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元国王の異世界生活譚(1)

◎男主人公、ファンタジー、異世界転移

◎暴力、流血表現あり

◎誤字脱字、矛盾は友だち

◎地雷配慮しておりません




 かつて私は王だった。

 私の治める国は小さいけれど歴史だけは長くて、古代から生きながらえる守護獣がいるようなところだった。

 守護獣は黒い獣だった。縞模様とたてがみのある、雄々しい猫科の獣であった。

 真名は誰も知らないけれど、人々はモストゥルムと呼んで守護獣を敬い、愛した。

 しかし、ある日を境に我が国は『世界の敵』と認定されてしまった。モストゥルムを邪神と認定した帝国による策略だった。

 私たちは闘った。少ない人数であったけれど、守らなければならないものは沢山あったから。モストゥルムも私たちと共に闘ってくれた。

 けれど、私たちは負けた。数の暴力に対抗するには奇策だけでは力不足であった。

 私もモストゥルムも帝国に捕らえられ、数々の拷問と凌辱を味わった。

 私が最後に見た光景は帝都の広場だ。大勢の人々が私たちが処刑されるのを今か今かと待ち構えていた。

 愛する人はもういない。守りたいものも奪われ、崩れ去った。


「魔王に死を!」

「邪神に断罪を!!」


 聴衆は高らかに声を上げ、拳を振り上げる。

 その中には帝国の民となった我が国の人々もいるだろ。嬉々として叫んでいるか、同調せざるを得ない状況なのかは私には分からない。

 ただただ悲しく、ただただ切ない思いが腹の奥底に沈殿していくだけだった。

 哀れなのはモストゥルムだ。

 人々を愛した獣は、人々の手により貶められてしまった。

 その悲嘆がどれほどのものなのかは計り知ることなど到底不可能で、なのに彼が人々を怨まないのも理解できてしまったからどうしようもなく泣きたくなってしまった。

 私たちは四肢を縄で括り付けられ四方にある機械で縄を巻き取り手足を引き千切った後に首を斬るという方法で処刑されることになっていた。

 火炙りよりは人道的であるという理由での選択であった。

 私の悲鳴は広場に轟いたことだろう。

 己の身体が引き千切れていく音が、私が聞いた最期の音だった。


 私は死んだ。

 モストゥルムも死んだ。

 そのはずだった。

 だが、どういうわけか私は生きていた。

 私だけが生き残った。



 私だけが。




◎◎◎◎◎◎



 ラティルスという帝国がある。

 大陸随一の巨大国家である。支配地は大陸の半分を越え、属国は数十にものぼる。

 アンサズが住む小国エルメナは有り体に言えば『長閑な』国だ。

 魔物が暴れ、時に人々のいざこざで紛糾するが他国に比べれば頻度は低く、程度も軽い。立地の関係から属国同士の権力闘争からも遠い。訪れる人によっては本当にラティルスの一部なのか疑うこともある。

 だが、エルメナは間違いなくラティルスの一部である。この関係は古くから続いており、アンサズが知る限り百年は続いている。それはエルメナに旧人類が遺した遺跡が多数あるからだと言われている。

 ラティルスは太古の昔に滅びた旧人類の遺跡に深い興味を抱いているのだ。発掘されたオーパーツを解析し、現代の生活に応用する。それを使命としラティルスは今日まで繁栄を続けており、属国も増え続けている。別の言い方をすれば、遺跡がある限りラティルスの手からは逃れられず、遺跡がある限り庇護下に入ってしまえば安泰だと言えた。

 アンサズが住むのはエルメナの南方、モルル湖と呼ばれる湖一帯の町モルルレイクの外れ、旧市街地と呼ばれる区域である。

 古式ゆかしき町並みと言えば聞こえはいいが、その殆どは廃屋と差がない。再開発の話は浮いては消えるを繰り返している。旧市街地に住むのはうだつの上がらないワルか日銭を稼ぐのにも喘いでいる冒険者と町でも貧しい部類に入る人々たちだ。

 アンサズは等級が『白銀』の冒険者である。金にも依頼にも困らない。本来なら住むところや食い物、オンナにだって困らない。

 にもかかわらず旧市街地に住むのは市街地の防波堤をはたすためである。旧市街地に住んでるからと言って全てが悪党であるわけではない。真っ当な仕事があればそちらで食いつなぎたいと思っている者は存外多い。

 そういった連中の仕事斡旋や仲人役も兼ねた防波堤である。よって、モルルレイクでアンサズを知らぬという者はそんなにいない。


「アンサズ、今日は何処に行くんだい」

「パダーマの屋敷だ。届けもんがある」


 顔馴染みに声をかけられ答えれば「パダーマによろしく」と言われた。もとよりそのつもりである。

 旧市街地を抜ければ町の外にでる。

 旧市街地側の出入り口の先にあるのは『魔女の森』と呼ばれる森で、森の主は言わずもがな魔女であった。

 魔女は森の主だが留守にしている時も多く、会いに行っても会えぬことが度々あった。連絡手段はあってないようなもの。直接出向いて確かめるのが何時ものことだった。

 森への出入りは自由で、日銭稼ぎに薬草取りに行く冒険者にはうってつけの採取地でもある。乱獲をしないよう育ちきってない若芽は採らないのは旧市街地に住む者の暗黙の了解となっている。それは善人だけでなく、悪党にも浸透している。

 採取地の見回りをしつつ魔女の屋敷に向かう。届け物は子どもたちからの読書会への招待状だ。魔女はなかなかの曲者だが、旧市街地の人気者でもあった。

 森を半分行ったところで獣がざわめいていた。

 この森にも魔物はいるが皆大人しいタイプの小動物たちだ。ざわめくのはなにか森に変異があったことを示している。

 アンサズは注意深く森を行く、と、少し開けた場所に人が倒れてるのが見つかり急いで駆け寄り抱き起こした。


「おい、聞こえるか。おい!」

「……………………」


 倒れていたのはアンサズよりひと回りは若い男だった。血とか泥に塗れた服は所々破れており、破けた箇所から見える身体には無数の傷が生じていた。

 切り傷、打撲、火傷。爪も剥がされ、指はあらぬ方向に曲がっていた。

 様々な種類の傷から見るに拷問が施されたのは間違いない。

 魔女はこんな無体なことはしない。考えられる可能性はいくつかあるが、まずは手当が先決だった。

 簡易的に治癒魔法をかけ、申し訳程度の応急処置をして男を抱きかかえ急いで魔女の屋敷に向かう。

 旧市街地に戻ることも考えたが、移動距離を考えた末での判断だった。


「パダーマ、いるか?」


 屋敷の扉を叩きながら声を張り上げる。

 すると程なくして扉が開き、ボリュームのある青い髪の女性が顔を覗かせた。褐色の肌、青い瞳、青を基調とした化粧───森の主である魔女である。


「おや、怪我人だ」

「話が早くて助かる。多分、どっかから『落ちて』きたんだろう。手当を頼めないか」

「勿論だとも。さあ、中に入って」


 挨拶もそこそこに中に通され、アンサズは案内されるままに部屋へと向かう。

 客間に通され、ベッドに横たわらせると服を引き千切り裸体を露わにさせる。

 そこで知れたのは男が拷問だけでなく凌辱も受けていたことだった。

 酷い、と絶句するのは容易い。


「アンサズ、お湯を沸かしてきてくれるかい」

「了解」


 言われるがまま動き、治療の手伝いをすること1時間。

 男は身奇麗になっただけでなく適切な治療を施され別の部屋で休ませることとなった。治療に使った部屋は処置で汚れてしまったので衛生的な観点からの部屋替えであった。


「彼、何処にいたんだい」

「森ん中だ。アンタが気付かないのも珍しいな」

「出先から帰ってきたばかりなんだよ。察知する余裕もなかった」

「つまり、運が良かった、と」


 全ての処置を終え、リビングで紅茶と茶菓子をすすめられ寛げは話は自然と救助した男の話になった。


「さて。それはどうだろう。彼にしてみれば希死念慮があればこの事態は絶望を招くだろうし、生きようと足掻いていたのならこの事態は吉報だろうけど」

「あんな目に遭う理由はなんだと思う」

「そればかりは本人に聞いてみないとね。まあ、奇跡の類が起きたのは確かなようだけど」

「奇跡?」

「彼、人ならざるものの加護を受けているようだ」


 魔女の見立てではあの男は本来なら無惨に死ぬ運命であったが何者かの加護により生き延びただけでなく『転移』もしてきたようだという。


「じゃあ『落ちてきた』のは確定なんだな」

「そうだね。そこは疑いようがないかな」


 紅茶を飲みながら魔女はアンサズの問いを肯定した。

 『落ちてくる』というのは一種の比喩である。

 この世界は次元の壁が薄い。よって、他の世界より簡単に異世界転移が発生する。それは行く側でも起こるし、来る側でも起こる。『落ちてくる』というのは異世界から何者かがやってくることを指す。つまり、救助された男は異世界転移者なのだ。


「目覚めた時に言葉が通じればいいんだが……………」

「その辺は大丈夫。ボクがなんとかするさ」

「確かに、アンタならなんでも出来ちまうから問題はないだろうが…………………っと、そうだ。渡す物があったんだ」


 言って、アンサズはポーチから一通の封筒を取り出し魔女に渡す。魔女は「おやおや」と楽しげに声を上げて封筒の中身を確認していた。


「招待状じゃないか」

「チビたちが読者会を開くんだと。アンタもどうぞ、だとさ」

「タガネは何も言ってなかったのに」

「秘密にしてたんじゃないか」

「ふうん……………。ふふ、これはとっときの本を持っていかないとね!」


 嬉しそうに笑う姿は妙齢の女性そのものである。これで千歳を越えるというのだから不老長寿とは恐ろしいものだ。

 そのあとはいくつか雑談をして暇を告げて町に帰った。

 広場で遊ぶ子どもたちに招待状を渡したことを言えば満面の笑みで礼を言われ、依頼料と称して駄菓子までくれた。

 

「いいのか、貰っちまって」

「いいの、いいの! 大人たちの真似みたいなもんだから!」


 断るほうが無粋なこともある。

 遠慮なく駄菓子を貰い、道中で食べつつ帰路についた。

 男が目覚めたと報せを受けたのはそれから十日後のことだった。



◎◎◎◎◎◎


 意識が緩やかに浮上する。

 同時に全身が熱く、痛みが走った。

 どこもかしこも言うことを聞いてくれない。指先ひとつ動かせない。それでも目は開くことが出来て、外界からの光を受け止めると映った景色に言葉が出た。



「……………天井?」


 そう。表現するならそれ以外の言葉が見つからなかった。

 何処にいるのか確認したくてよせばいいのに首を動かしてみる。途端に激痛が走り身体が強張った。それでも見えたものは確かにあって、自分がベッドに寝かされていることが知れた。

 部屋はそんなに広くはない。調度品は素材の色を活かした木目調で統一されている。

 王宮の自室ではない。帝国の牢屋でもない。拷問に使われた部屋でもない。何処かの客間。表するならそれだった。

 次いで思ったのは「生き残ったのか」という感慨だった。

 嬉しくはなかった。悲しくもなかった。

 ただ、不思議だという気持ちがあった。

 四肢は引き千切られた。そのあと首を斬り落とされた、筈だ。

 なのに私は生きている。四肢の感覚は痛さもあるが確かにあって指は当たり前なように手に着いていた。


「生きているのか………………」


 国は、アゴラは無事だろうか。小さな国だ。攻め入られ破壊の限りを尽くされたが、属国になった今、せめて平穏を取り戻せていたらいい。民は虐げられていないだろうか。無理強いはされていないだろうか。

 私が至らないばかりに、民に要らぬ苦しみを与えてしまった。もっと強ければ、求心力があれば結果は違った。

 すまない、と言葉にするのも烏滸がましいのはわかっている。それでも謝罪の言葉は止めどなくあふれ、涙も溢れた。

 そうしてまた意識を失って、次に気が付いた時には人の気配がして目を向ければ褐色の肌の美女が包帯を変えてくれてるのが見えた。

 私な視線に気付いたのだろう。彼女はこちらを見て「目が覚めたかい」と穏やかな口調で言った。


「此処は……………」

「モルルレイクの外れ、と言っても君は分からないだろうな」


 苦笑いする彼女に私は瞬きをして肯定の意志を示す。

 モルルレイク。聞いたことのない地名だった。


「君にとっては信じ難いだろうが『異世界』になる」

「異世界…………?」

「そう、異世界。君は何某かの加護が働き、死から逃れてる。致命傷を治し、異世界に転移させる。加護の持ち主はそれで精一杯だったようだ。致命傷以外の傷はご覧のとおり残ってるからね」

「…………加護……ああ、そうか………………!」


 加護と言われモストゥルムの姿が目に浮かんだ。

 アゴラが建国されてからずっと守護を担っていた巨大な獣は、私を生かそうとしてくれたのか。


「私の傍に黒い獣はいなかっただろうか。たてがみの雄々しい縞模様の獣なんだが」


 一縷の望みを抱いて聞いてみるが、女性は首を横に振る。それだけのことだったのに、私の目には再び涙が溢れた。


「残念ながら、それらしい存在とは遭遇していない」

「そうか……………」


 涙を拭われるが目からは止めどなく涙が溢れ続ける。

 私は生かされたのだと改めて思い知らされ、どうすればいいかわからなくなってしまった。

 国も、民も、友も失い、ただひとり遺されどう生きていけばいいのだろう。

 悲しくて、悔しくて、腹立たしくて、私はさめざめと泣くことしか出来なかった。

 女性は私が落ち着くまで待ち、程なくして包帯の交換を再開した。


「………取り乱してしまってすまない」

「いいや。一大事があったんだろう? 泣くことくらい普通じゃないか」

「そうだろうか」

「そうさ。ボクだって悲しい時は声を上げて泣く」


 もう随分ご無沙汰だけどと言って女性は薬湯の入った器を私の口元に寄せてくる。

 色からして苦そうだが無理矢理男の白濁を飲まされるよりずっといい。意を決して飲むと形容し難い苦さが喉の奥にまで染み渡り顔が歪むのが分かる。飲み切ると水を勧められ、口を濯ぐようにして飲むと今度は一欠片の菓子を口の中に放り込まれた。


「……………これは?」

「チョコレートだよ。薬の効能を増長させる効果があるものだから安心して」

「……………はあ」

「今はゆっくりお休み」


 女性はそう言って私の頭をひと撫でして部屋を出ていく。名前を聞くのを忘れてしまったと気付いたのは彼女が部屋を出た後だった。


「青い髪、青い瞳、褐色の肌………………詩に聞く『メルヴェーユ・ビダン』のような人だな」


 枕の座りの良いところを探しながらぼやいて天井を眺める。

 メルヴェーユ・ビダンは伝説の中の存在だ。

 英雄譚にも謳われた稀代の大魔女、それがメルヴェーユ・ビダンだった。

 彼女は魔法と薬、占いに秀でた人物だと言われている。神出鬼没で破天荒、全てを引っ掛け回し硬直していた事態を一気に躍動させる。そんな人物として描かれている。

 私を治療する女性の容姿は英雄譚にあるメルヴェーユそのものだった。実在していればあのような人なのだろうかと夢想してしまうくらいにはぴったりな人だといえた。

 彼女の治療は的確で、用いられる薬は効果抜群だった。

 私が生き残ってしまった葛藤を頭の中で繰り広げてるのを他所に身体はどんどん痛みが引き、可動範囲が広がっていった。2週間もすれば杖をついてだが歩けるようにもなった。自分がどんな傷を負っていたかは知っている。よく此処まで回復してしまったものだ。


「………………生き残ってしまったんだな」


 ある程度自由に動くようになった手足を確認して何度目かの悔恨を口にする。

 生存の喜びは未だやってこない。ひとり生き残ったことへの罪悪感だけがあった。

 身体と意思だけが残った私に、一体何が出来るというのか。


「燻ぶってばかりもいられないんだろうが……………」


 今は停滞することを許して欲しい。

 何処にいるとも知れぬ誰かに許しを請うてしまったのも、私の弱さのせいだろう。



◎◎◎◎◎◎



 魔女から男が目覚めたと報せを受けたアンサズはどうしたものかと考えあぐねいだ。

 男の状況は惨い有り様だった。目に見える傷も深いが、目に見えない傷も多く深いだろう。

 魔女は男が希死念慮を抱いていれば生還はむしろ絶望を呼ぶと言っていた。アンサズとしてはそうでないことを望むばかりだが、現実は往々として望み通りにはならない。

 あちらはこちらを知らぬとはいえ、拾って魔女の助けを請うたのはアンサズである。もし男に希死念慮があり生還を責められるとするなら魔女ではなくアンサズにあった。

 ならば目が覚めた早々に見舞いに行けば良いのだが、これは魔女からのストップがかかった。曰く「多分、大丈夫」だそうだ。


「多分てなんだよ、多分て」


 あの魔女の「多分」はだいたい良い方に事態が傾くとはいえ、不確定要素を入れないで欲しいものだった。

 男が治療されてるだろう期間、アンサズは手持ち無沙汰となった。無論、日々の仕事やら騒動やらで時間は潰れていくが余白というのは生じる。

 何時もなら旧市街地の子ども等に護身術を教えるのだが、今は読書会の準備で子どもたちは忙しく動いていて護身術どころではない。

 なので、というか、だから、というか。

 アンサズは市街地にある『整備局』である程度の事情を説明して男の環境を整えることにした。

 余計なことと言われるだろうが、異世界人の身元関係は速度が物を言う。やれる時にやってしまうのが一番だった。

 モルルレイクはエルメナ王国にある田舎町である。

 モルル湖の半分を囲うように出来ており、市街地と旧市街地で構成されている。エルメナでも歴史のある町である。特産品は季節問わず鈴なりになるベリーとモルル湖で捕れる鰻だ。だが、どうにも特産品の売り込みは下手なようで消費量はモルルレイク近郊で留まっている。

 特筆すべきはモルル湖の湖底付近に遺跡があることだろう。場所が場所なので未開の遺跡だ。よって、『生きてる』か『死んでる』かも不明である。

 『整備局』はこの遺跡の調査隊を受け入れる準備組織である。調査隊は勿論エルメナ中央部からではなくラティルス帝国からやってくる予定───なのだが、受け入れ準備に整備局が出来て随分経った現在も調査隊が来る予定はない。それはラティルスからエルメナが遠いことと、遺跡調査の為には幾つもクリアしなければならない問題があるからだ。もっというなら、ラティルスはモルルレイクの整備局に問題解決を丸投げしてる状態である。整備局は常に事務方実働方共々人手不足で問題解決に取り組めてるようで取り組めてない。

 名ばかりの組織と言われても仕方のないところがあった。

 が、公的機関であるのは事実である。ついでに言うなら整備局は『冒険者ギルド』も兼任しており、モルルレイクでは必要な組織でもあった。


「よお、ネルク。局長さんはいるかい」

「こんにちは、アンサズさん。

 局長ですか? 裏庭の花壇に水やりに行ってますよ」


 受け付けに行って声をかければ顔馴染みの職員が朗らかに言う。アンサズは「相変わらず呑気なこって」と鼻を鳴らした。


「裏庭だな。そっちに行くわ」

「はいは〜い、よろしくどうぞ〜」


 手を振られたので振り返しながら裏庭に向かう。

 すると、ひとりの制服姿の初老の男性が花壇に水をやる姿が直ぐに見つかった。いい具合に花も咲いてるのだろう。機嫌よく鼻歌まで歌っていた。


「今日も精が出るな、局長さんよ」

「なんだ疾風のじゃないか」

「その二つ名やめてくれよ」


 これ見よがしに顔をしかめると男性はケラケラと声を上げて笑う。目尻に笑い皺が出来るのがなんとも小憎らしい。


「で、何時も闇ギルドと悶着してるお前さんがなんの用だい」

「悶着なんかしてねえよ。

 アンタ、転移事故機関にパイプ持ってたよな。今も生きてるか」

「転移事故機関? またなんだってそんなとこに」

「パダーマの根城に若いのが『落ちて』きたんだよ」


 アンサズの言葉に局長は目を細める。


「…………何時の話だい」

「一ヶ月前か。拾った時は怪我が酷かったんでパダーマんとこに持ってって治療して貰ったんだ。

 目が覚めたって報せは2週間前に貰った」

「ふむ。召喚魔法の残滓は検出出来たかね」

「パダーマが奴さんの手当した後速攻で確認しに行ったよ。その辺は抜かりない。資料も提出出来んじゃねえかな。

 問題は拾われた本人に生きる意志があるかどうかってところでな」

「なるほど。だからパダーマからの報せはまだないのか」


 したり顔で頷く局長にアンサズは肩を上下させる。

 

「戸籍その他、何時でも申請出来るようにしといてもらえないか」

「そりゃ構わんよ。この地に生きる者の責務だからね。

 ただ、申請には本人が来なきゃいけないから、その辺りは注意しとくれ」

「分かってるよ」


 頷いた後ふたつみっつ話をして裏庭から出ていく。その後は整備局に戻ってギルド区画に入り目ぼしい依頼がないかチェックを入れて旧市街地に戻った。

 魔女から再度連絡が来たのはそれから2日後のことである。

 男と話せる状況になったので良かったら来ないかという誘いであった。

 恩着せがましく「拾ってやったんだ、感謝しろ」というのは柄ではない。とはいえ身元証明などの手続きに片足突っ込んではいるので会わない選択肢はなく、アンサズは指定の時間に屋敷を訪問することにした。

 魔女の屋敷はそれなりに広い。きちんと応接間もあって、通されると既にそこには件の男がソファに座っていた。


「あなたは…………」

「同席者のアンサズだ。よろしく頼む」

「ユーフィリオ・カニンガムです。よろしくお願いします」


 名乗る男に随分見目がいいと改めて思う。

 金髪碧眼、右目のまぶたから頬にかけて傷が残ったが、美貌を損なうより彩っている印象が強い。美丈夫だが優男寄り、故にそういった役目も強いられたと見える。声も随分と良い。可逆心が旺盛な奴は『啼かせたい』と思うに違いない。


「お茶とお菓子を持ってきたよ」


 魔女は相変わらず用意がいい。今回もお茶と茶請けを出してくれた。

 

「さて、何処から話せばいいんだ」

「まずはボクから名乗ろう」

「アンタ、まだ名乗ってなかったのか?」


 ユーフィリオを拾ってから随分経っているのに呑気なものである。思わず呆れた声を出せば魔女は「サプライズだよ、サプライズ」とわけの分からないことを言っていた。


「ボクはメルヴェーユ・ビダンという。

 有り体に言えば『魔女』ってやつだ。よろしくね」

「メルヴェーユ・ビダン? あの英雄譚にあるメルヴェーユ・ビダン?」


 ユーフィリオは驚いたのか大きく目を見開く。その気持ちはよく分かる。この世界においても魔女───メルヴェーユは伝説に謳われる人物だ。よもや実在するとは思うまい。アンサズも初めて知った時は目眩がした。


「どの英雄譚かは知らないけど、そのメルヴェーユ・ビダンに間違いないよ。ボクは暴れん坊だから」


 うふふ、と笑うメルヴェーユに悪意も邪気もない。ただ事実を述べているに過ぎない。それが一般人からすればとんでもない事実であることなど気にもしない。人の枠から外れて久しいのだ。愛ではすれども理解はしないということだろう。

 と、我に返ったユーフィリオは首を傾げた。


「…………此処は異世界、なのですよね?」

「そうだよ」

「なのに言葉は通じてメルヴェーユ・ビダンがいる?」

「言葉に関しては運が良かったんだろ。メルヴェーユ・ビダンについては………そうだな、英雄譚にはこういう記述があるんじゃないか?

 『メルヴェーユ・ビダンは魔法と薬と占いの女。そしていとも簡単にあらゆる世界を渡る────』ってな」

「あっ」

「あるのか?」

「あります」


 補足するように言ってやればユーフィリオは納得したように頷いた。

 

「世界ってのはひとつだけじゃない。沢山あるんだ。知覚できないほどにな。

 で、お前さんはなんらかの原因でこの世界にやってきた。

 そこまでは分かるか?」

「…………はい。信じ難いことですが」


 神妙な顔で頷くユーフィリオを見てメルヴェーユが続けて口を開いた。


「この世界は異世界人がやって来やすい土壌があるんだ。『転移事故機関』という国際組織もある。

 君がこれからどうするかによって、機関に身元証明の申請をするかしないかが決まるよ」

「転移事故機関、ですか?」

「そういう組織が出来るくらいには異世界転移事故は多いってこと」

「そうなのですか……………」

「お前さん、これからどうしたい」


 回りくどいことを言っても埒があかない。

 単刀直入に聞いてみればユーフィリオは逡巡したあと「元の世界に帰ることは可能でしょうか」と言ったのでアンサズもメルヴェーユも顔を見合わせた。


「君は元の世界に帰りたいのかい?」

「酷い目に遭ったんだろ」

「ええ。しかし、私は私が引き起こした物事の末路を見なくてはなりません」


 そうして語られたのはユーフィリオが王であったこと、帝国の策略により国は壊滅的被害を受け、ユーフィリオと国の守護獣は断罪され処刑されたことだった。


「君を転移させたのは守護獣の加護だろうね」

「元の世界に帰りたいのは、モストゥルムの生死も確認したいというのもあります。千年単位で生きた守護獣が、あっさりと死ぬとは思えないのです」

「守護獣、ね……………。パダーマ、そういった逸話に心当たりは?」

「あり過ぎてどれが該当するのやらだ。ボクの名が英雄譚にあるならボクが知ってる世界だろうけど。だったら転移の『道』を作れる可能性もある。あとで知識の摺り合わせをしよう。ただし、あまり期待し過ぎないことが前提だけど」

「はい。お願いします」


 故郷の作法なのだろう。ユーフィリオが深々と頭を下げる。メルヴェーユはそれを不思議に思うことなく受け入れていた。


「それじゃあ、機関への連絡は一旦保留かな」

「分かった。整備局長にもそう伝えておく」

「アンサズは相変わらずせっかちだね」


 呆れたようにメルヴェーユが言う。アンサズは「備えあればっていうだろうが」と反論して紅茶を一気に飲み干した。

 


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