追放後の悪役令嬢は、森の中で幸せに暮らす。
「お母様、お父様……何故、ミラは遊んではいけないのですか?」
両親と妹がそろって馬車で出かけようとしている瞬間、一人屋敷にて家庭教師から妃教育の指導を受けるように言われた私は、勇気を振り絞ってそう尋ねた。
十歳になる特別な今日だけは一緒にいてほしいと思った。
少しくらいのわがままいいではないか。
第一王子ローゼウス殿下の婚約者になってから、自由時間がほとんどない。
わがままだと分かっていても、可愛らしいリボンのついたドレスを身に纏い、こちらを見て首を傾げる妹が、羨ましくて仕方ない。
それでも一つ下の妹であるオリビアに対してわめいたり怒ったりはしないで我慢する。
お姉様だから。
「ミラ」
お父様が私にそう声をかけ私は期待に胸を膨らませた。
「今日は、オリビアのお願いでぬいぐるみ店へと行く予定だ。お前はいずれ国母となるのだ。しっかりと勉強しないでどうする」
「そうよ。励みなさい」
「お姉様、お勉強頑張ってね! ふふふ。ぬいぐるみ屋さん楽しみ」
三人はそういうと馬車に乗り、楽し気に話をしながら行ってしまった。
手を伸ばすけれどそれは届くことなく、手はただ空を切る。
王子殿下の婚約者だからこそ、公爵家に恥じない振る舞いを求められる私。
はじめてのわがままも、結局、意味をなさなかった。
部屋に戻ると家庭教師からまた、いつものように指導を受ける。
私には勉強しかなく、また体調の芳しくないローゼウス殿下の妻となり支えていくために薬学についても学んでいく。
ペンをぎゅっと握る。
楽しくない。
勉強ばかりで、楽しいことなんて一つもない。
全部投げ出してしまいたいけれど、きっとそんなことをすれば鞭で打たれるだろう。
痛いのは嫌だ。
妹は……どんなにわがままを言っても、そんなことないのに。
結局その日は勉強を一日中行い、夕食も一人であった。
広い食事会場にて、たった一人。
侍女がいるから、別段生活に支障はない。
その後も入浴を済ませて自室で過ごす。
暗い部屋の中で、私は本をめくっていた時、家族の馬車が帰ってくる音が聞こえ、窓からちらりと見れば、眠ってしまったのだろう。お父様に抱きかかえられるオリビアの姿がみえた。
そして執事達がたくさんの箱を運んでいく。
あの中に私への贈り物が一つでもあるのだろうか。
……あるわけがない。
私はカーテンを閉め、ベッドの中へと潜り込んだ。
それでも、ほんの少しだけ期待してしまっている自分が嫌だった。
翌日になっても翌々日になっても当たり前だが私に贈り物が届くことはなく、妹のオリビアの部屋は可愛らしいぬいぐるみで溢れていた。
「あら? お姉様?」
「オリビア……可愛いわね」
廊下でたまたまぬいぐるみを持ったオリビアに声をかけられ、私がそう言うと、オリビアは楽しそうに笑った。
「お父様とお母様が買ってくださったの。ふふふ。いいでしょ?」
「……」
無邪気に笑う姿を見るだけで、心の中に嫌な気持ちが溢れてくる。
「お姉様には一つもあげないよ?」
「え?」
冷ややかな瞳で、こちらをバカにするようにオリビアは言った。
「お誕生日だったのにね、可哀そう。お父様もお母様も、お姉様のお誕生日なんてどうでもいいみたいね。まぁでもお姉様は王子様の婚約者だもの。オリビアは王様と結婚できないのに。ずるいよねぇ。ふーんだ」
突然饒舌にしゃべりだす妹に困惑してしまう。
「オリビア?」
「まぁ、今はいっか。お姉様にはぬいぐるみ一個もあげないもんねぇ~。じゃあね」
ぬいぐるみを両手に抱え、オリビアはそう言うと走り去っていった。
「……はは……私の誕生日……オリビアだけしか……おぼえてないのかぁ……」
嬉しいような悲しいような……。
涙が溢れてきて、私はそれを慌ててぬぐった。
私は急いで部屋まで戻ると、一人ベッドの中にうずくまって泣いた。
王子様の婚約者なんて、なりたくてなったわけじゃないのに。
お父様もお母様も変わってしまった。
婚約者に決まった時にはあんなに大喜びしてくれたのに。
それからは私は勉強ばかり。楽しいことなんてちっともない。
妹だけがとっても幸せそう。
心の中が黒く染まりそうで、私はさっきのオリビアの“ずるいよねぇ”という声が蘇って声を上げて泣いた。
だけれど、どんなに泣いたところでだれも私を慰めてはくれない。
その事実が、私をさらに惨めにさせたのであった。
私はそれから、ずっと一人だった。
一人だったけれど、頑張れば頑張った分だけ、自分なりに成長できていると感じた。
薬学の分野でも学びを深め、これで王子殿下の役に立てるだろう。
そう思っていた。
五歳から始まった妃教育が十年間続いて、そして……今日、終わった。
「追放……?」
ローゼウス殿下が病によって床に伏し今日まで必死に治療を続けてきた。
妃教育を受けながら同時に私は第一王子殿下の専属のお医者様に師事し共に治療に従事してきたのである。
そんな時、神殿は聖女が現れるという神託を受け、聖女の行方を捜し始めた。
この王国にはたまに魔力を持ち不思議な能力を持つものが現れるが、三十年前に現れた聖女はそうした能力者の一人と言われている。
そして聖女と酷似する乙女が発見され、ローゼウス殿下は聖女から治療を受けることになった。
聖女が現れるのは三十年ぶりであり、このローゼウス殿下の体調の悪いタイミングで現れるなど奇跡のような出来事である。
殿下はみるみる体調を戻されたようで、私はそのことについてはほっと胸をなでおろしていた。
だけれど、翌日、私は、ローゼウス殿下を救えないどころか、怪しい薬を飲ませ、体調を悪化させた罪がかけられたのである。
「あの薬は殿下の体調を良くするものです」
ローゼウス殿下に直接そう告げたのだけれど、私に向かって怒鳴り声をあげた。
「オリビアから聞いたぞ。そなた、妹をずっと虐げてきたようだな! まさかそのような者が私の婚約者だったとは! 悍ましい! 今までも何を飲まされていたのやら」
信じられなかった。
聖女が妹のオリビアだということも、目の前にいる溌溂とした男性があの気弱なローゼウス殿下であることも。
病気の時には気弱で、死に怯えていたローゼウス殿下が、健康的な顔色になり、そして私に向かって声を荒げている。
「……何故……」
理解が追い付かない。
何の理由があって、実の姉に汚名を着せたのか。
ただ、王子の横にいたオリビアは恍惚とした表情で笑っていて、楽しそうだった。
「お姉様、どうかこれ以上罪を重ねないで下さいませ」
そう言った後、オリビアが私を抱きしめ耳元で囁いた。
「やっと、王子様も手に入れた。先に生まれたというだけで、お姉様が婚約者だなんてずるいものね」
怖い。
私は周囲に向けて声を上げた。
「私は何もしておりません!」
これまで私と関わり合ってきた人全員が、私から目を背けていく。
お父様もお母様も、薬師の先生方も、執事も侍女も皆……。
ただの一人も、私を庇うそぶりすらなかった。
あぁ、あぁ。
人間とは、こんなにも恐ろしい生き物だったのか。
自分は、見捨てられたのだ。
「追放前に顔を焼け。罪人だという咎が消えないようにな!」
もう、二度と人など信じるものか。
私は、拳を握り締め、痛みに耐える。
騎士に押さえつけられて、私の顔へと炎が押し当てられる。
涙など零すものか。悲鳴などあげるものか。
奥歯をぎりりと噛み、焼ける痛みにただただ、耐えた。
◇◇◇
あれから2年がたった。
私は、奇跡的に追放後、行きついた隣国の森の中でひっそりと森にすむ魔女として暮らしている。
死ななかっただけましだろう。
森の中に立つ一軒の小さな家で、今はのんびりと余生を過ごしている。
最初は憎しみにかられ毎日眠れなかったが、穏やかな森の中での生活は私の心を癒した。
そしてふと気づくのだ。
ここでの生活がいかに幸福かを。
誰にも邪魔されず、自分の時間を過ごせる今は、なんと穏やかか。
それに気づけば、憎しみを忘れるのに時間はかからなかった。
昨日は久しぶりに近くにある町まで行き、薬を売ったお金で生活に必要な物を買って帰ったのだけれど、その中で、隣国の記事が載っている新聞を見つけ購入した。
「まぁまぁまぁ」
聖女だと言われ王子を救ったと思われていた少女が、聖女ではないと暴かれたと記事には載っており、悪役令嬢として追放された悲劇のご令嬢を現在捜索中だという。
「大変ねぇ」
私の処方する薬を飲まなくなり、体は今どれほどだろうか。
だけれどそれもまた自業自得のこと。
もう自分には関係ないことだ。
その時、森からぴょこんと可愛らしいウサギが姿を現した。
「あら?」
「すまない。森の魔女殿だろうか」
ウサギが喋るなんて珍妙なこともあるものだ。そう思いながら、私は森の魔女として立ちあがると優しく声をかけた。
「えぇ。さぁこちらへどうぞ。大変だったでしょう」
自分を要らぬといった者のことは忘れよう。
悪役令嬢は今は幸せに、森の魔女として暮らしている。
私…アホの子で、連載頑張るか!って予約投稿したら…いつの間にか公開されてました…アホやん…うう。よければ連載も読んでもらえたら嬉しいです(>0<;)
こちらの評価のお星さまもいれてもらえたら、本当に嬉しいです!!
あーーー!!!私ー!!!やらかしたよぉぉ!!!
心の声が聞こえる悪役令嬢は今日も子犬殿下に翻弄される4巻が、4月15日配信開始です!
1~3巻は紙書籍・電子両方ありますが、4巻は電子のみとなります。(*'ω'*)
よろしくお願いいたします。