別嬪さんを連れてるじゃねえか。新しい穴かい」
「んなわけあるか。パダーマんとこの『愛し子』の面通しに来たんだよ」
あからさまな表現をされたが不快に思うより先にアンサズ殿が受け付けに拳骨を落としてたので何を思う隙もなかった。
受け付けは頭を撫でながら奥に入っていき、程なくして長身の優男がやってきた。長髪の赤毛を編み込んで後ろで団子にして纏めており、服装は女性物を着ているようだが骨格は男性のそれだ。女性的な部分がある人物のようだった。
「パダーマの愛し子ですって?」
「ユーフィリオだ。異世界人なのもあって、暫くはパダーマんとこに世話になる。町にくることもあるだろうから、ちょっかい出さないよう注意しといてくれ」
挨拶もなしに紹介され私はアンサズ殿とカティアスと思しき人物を交互に見ると、カティアスは「綺麗な顔してるものね」としたり顔で頷いた。
「ウチのやる悪さなんてたかが知れてるけど、そうね、通達しとくわ。パダーマの不評は買いたくないもの」
「よろしく頼むぜ。それじゃ、次行くぞ」
「えっ?」
まだ話すことがあってもよさそうなのにアンサズ殿は言うと踵を返して門へと向かう。私は慌てて頭を下げアンサズ殿の後を追うと背後から「気を付けてね」とカティアスが声をかけられた。振り返ればにこやかな表情で手を振られたものだからもう一度会釈して今度こそアンサズ殿のあとを追い、門を出た。
「彼処、本当に闇ギルドなんですか?」
にわかに信じ難く聞いてみれば「そうだ」とアンサズ殿はあっさりと頷く。
「お前さん、闇ギルドの依頼ってどんなものだと思う?」
「暗殺や諜報活動でしょうか」
「普通はそうだな。でもここじゃそんなの起こらねえ。せいぜい特産品の上物の横流しか禁輸の斡旋くらいだ」
「…………穏やかなんですね」
「カティアスが殺しを嫌ってるからってのもあるけどな。
モルルレイクの闇ギルドの役割はしょっぱい悪党と日銭稼ぐのも難しい連中の仕事斡旋なんだ。
市街地の整備局───ギルドだと仕事の依頼にも登録手数料がかかる。そういった金が出せない奴の受け皿になってるんだ」
「整備局、というのは?」
「モルル湖の底には遺跡が眠ってる。場所柄入りにくいんで、調査が今まで一回もされてない。で、ラティルスは遺跡にご執心のお国柄だ。あちらさんはモルル遺跡の調査がしたい。だが、モルルレイクに来るまでにはかなりの時間がかかる。調査物資を持ってくるとなれば更に時間がかかる。
そこで整備局なる組織を作り、調査物資準備や遺跡の下調べをさせようってことになった。これが百年前」
ところが整備局の準備はいっかな進んでいない。ラティルスも遺跡に執着してる国家ではあるが辺境の地にあるモルル遺跡にそこまで執着はしていない。それよりもラティルス近郊にある遺跡調査に邁進してるのもあって、モルル遺跡はほぼ放置に近いかたちになってるという。整備局も今ではモルルレイクや町周辺の整備を主だった任務に据えてる始末である。
「文献かなんかでモルル遺跡が重要視されてた事実でも出てくれば話は変わってくるんだろうが、そんなことは起こらねえだろうな」
「それは……………」
羨ましい、と思ってしまった。
それを口にしても私の国が滅んだのは覆らない。
この世界は私のいた世界によく似ている。
けれど、人の気質は随分違うようだ。
そんなことを思いながら、私は次の目的地についていくのだった。
◎◎◎◎◎
整備局にも顔出しをし、役所にも顔を見せ、市街地の重要な場所を案内してもらったあと、私たちは旧市街地に戻り宿と食堂を営む店へと足を運んだ。
店の看板には見慣れない言語が刻まれておりどういう言葉なのかと好奇心が芽生えた。
「アンサズ殿、看板にはなんと書いてあるのでしょうか」
「『Lovely Sunset』だ。『素敵な夕焼け』って意味らしい」
「ああ、確かに。この位置から見る夕焼けは美しそうだ」
「2階から見ても良い眺めだぞ」
言いながらアンサズ殿は扉を開けて店の中に入っていく。
私もあとに続いて入ると、何やら香ばしい匂いが鼻をくすぐって自ずと腹部に手を当てていた。
「おっ、今日は『生姜焼き』か」
「ショウガヤキ?」
「焼いた肉にジンジャーを効かせたタレを絡めた料理だ。ライスと一緒に食うと抜群に美味い」
「それは気になりますね…………」
「折角だから食っていこう。パダーマにも弁当で持ち帰りすりゃあ文句も出ないだろ」
いい匂いに気を取られていたが、店の中も随分と賑やかだった。老若男女、種族問わず、皆同じ料理を食べている。
少し深めの更にライスと千切りにした野菜、その上に薄切りの肉がどっさり乗ったワンプレートの料理だった。
店はそこまで広くはないが、木目調の調度品が活気だけではなく穏やかな空気を演出している。店は混んでいるが回転率が良く料理を食べた人々は長居することなく退出している。そうして次の客に席を渡し、注文もなく料理が運ばれてはそれを食べ、料金を払って出ていくというルーティンが出来てるようだった。
「いらっしゃ〜い! 席は適当に座ってね〜」
扉が開くと備え付けられたベルが鳴る。よって、料理を運ぶ店員はこちらを見ることなく挨拶をし、アンサズ殿も慣れた様子で空いている席に向かっていった。
「カウンターでいいよな。店主に面通し出来るし」
「ええ、構いません」
カウンター席に並んで座り、少しすると両手に料理が盛られた皿を持った少年が「おまちどうさま〜」と言いながら私達の前に現れる。
黒髪黒目の少年で、この辺りでは見ない顔立ちである。
異国からの移民だろうか。
「アンサズさんの大盛りにしといたから」
「そいつはどうも。マガネ呼んでもらえるか」
「う〜ん、ちょっと今は難しいかな。今、夕刻のピークだからさ。お酒飲んで待ってる?」
「いや、今日は酒はいい。果実水ふたつくれ」
「生姜焼き丼に果実水は合わないよ。炭酸水にしときな」
「じゃあ、それで」
「あいよ〜。毎度あり〜」
頷いた少年はホクホク顔で厨房に戻っていく。足取りはなんとも軽やかだった。
「…………今の子は?」
「店主の息子だ。タガネっていうんだ。店主はマガネ。見た目は頼りない優男だが、まあご覧のとおり上手いこと店を切り盛りしてる」
「注文もなしに料理が出てくるんですね」
「その日によって内容は違うが、昼も夜も料理は一種類しか出ない。場所柄、食うに困ってる奴も多いんだ。少しでも安く提供する為に材料は大量仕入れにして料理の種類も減らしたらこういう提供方法になってった」
「儲けは出てるんでしょうか」
「食いっぱぐれないくらいにはやれてるらしいぞ」
さあ、食おうか。
アンサズ殿のその言葉を合図に私たちは料理を堪能し始める。
肉と野菜とライスを混ぜ、タレをよく絡ませたところで一口頬張る。
味わったことのない甘辛いタレの味が口いっぱいに広がって、噛みしめる度に肉の脂が脳髄に美味さを叩き込んでいった。ひとくち、もうひとくちと食べすすめ、料理はあっという間になくなった。あんなにどっさりとあったのに軽々と平らげてしまったのは自分でも驚きだった。
アンサズ殿の皿は私の倍近く肉と野菜の山が形成されていたが、こちらもあっという間に空になっていた。
店の中も次第に静かになっていき、長居できる空気になったところで私たちが2杯目の炭酸水を所望する。そうして暫くした頃、店の奥からひとりの男性がやって来て炭酸水の入ったグラスを置いてくれた。
「よお、マガネ。忙しいとこ悪いな」
「いや、こちらはもうピークを過ぎたから。
で、なにかあったのかい?」
店主はアンサズ殿の言う通り優男という風情の男性だった。こちらもタガネと同様見慣れぬ容姿である。タガネは店主に似たのだろう。
「パダーマんとこに新しい『愛し子』が来たんで紹介しに来たんだ」
「パダーマの愛し子……………? 異世界人が落ちてきたのか?」
「まあ、そんなところだ。ある意味お前さんと『同じ』だな」
「アンサズ殿、どういうことです?」
問い掛けるとアンサズ殿は店主を指さしながら「コイツも『異世界人』なんだよ」と事もなげに言った。
「こんなにあっさりと会えるものなんですね……………」
「まあ、『転移事故機関』なんて組織があるくらいには転移事故の頻度は高いってこったな」
「同時に、同じ世界の転移者に会えるかはそれこそ余程運が良くないと会えないんだけどね」
店主の言葉にアンサズ殿もしたり顔で頷く。
世界は沢山ある。故に同じ転移者でも同郷とは限らないのだそうだ。
「おれは『日本』てところから転移してきたんだ。
そちらさんは?」
「シュリエフからです」
「マガネ。聞いたことは?」
「ないな。魔法はあった?」
「ええ。ありました」
「じゃあ、違う世界だ。おれのいたところでは魔法は想像の産物の扱いだった」
「では、こちらに来て戸惑うことも多かったのでは?」
「戸惑うどころか何もかもが違うから四苦八苦したよ。
言葉ですら通じないんだから」
聞けば、店主は二十前に転移して暫くはパダーマの元で世話になったという。そこで言語からこちらの常識まで徹底的に仕込まれたのだそうだ。
「おかげで薬草には詳しくなったよ」
「タガネは魔力があるからパダーマに魔法を習ってるしな」
「そうなんですか」
つまり、親子は私の兄弟子にあたるということか。
「パダーマのところに居るなら存分と学びたいことを学ぶといい。やる気がある者に対してはパダーマは優しいからね」
「マガネ殿は元の世界に帰ろうとは思わなかったんですか」
「思わなかったなあ。あちらではあまり良い経験をしてこなかったんだ。だから、未練はないかな。向こうではここよりもボロい家に住んでてね。借金まみれだったし母は重い病気で看病しなきゃいけないし、だけど働かなきゃいけなかったしで大変だったんだ」
不幸自慢になるからこれ以上は勘弁ね、と店主は言ったので私は承知してひとつ頷く。
抱える事情は人それぞれだ。
私は帰りたいと思い、店主はそうは思わなかった。それだけの話だ。
「君は帰りたいの?」
「自分の行ったことの末路を確認せねばなりません。それに、友の生死も確かめたい」
「そうなんだ。帰り道が見つかるといいね」
「ええ」
「じゃあ、ある程度知識を身に着けたら旅にでるのかい?」
「そのつもりです。パダーマも力を借してくださるそうですが、自分の足でも探したいです」
「頼りっぱなしにならないのは大事だと思うよ」
それが当たり前になって甘えてしまうから。
店主の言葉に、私もアンサズ殿もその通りだと頷いた。
[newpage]
◎◎◎◎◎◎
元の世界に帰る。
それは私の中では決定事項だが、かといって望み通りになるかは分からない。
パダーマと知識の摺り合わせをしてはいるし、それを頼りにパダーマも様々な伝手を使って『道』を探してくれている。
この世界は次元の壁が薄いという。
それは千年前に起きた『魔法大戦』が原因とされる。
魔法大戦は別名『人種解放戦争』と呼ばれ、開戦当初は人間対亜種族の戦いであったそうだ。圧倒的に人数の多い人間に対、種類は多いが数では劣る亜種族連合軍は次第に疲弊し、戦力拡大の為に召喚魔法に救いを求めた結果、異世界の武器や人員の召喚に成功し、自分たちの代わりに戦わせるようになっていったのだ。そのうち人間側にもこの技術は伝わり、双方が召喚術を乱用し始める。次元の壁が薄くなり、異世界との『道』が構築されやすくなったのはその為だという。
しかし、此処が肝要なところで繋がる『道』がある世界もあればない世界もある。中にはかつては道があったが今はない場合もあるといい、道がないとなれば新たに作る必要があるとパダーマは言った。
「問題はそれを転移事故機関が許すかどうかだね」
道を新たに作ることは次元の壁に新たな不安要素を作ることと同義だ。それは彼の組織としては許せぬだろうとパダーマは言った。
「だからね、酷なことを言うけれど、帰れない時のことも考えておいたほうがいい」
私も子どもではない。その可能性は常に頭の片隅にある。
ただ、受け入れ難いだけ。
私が国王でなければこの世界での生活だけに邁進出来たのだろう。けれど、そうでなかったらと夢想しても現実は変わってはくれない。
国はきっと滅んでる。
冷静さを取り戻した今、その予測は確かにあった。
表向き属国の扱いにはなっているだろうが、私が治めた国の王都は攻め入れられ敗戦した時点で壊滅的な被害を受けていたし、帝国が求めたモノがもたらした結果に関係なく兵士たちが村々を蹂躙するのは目に見えた話だった。そして、指揮者はそれを止めることなく賛美するような輩でもあった。
帰ったところで見るのは陰惨な光景だ。
それでも、末路は確かめなければならない。
「モストゥルムの生死が分かれば違ったのだろうか」
呟いた言葉に愚かだと直ぐに頭を振った。
「明日はどんな日になるだろう」
モルルレイクは良い町だ。貧富の差はあるし、闇も抱えている。だが、その中にあっても人々は懸命に生きている。
その一員になれないことが、少しだけ悔しかった。